【創作落語】助っ人は宿屋の主人
えー、どんな人にも大概ひとつくらいは、持って生まれた『取り柄』というものがあるそうでして。
まあ、ちょっとだけ人より勘が働くだの、鼻が利くなんていうささやかなものから、最近では野球や将棋の世界なんかで、常人離れした大活躍をされる方もいらっしゃいますな。
もちろん、ご本人の血のにじむような努力もあってこそ、なんでしょうけれども。
ところが、この『小説家になろう』では、後から特別な取り柄を手にする、というようなお話が多いようです。
その世界では、ある年齢になったら、誰もが神様から『勇者』だの『聖女』だのの称号や能力を授かるとか。
トラックにはねられて、異世界に生まれ変わるついでに神様から特別な能力をプレゼントされる、とか。
それがとんでもなく凄いチートな能力の場合もあれば、一見ハズレのようなものだったりと、お話のパターンも色々とございまして。
「ああ、やんなっちゃうな。俺の授かった称号、とんだハズレだ。何たって『鍋奉行』だぜ」
「それならまだいいよ。俺なんて『迷惑系〇ーチューバー』だ。パソコンもスマホもないこの世界で、何をどうすりゃいいんだよ!?」
──まあ、そんなところからどうお話を作っていくのかが、書き手の腕の見せどころなんでしょうな。
さて、ところは異世界、城壁にぐるーりと囲まれたとある街の外れ。
数人の旅の若者たちが、何やら途方に暮れております。
「まいったなぁ。まさかこんな大きな街で、空いてる宿が一軒もないなんて」
「祭に鉢合わせちゃうなんて、ツイてないなぁ」
「それよりどうするのよ!? 今夜も野宿だなんて、冗談じゃないわよ!」
「──ちょっとそこのお若い皆さん、今夜の宿をお探しですかな?」
そこに声をかけてきたのは、馬車の御者台に乗った、あまり冴えない小柄な中年男。
「はあ、まあ、そうですけど」
「私ゃ、ここから馬車で一刻ほど行った村で宿屋をやってるんですけどね。
小さなとこですが、カミさんの料理が自慢でして。それと温泉にも入れますよ。
お見受けしたところ、あなた方は『冒険者』さんで、この先の『地下迷宮』目当てなんでしょ?
ウチからの方が近いですよ。どうです、ウチに来ませんか?」
──そんなわけで、冒険者一行はゆらゆらと馬車に揺られて、その男の宿屋へ向かうこととなりました。
「いやあ、ご主人、助かりましたよ」
「なに、毎年この祭の期間には宿にあぶれるご一行がおられますんでね。そんな方を拾えないかと来てたんですよ」
やがて男の宿にたどり着くと、切符の良さそうな女将さんが一行を出迎えます。
かなりの大柄で、先ほどのご主人より頭ふたつくらいは大きそうな。
「おや、お若い冒険者さんたちだね。『白鹿亭』へようこそ。
苦手な食べ物とかあったら、早めに言っといとくれよ」
小さいながらもよく手入れの行き届いた気持ちのいい宿で、一行はちょっとうたた寝をしたり、温泉に浸かったりと、思い思いに旅の疲れを落とします。
やがて夕食の刻限になって食堂に降りていくと、他には行商人らしきグループと、いかにもベテランらしい中年の冒険者一行が食事中でした。
「おや、若い冒険者たちだね。お前さんたちも『地下迷宮』に挑むのかい?」
「はい、そのつもりです」
「俺たちは今日引き上げてきたんだが、あそこの魔物はなかなか手強いぞ。大丈夫か?
アドバイスくらいは出来るかもしれない。良かったら、パーティ・メンバーそれぞれの『称号』とかレベルを聞かせてくれないか?」
ベテランたちが心配そうに訊いてきます。まあ、隠すようなことでもないので、若者たちが素直に答えると、ベテランたちはなおいっそう心配そうな顔をします。
「うん、メンバーのバランスは確かに悪くない。
前衛に『勇者』の君と『剣士』、後衛に『攻撃魔法使い』と『回復魔法使い』、まあ、パーティの最小単位だな。
だが、レベルがまだ充分じゃないな。正直言って今のお前さんたちでは、あの『地下迷宮』を踏破できるかどうか、かなり際どいところだと思うぞ」
別に嫌味とかではなく、親切心で言ってくれているんでしょうな。
とはいえ、若い『勇者』たちも、この業界で一旗揚げようと冒険の旅に出てきたわけです。
ここまで来て、実力不足だからあきらめて帰る、というのもしゃくに障ります。
そんな気持ちを見抜いてか、ベテランがにやりと笑って口を開きます。
「そこで、だ。ひとつ現実的な提案なんだけどな。
──おーい、女将さん。ご主人にこの若い子たちのサポートについてもらうのはどうだい?」
え? ご主人って、あの冴えない小柄なおっさん?
いくら自分たちが経験不足だとはいえ、あんな頼りなさそうなのに助けてもらうなんて──と気は進まないんですが、女将さんもカンラカンラと笑って請け負います。
「心配いらないよ! 見てくれはああだけど、うちの亭主は出来る男さね。
そうだね、『地下迷宮』の道案内だけなら銀貨2枚、戦闘に加わる羽目になったら追加で5枚、後払いでかまわないからさ」
カラス『かぁ』で夜が明けて、目覚めた『勇者』たちが食堂に降りて参りますと、あのご主人が女将さんに強い口調で何やら言い含められております。
「いいかい、あくまで『助っ人』なんだから、あまり手出しをしてあの子たちの経験値を横取りするんじゃないよ。
でも、いざという時にはちゃんと助けること。前途あるお若い子たちに怪我なんてさせたら、承知しないよ!」
「うう、わかってるよぅ、そんなにガミガミ言わなくたって──」
もう完全に尻に敷かれた様子に、どうしたって不安が募ってまいりますな。
ちょうどベテランの冒険者たちが出立しようとしていたので、もう一度確認してみます。
「あのー、ほんとにあの人、大丈夫なんですか? 何だか、不安しかないんですけど」
「むしろ、女将さんの方が強そうな──」
「いや、あのご主人、見かけはああだけど間違いなく強いよ。俺たちも、駆け出しのころに世話になったんだ」
「ホントですか? あ、もしかしてあの人、元『冒険者』だったとか?」
「いや、そうじゃないらしい。一度訊いてみたんだけど、『いや、自分はハズレ称号だから』とか、はぐらされちゃったんだよな。
まあでも、頼りになることは保証するよ。お前さんたちも頑張ってな!」
そんなわけで、若い『勇者』一行と宿屋の主人は、連れ立って『地下迷宮』に潜っていくこととなったんですが。
──ところがこのご主人、驚いたことに滅法強い。
自分から手は出さないものの、『勇者』たちが危うくなると敵のどんな攻撃でも撥ね退ける。後ろから気配を消して巨大な魔物が襲ってきた時も、勇者たちが気づいて振り返る間にズバーッと一刀両断。それはもう、凄まじいものです。
始めは内心小馬鹿にしていた『勇者』たちも、自分たちよりはるかに格上の猛者だとわかって、すっかり尊敬のまなざしです。
「凄いじゃないですか、ご主人! あの見事な太刀筋──やっぱり、元は『剣士』とか『勇者』だったんでしょ?」
「いやぁ、そんな格好いいものじゃねえです……」
「いえ、『魔法職』ですよね? あのドラゴンの『毒息』を跳ね返すのなんて、そうとう高レベルの魔法使いでも難しいですよ?」
「いや、ホントにそんなんじゃねぇんですよ。私なんてただの『ハズレ称号』でして」
謙遜するようにモゴモゴと答えるご主人に、『勇者』たちはちょっと焦れてきました。
「そんなこと言って、ホントは凄い称号持ちなんでしょ? いいじゃないですか、教えてくださいよ」
「いや、私ゃしくじった時にカミさんにドヤされるのが怖いだけでして──」
「またまたぁ」
「ホントなんですよ。
ほら、魔物に襲われた時には、よぼよぼのお年寄りでも凄い勢いで逃げたりするでしょ? あんな感じで『このままじゃカミさんに叱られちまう!』とか想像すると、自分でもびっくりするくらい力が湧いてくるんですよ」
「え? どういうことですかそれ」
「実は、私の称号は──『恐妻家』でして」