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青春のかき氷

作者: 最上優矢

 今年も夏が来た。

 夏の到来だ。

 というか、夏休み!


 元気が取り柄な高校生のおれは、学校が夏休みに入ると、この夏をさらに楽しむため、町の中を何時間も歩いては空を見上げた。

 夏の強い日差しにはスタミナ料理のような効果があり、目を細めながら見上げる空は格別だった。


 で、そんな空を何度も見上げていたら、おれには青い空がかき氷のブルーハワイシロップに、白い雲が甘い練乳に見えてきた。


 あれ、それでは肝心のかき氷はどこにあるのだろう?


「……あぁ、そうか。おれたち人間はかき氷だったのか」


 納得。


 かき氷であるおれたちの頭上には、いつだってブルーハワイのシロップと練乳が存在していた。


 そんなおれはきょうも日本の夏を謳歌するため、正午過ぎに町の中を歩き回り、どこまでも広い広い空を見上げていた。


 夏だけに聴けるセミたちの歌声、次から次へと流れてくる栄誉の汗、屋外から屋内に入るときに感じる心地よい冷房の風。

 それらは夏にだけ現れる財宝だ。


 待てよ、ということは――。


「おれって、夏専門のトレジャーハンターだったのか」


 おれは狭い十字路の真ん中で立ち止まり、この今の感動を言葉にするため、スマートフォンでメモを取った。


「……これでよし、と」


 メモを書き終わると、おれはスマートフォンを半ズボンのポケットにしまいこみ、顔を上げ、キョロキョロと周囲を見回した。


「ん?」


 おれは十字路の三方から、大学生くらいの不機嫌そうな(というか、こちらをにらんでいる)女性、高校生くらいの気持ち悪いくらいに爽やかな(爽やかすぎて、逆にうさんくさい)笑みを浮かべた青年、中学生くらいのどこまでもニッコニコに(もはや、それはおっかないレベルに)笑う少女が、こちらに来るのが分かった。


 彼らはおれの前で立ち止まり、日本一怪しげな合流を果たした。


 なぜ?


「……お前ら、何が目的だ。なぜおれをにらむ、なぜおれを爽やかな笑顔で見る、なぜおれをニッコニコな笑顔で見る。

 いやいやいやいや、怖っ。恐ろしっ。おれ、闇討ちでもされるのか?」


 怖すぎて、恐ろしすぎて……おれはボケた。

 すると、うさんくさい笑みでおれを見る低身長の青年が「きみったら、嫌ですね。今はお日様昇る昼過ぎですよ」とツッコミを入れてくれた。


 おれのボケに彼が気さくにツッコむのはいいとして……。


「お前ら、なぜだ。なぜそんな表情で、おれを見る。教えろ。いえ、教えてください」


 そのようにおれは三人に向かって頭を下げ、彼らに懇願した。

 そしたら、今までおれをにらみっぱなしだった色白の女性が、不意ににらむのをやめ、ニカッと笑い、このように発言した。


「どうしてあたしがあんたをにらんでいるのかって?

 ――ストレス発散のためよ。道行く人をにらむのが、あたしのストレス発散法なの。今度、あんたもやってみ。爽快よ」

「お断りします」


 おれは色白の女性に頭を下げ、彼女の真似を辞退した。


 おかしな趣味のある女め。


 そんな女性の次に赤裸々に語ってくれたのは、おっかなくニッコニコに笑う、えくぼのある少女だった。


「歓喜! ……わたしはね、きょうがいつも以上に晴れたから、嬉しくて笑っているんだ。ブラボー!」

「できれば、心のどこかで嬉しがってくださいな」


 おれはえくぼのある少女に敬礼をし、彼女から一歩離れた。


 おかしなテンションの女め。


 最後におれの前ですべてを自白するのは、先ほどツッコミ役をしてくれた青年だった。


「十字路から、えらくおっかなくてエロい大人の女性に加え、えらくチョロそうなエロい女子中学生くらいのメスガキが来たため、気づいたら、爽やかにほほ笑んでいました。

 ――いやぁ、ようやくぼくも童貞を卒業できそうですよ。えぇ、四人でヤリましょう」

「いえいえ、一生童貞のままでいてください。じゃないと……って、ドサクサに紛れて、その中におれを入れるな。つーか、一人でシコッて寝てろ」


 おれは低身長の青年の頭を叩いた。


「あ、バレました?」

「当たり前だろ」


 なぜだろう、おれたちは笑い合った。


「……最低」

「最悪! ……お兄ちゃんたち、最低」


 二人の個性あふれる女性から、白い目で見られるおれたち。

 と、そのとき、上空から飛行機の轟音が近づいてきた。

 と同時に、一陣の風も吹いた。


 自然とおれは――おれたちは空を見上げた。

 そして、おれは偉大なる空を見て、あまりの美しさに息を呑んだ。


 おれたちの心を思うままに傷つけながら、必ず心に浸透する、どこまでも偉大で広く青い空。

 おれたちの無数の葛藤がそこにあるのではと思ってしまう、いつまでも偉大で白い雲。

 そこにはいつだって、とっておきのブルーハワイシロップと練乳がおれたちを覆い、おれたちを上空から見守っていた。


 やがて飛行機は遠ざかっていき、あとに残るのは飛行機雲のみ。


 率直に、おれは思っていることをそのまま言った。


「……空ってさ、どうしてこうも甘いんだろうな」


 すると、様々な反応。


「驚愕! ……え、お兄ちゃん、空の味を知っているんだ。どんな甘さ?」

「あんたさ、ちょっといい雰囲気だからって、かっこつけないでよね。……にらまれたいの?」

「うーん、確かに女性の脇は甘そうですよね。一度でいいから、舐めてみたいですよ」


 おれは頭を抱えた。


「お前らな……あぁ、もういい! せっかくのいい雰囲気が台無しだ。

 ……と言うわけで、お前ら、おれに名前を教えろ。それでチャラにしてやる」


 そしたら、様々な反応が……。


「恐怖! 落涙!」

「まさかあんた、あたしたちに何かをしようとしているわね? だとしたら……」

「では、一緒にアダルトビデオを見ましょう」


 もうメチャクチャだ。


 ええい、もうどうにでもなれ、おれの夏。


「おれは圭介けいすけだ。……で、お前らの名前は?」

沙綾さあやよ、この変態」

「挨拶! ……麗羅れいらだよ、圭介お兄ちゃん」

「沙綾、麗羅……ぼくは仮性包茎の幸太こうたですが、きみたちをイカせてみせますよ。これはぼくからの宣戦布告であり、ぼくの下克上です」


 怒声を上げる沙綾さん、雄叫びを上げる幸太、悲鳴を上げる麗羅ちゃん。


 ……もうメチャクチャだ。


 だが、これでいい。

 これでおれたちの夏は……青春の夏は始まりを告げたのだから。

 これでいいのだ。


 おれは沙綾さんと麗羅ちゃんに成敗される幸太を見て、大きな笑い声を上げ、それから空を仰いだ。

 そこにはいつだって……いつだって、おれたちを見守ってくれる青春のブルーハワイシロップと練乳があった。


 青春のかき氷。

 それがおれたちの正体であり、おれたちの称号だった。


「……青春のかき氷、か」


 今年も夏が来た。

 青春の夏の……到来だ。

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