6.レガテリテ、とうとう殺意を開放する。最終話
サルバシアの気持ちを書き足しました。11/12
子供達が結婚して、夫婦で領地に行くと言い出した時には殺してくれと言いたかった。
カリオスト伯爵家の経済状況では本当に少数の人数しか使用人を連れていけない。
この年になってから、屋敷の掃除や洗濯の仕事をさせられることになるとは思いもしなかった。
領地に下った生活は、私が想像していたよりも厳しくて、使用人に教えられながら、本当に掃除や洗濯、調理までしなければならなかった。
サルバシアは呑気なもので、小銭を握っては町に行って、若い子に手を出そうとしては時には揉め事に発展していたが、平民達は貴族のしたことと泣き寝入りしていると報告を受けていた。
私はある日、サルバシアを殺すことを決意する。
食事の用意も私がするのだ、何を混ぜてもバレはしない。
苦しみが長引くように、食事にほんの少量ずつ毒を入れた。
長く苦しむように、ほんの少しずつ。
サルバシアが寝込む日が増え、私は懸命に支える良き妻を演じ続けた。
毎日、毎食少量の毒を入れながら。
半年ほど経つとサルバシアは起き上がれなくなった。
サルバシアは「レガテリテは本当にいい妻で、母で、私には勿体ないいい女だ。感謝している」と言った。
更に一ヶ月ほどで意識ははっきりしているようだが、呂律が回らなくなって、言葉も上手く出せなくなっていた。
私は今までの生活が地獄だったとサルバシアに聞かせた。
サルバシアが今まで関係を持った女の名前を順に言い、サルバシアに夜伽をさせられることが吐き気がするほど嫌だったこと、子供なんか産みたくなかったことを教えてあげた。
サルバシアは涙を流してモゴモゴと言っていたけれど「サルバシアとの結婚は本当に地獄だった」と死ぬまで毎日教えてあげた。
サルバシアの息が止まる間際に私が毎日毒を盛り続けたのだと教えてあげて、サルバシアは絶望を瞳に浮かべて死んでいった。
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若い頃の不摂生が祟ったのか、体調の良くない日が続き、寝付くことが増えた。
まだまだレガテリテを堪能したかったのに悔しい思いが残る。
若い時に週に二度なんて格好つけずにレガテリテをもっと楽しめば良かった。
だんだんまともに口も聞け無くなってきているが、レガテリテは私の言いたいことは解るのか、痒いところに手が届く介護をしてくれる。
本当に感謝しかない。
愛しているよレガテリテ。
レガテリテなら言わずとも解っているだろうが、俺は伝えたかった。
それなのにレガテリテが信じられないようなことを笑いながら言い出した。
私がまともに口も聞けなくなる日を待っていたのだと。
私との生活が地獄だったと。
そんなこと信じられない。いつも笑顔を浮かべ、私のすることは何でも受け入れていた。
体も弄れば、弄っただけ、喜んでいた。
子供達もあんなにも可愛がっていたではないか。
今まで関係を持った女の名前を順に言い聞かせてくる。
私が覚えていないような女たちのことまでレガテリテは知っていた。
夜会は親切な方が多いのですよと、夜会やお茶会でどんな目に遭っていたか微に入り細に入り話して聞かせてくる。
レガテリテが話す言葉を聞きたくないのに、レガテリテは私が耳をふさげないことを知っていて、毎日の嫌だったことを言い募る。
別邸で私が来ない日が一番の幸せだったという。
ときには私に殺意を覚え、殺そうとしたことも一度や二度ではなかったと。
子供も殺そうと何度首に手を掛けたかわからない。とも言っていた。
ただ自分が殺したとバレるのが嫌だったから我慢したのだと。
昼間はレガテリテの言葉にうなされ、夜にはいつ殺されるのかと怯えまともに眠れない。
「サルバシアは私を愛していたわけではないでしょう?ただ都合が良かっただけ」
そして私の具合が悪いのはレガテリテが毒を毎日少しずつ盛っているからだと言った。
私は毒の入った食事を取りたくなくて、身を捩ったが、抵抗らしい抵抗にならなかった。
食べることを拒否すると、なにか食べさせてくれと私が泣きを入れるまで何も食べさせてもくれず、水もくれない。
そして掬われた匙を私の口元に運びながら「これにも死ねない毒が入ってますよ。良く味わって食べてください」と言いながら、聖母のようなほほ笑みを浮かべている。
レガテリテが差し出すものの中に毒が入っていると解っていても、食べる以外の選択肢が私にはなかった。
私の何が悪かったというのだ?
私は出来得る限りレガテリテを愛した。はずだ。
私と出会ったことが一番の不幸だったとレガテリテは言った。
意識だけはしっかりとしているのに、体だけが言うことを聞かない。
これがレガテリテにしたことへの仕返しなのか?
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私はサルバシアを心から愛した妻として葬式で泣き崩れ、その場に居る皆の涙を大いに誘った。
サルバシアの両親に「こんなにいいお嫁さんをもらったサルバシアは本当に幸せ者だった」と言わしめた。
私はカリオスト家を継いだ二番目の子供に「一人は寂しいから本邸に戻っていい?」と尋ねた。
二番目の子供夫婦は喜んで受け入れてくれて、私は掃除、洗濯、調理から解放された。
愛情の欠片も持てなかった子供でも使い所があるのだと思い、口と態度では感謝を伝えた。
エントロスのお父様が家族の誰もいない日にやって来て、私に向けてサルバシアの死を悼んだ。
サルバシアとの結婚は地獄だったこと、私はサルバシアがしていたことをすべて知っていたこと、親に愛されなかった子供が、親になって子を愛せるわけがないことを話した。
そして、サルバシアに少しずつ毒を盛って私が殺したことを伝えた。
お父様は「なんてことを・・・」と言って恐れ慄いていたけれど、私は「子供の頃に殺していてくれたら私はここまで苦しまずに済んだ」とお父様に抑揚無く淡々と話した。
エントロス家の皆を殺せないことが私の心残りだと伝えて、二度と会いに来て欲しくないとお父様に伝え「次来たら毒を盛るかもしれません」と言って追い返した。
二番目の子供夫婦はお父様に会えなかったことを残念がったが、魂が抜けたようなお父様に会わなくて良かったのよ。と心の中で思った。
私が父に毒を盛ると言ってから、たったの二週間で兄親子が乗った馬車が転落して全員が亡くなった。
父が侯爵邸に戻ったが、その跡を継ぐ者がいなかった。
姉二人は嫁いではいたけれど、夫婦仲が悪く、子を生してはいなかった。
更に一ヶ月後、お父様が病床に倒れ、私が国王陛下に呼び出された。
私が産んだ四男がまだ結婚しておらず、妻を娶って、エントロス侯爵家を継ぐようにと陛下から賜った。
お母様は健在だったけれど、四男がエントロス家に乗り込み、それに付いて私もエントロスへと戻った。
お母様を一階の私の部屋へ放り込んだ。
「お似合いですこと」
と鼻で笑ってやったら、お母様は私に殴りかかってきたけれど、その姿を使用人達に見られ、お母様は二階に上がることを禁止された。
お母様に「エントロス家は私の手中にある」と伝えると握った手を震わせていた。
「お母様、私がされたことと同じことを私がお母様にいたしましょう。死なせてくれと望むようなことを」
そう伝えるとお母様は気を失い、目を覚ますと私は献身的にお母様の面倒を見た。
お母様は私が側に寄ることを嫌がり、暴れて自傷行為を繰り返した。
ただ体調が悪くなるだけの薬品を食事に混ぜ、母に提供した。
「首をナイフで切ったほうがお母様は嬉しいかしら?」
私の首を切ったナイフを見せびらかした。
一度、お母様が眠っている時にナイフで何度も首を撫でてあげた。
目を覚ましたお母様はあらん限りの叫び声を上げ、お母様は正気を失った。
そんなお母様を思い出して私は夜、ベッドの中で笑いが止まらなくて、困ってしまったほどだった。
お父様には毎日、お母様にしてあげたことを話して聞かせてあげた。
お母様の様子がどんなものかも。
お父様の目が暗く濁っていくのを見て私の心は満たされた。
お母様の錯乱は日に日に酷くなり、私は貴族らしく微笑んで「お母様、落ち着いてくださいませ」と言って誠心誠意お母様に尽くしてみせた。
私が穏やかに接すれば接するほど母の錯乱は酷くなり、メイドが持っていった食事の食器を割って、その食器の欠片でのどを切り裂いた。
お父様にお母様がどんな風に死んだか飛び切りの笑顔で話し、お父様へとお菓子を食べるように勧めた。
私の差し出すものを嫌がり、私を振り払う。
私はそれがおかしくてクスクスと笑う。
起き上がれないほど弱った父は何度も「私を愛していた」と言ったけれど「私は愛された覚えは一度もありませんでした」と答えた。
四男が結婚して、子供が生まれてその子の顔を見て、父は長い眠りについた。
私はエントロスの古いものは捨て、売り飛ばし、新しいものへと替えた。
四男の妻に女主人の部屋を与えられていたので、私はその部屋で心ゆくまでエントロス侯爵家を堪能した。
夜会に行くと、私を馬鹿にしていた女達は私に媚びへつらった。
そんな女達は相手にせず、私はその日その日を優雅に、貴族らしく、楽しんだ。
サルバシアを殺してからが私の為の人生なのだと満足した。
私が七十九歳の誕生日を迎えた時、そろそろ自分の人生が終わると実感した。
私が身辺整理を始めると、子供達が孫を連れて日替わりでやって来た。
妊娠することが恐怖で、子供を産むことが苦痛で仕方なかったけれど、私の人生は子供達とともにあった。
世間の人達とは違う愛し方だったかもしれないが、今は子供達を愛していると言えるだろうか?
無条件で孫たちは可愛い。曾孫達には、私の持つ財産を平等に六家族、六等分して全て分配した。
八十歳になり、起き上がれる日が少なくなり、私は子供の頃にいた、エントロス家の一階の部屋へと居を移すことになった。
結局ここで一生を終えるのかと最後に思って目覚めることはなかった。
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母は素晴らしい人だった。
父が女遊びをしていても、父が帰ってくるのを黙って待っていた。
僕たち兄妹を慈しみ、何時も優しく抱きしめてくれた。
兄妹達と母のために勉学に励み、成績優秀者として全員が首席卒業することができた。
やっかみは酷かったが、母が育てると子供は優秀に育つのだと見せつけてやった。
父は愚かな人だった。
父だけが何も知らず、若くして病に倒れて亡くなった。
最後まで女遊びは止めなかった。
母は本邸に戻りたいと望み、兄夫婦は快く母を受け入れた。
母方の祖母には夜会以外で会ったことはなかったが、噂で、母を殺しかけたことがあったと聞いた。
母の首には今はもう目立たないけれど、よく見ると一本の線が走っていた。
噂は本当のことなのだろうと思った。
父が死んだ時、金庫から出てきた両親の結婚に関する誓約書が四枚出てきて、その内容を読んで、母方の祖父を恨んだ。
三枚は母のための成約だったけれど、母からの離婚を許さない条文が記載されていた。
愛妾を本邸に抱えた父に、人に会わせないように小さな家に閉じ込めて子供を産ませて、育てさせ、父は奔放の限りを尽くしていた。
エントロス家から多額の支援があったけれど、そのお金は母に使われることはなく、父が女性と遊ぶために消えていった。
私達兄妹は家庭教師を付けられたことがなかったが、伯爵家にお金がなく、家庭教師を付けられなかったのだと、お金の流れを見て知った。
最終的にはその御蔭で首席卒業ができたのだが、母は本当に自分の身を粉にして私達を育てたのだと思った。
母方の伯父親子が不運にも亡くなり、祖父が床についたことで、四男の私に後を継ぐよう陛下から指示が出た。
母は「いい思い出はないのだけれど」と言っていたけれど、右も左も解らない私についてエントロス家へと付いて来てくれた。
伯爵位ではなく侯爵としての立ち居振る舞いを身につけるだけでも苦労するかと思っていたが、母は私達兄弟に侯爵家の教育を子供の頃から与えていてくれていた。
祖母が亡くなり、私の子を見ると安心したように祖父が亡くなると、私のためにと古いエントロスの物は処分して、新たなものに買い替えた。
私の妻も母を尊敬していて、母に付き従うように一歩引いて母を一挙手一投足見逃すまいとしていた。
母は、妻を心配して「自由にしなさい。我慢してはいけません」と思い出したように時折言ってくれた。
妻はそんな母に傾倒して、私に母の素晴らしさを語って聞かせてくれた。
私達の子が生まれた時、母は殊の外喜んでくれ、遊びの中で私達に与えた教育を孫達にも与えてくれた。
「時代が移ったからね、私の教育だけでは駄目だわ。いい家庭教師を雇いなさい」と言ってくれて、孫と一緒に家庭教師の授業を受けていた。
「孫の授業に付き合わなくていいんだよ」と伝えると「大人が付いていないと豹変する大人は意外にも多いものなのよ」と言って、家庭教師がきた時はずっと孫達と一緒にいてくれた。
母の愛の深さに私達夫婦は感動した。
母が夜会に行くと、誰もが母の歓心を買おうとしたが、母は相手にしなかった。
下位貴族を大事にし、それが何時の間にか貴族最大の派閥になっていた。
母が身辺整理を始め、私達や孫には何も与えなかったが、曾孫達に六等分の財産を渡し、新たに子が産まれたら、渡した財産を均等に分けなさいと言った。
母は私にお願いがあると言って、カリオスト家へ後五年援助をして欲しいと頼んできた。
ただ、兄が馬鹿なことをしたならば即刻打ち切って構わないと言った。
孫、曾孫に囲まれて母は眠るように逝った。
母の葬儀は盛大なものになった。
一番数の多い、伯爵家、子爵家、男爵家、準男爵、騎士爵が訪れた。
勿論、公爵家や侯爵家もやって来たが、身分が高いのに、小さくなっていたのが見ものだった。
私達兄妹の女達が母の派閥を掌握し、母の子供達は皆、繁栄した。
Fin
レガテリテはサルバシアを殺して幸せを感じることが出来るようになりました。
愛を知らなかったので、子供を愛していないと思っていましたが、子供達に愛されていることを知り、戸惑い、愛していたのだと気が付きます。
お付き合いありがとうございました。