5.レガテリテは夜会に行って色々なことを知る。
最初は私の友人の家の小さな夜会に連れて行った。レガテリテは初顔出しだったのもあって、会場のすべての視線を独り占めにしていた。
当初心配していたようなことはなく、貴族らしく上辺の付き合いを難なく熟してみせた。
三つ四つと夜会に顔を出すようになると、お茶会の誘いも増える。
夫婦で参加できるものには参加したが、レガテリテだけが誘われているものには参加させなかった。
私の行いの悪さをバラされてはたまったものではない。
レガテリテも、一人での参加を嫌がった。
夜会でご父君と母君とお会いした時は、レガテリテを見る母君の視線の強さに、私は思わずレガテリテを背に隠した。
通り一辺倒の挨拶だけをして、ご父君達に近づかないようにした。
私はレガテリテを心配したが、レガテリテは変わらず笑顔で夜会を楽しんでいた。
レガテリテの姉達は再婚したが、婚家で上手くいっておらず、二人共子供を産んでいないとご父君が言っていた。
息子の妻は二人の男子を産んで、エントロス侯爵家は安泰だと喜んでいた。
レガテリテの妻として、母として完璧な姿に、己の不甲斐なさを感じたが、妻は私を鷹揚に受け止めていてくれた。
母が一度「あんなにいい子が嫁いできてくれて、本当に幸せだわ」と言っていたことがある。
私もその通りだと思う。
その上、未だにエントロス家からの援助は途切れることなく続いている。
心配すること無く六人の子供達を結婚させられるだろう。
一度ご父君に「もう十分に援助していただきました。自分の力でやっていけそうなので、援助を打ち切っていただいても構わない」と告げたことがある。
だがご父君は「ならレガテリテに衣装の一つ、宝石の一つ買ってやってくれ」と言って援助を続けていてくれる。
レガテリテはご父君にこんなにも愛されているのだと、少し妬けた。
子供達はレガテリテの愛を命一杯受け止めて、真っ直ぐすくすくと育っていった。
私も頑張って愛を注いだが、レガテリテには敵わなかった。
貴族の子供達は小さな頃から家庭教師を付けて育てられるが、レガテリテは家庭教師を必要としないほど、子供達に教育を与えていった。
子供が学園に入る前に少しだけ家庭教師を付けてみたが「私が教られることは何もありません」と言って家庭教師自ら、辞めていった。
学園に入学した子供達は皆、自分の子だと信じられない程優秀だった。
一番上の子が婚約して、侯爵家へと婿入りしていった。二番目の子がカリオスト家を継ぐと言い、可愛い花嫁をもらった。
私が比べるのがレガテリテだったため、凡庸だと感じたが、それは口にはしなかった。
子供達は順番に婚約、結婚といい縁を結べた。
特に女の子二人は公爵家へ嫁に行った。
四番目の息子だけはまだ遊び足りないのだと言って結婚していなかったが、妻に心配をかけるようなことはしない子だったので、安心していた。
二番目の息子に家を任せて、私とレガテリテは領地へ行くことにした。
レガテリテは四十歳になったばかりで、私の望みで両親からなるべく離れた遠い地に小さな屋敷を建てた。
少数の使用人を連れて、夫婦二人、この先の生活に私は胸を弾ませた。
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泣きわめく子供に殺意を毎回感じながら、どう接していいのか解らなかったので、私が子供の頃にしてほしかった、抱きしめるということを仕方なく子供にしていた。
伯爵家の懐事情はあまり良くなく、子供にいい家庭教師を付ける事が難しかった。
エントロス家から支援を受けている筈なのに、どうして余分なお金がないのか不思議で仕方なかった。
子供と接する時間が増えるので、嫌でたまらなかったが、いい家庭教師を雇えないため仕方なく、私が教えることにした。
私が家庭教師に習ったことを思い出しながら、これもまた、家庭教師にしてほしかったことを子供にした。
できた時には褒め称え、間違った時には次には間違えないようにもう一度復習しましょうと優しく頭を撫でながら教育していった。
サルバシアは子育てに全く役に立たず、知能も私よりかなり低いようだった。
やはり子供の機嫌のいい時だけ子供を構い、子供の機嫌の悪い時には屋敷に寄り付かないことが多かった。
サルバシアを殺したら清々するのにと日々思いながら子供を褒め、時には叱り、育てていった。
サルバシアが突然私を夜会に連れて行くと言い出し、私は六人も産んだ、たるんだ体にきついコルセットを日常で着けることを強要された。
私の苦痛は一体いつまで続くのだろうか?
子供が成人して、結婚してもサルバシアは私の側に必ず居るのだろうか?
コルセットの締め付けのせいで、お腹が空いても食べることも叶わず、私はコルセットに縛られ続けることになった。
連れて行かれた夜会で人の視線を集めた時は恐怖のあまり体が震えた。
貼り付けた笑顔が剥がれ落ちそうになった。
サルバシアがずっと側にいたので嫌味を言われることは殆どなかったが、レストルームへ行くと、何人かの人に囲まれて突き飛ばされたり、足をかけられたりした。
なぜこんなことをされるのか心当たりがなくて、相手のすることに怯えた。
サルバシアが外でどれだけの女性と遊んでいるのかを態々教えてくれ、別邸の妻と嘲られた。
私は言い返さず笑顔で聞いていた。
本当か嘘かは判断付かなかったけれど、女達は色々なことを教えてくれた。
結婚前から本邸に代理妻がいたこと、私が妊娠する度に女性を作って情事を楽しんでいたことなどをまるでこの女達が相手をしたかのように教えてくれた。
私はそれを、ずっと外の女性と遊んでいてくれたら相手をしなくて済むのにと思いながら聞いていた。
未だに週に二度、夫婦の寝室に呼ばれ、酷い時には朝まで付き合わされる。
それでも子育ては誰も代わってくれないのだ。
一人が泣き始めると釣られたかのように次々と泣き始め、結局は全員を抱き、泣き止ませるしかないのだ。
子供達はメイドでは泣き止まず、私が抱くまで泣き止まなかった。
誰にも見られてはいないが、何度か子供達の首に手をかけていた。
ただ私が殺したことがバレてしまうので、私は我慢し続けた。
今夜もまた夫婦の寝室に呼ばれ、私の体を他人に好きにされる。
心は拒絶しているのに、体はサルバシアを受け入れていた。
どこから仕入れてくるのか、新たなことをしたがり、私は本心から嫌がっているのに、サルバシアは私が楽しんでいると信じ込んでいた。
そのことにも私は絶望を感じずにはいられなかった。
サルバシアに対してだけではなく、全ての人に対しての心と体の反応は正反対なものだった。
一人目の子供を妊娠した時に壊れた心は、やはり壊れたままで、治ることはなかった。
今宵も夜会のレストルームの前で、御婦人方に囲まれていた。知りたくもないことを、私を馬鹿にした笑顔で滔々と話し続ける。
「色々教えてくださってありがとうございます」
そう礼を言ってその場を立ち去るのは夜会の度、毎回だ。
一度は、サルバシアと今、付き合っていますと言う方もいて、サルバシアと別れてくれと泣かれたこともあった。
サルバシアが望むのなら私は喜んで別れたいと思っていたけれど、結婚時の誓約書があって、私から離婚を言い出すことはできなかった。
サルバシアが私に飽きることを、毎日神に願ったが、その願いは未だ叶うことはない。
子供達が学園に通う年になっても、週に二度、夫婦の寝室に呼ばれる。
サルバシアは外にも女性が居るのに元気なことだとげんなりした。
サルバシアに女性が居ることを、私が知っていることを知らせる方法はないものかと考えたが、いい方法は考えつかず、私がご婦人方にご教授いただいている時に、サルバシアが来ることを願い続けた。
エントロス家にいた頃から私の願いは叶うことはなかった。
今もまた、願いは叶わないまま、コルセットを付けた苦しい体でサルバシアを受け入れていた。
サルバシアは夜伽を楽しんでいるのかもしれないが、私には地獄だ。
乖離していく心と体。
私の心を裏切る体も、悍ましい事をしようと提案するサルバシアも殺意しか抱けなかった。
レガテリテは子育てもよく解っていませんが、自分が子供の頃してほしかったことを子供にしています。
次話、最終話です。