3.本邸の愛妾は勘違いをして追い出され、新たな愛妾を迎え入れる。
本邸に戻るとティラベルが尊大に付き纏い、煩わしかったが、使用人たちが私からなるべく遠ざけてくれた。
ここまで煩わしい相手を置いておく理由がなくなって、家から追い出す時期が来たのだと心に決めた。
レガテリテは四日掛かってやっと熱が下がったと報告が来た。
けれど、咳が治まらず、辛そうだと。
毎日、本邸に戻るとティラベルが腕を組んで私の帰りを待ち構えている。
「話し合いましょう」
「何を話すんだい?君が妻だと勘違いしていることをかい?」
「そんな言い方をしなくてもいいと思うのですけれど?!私は本邸に住む女ですわ!!」
私は呆れ果てた。
「違う、君のために別邸を用意するのが惜しかったから本邸に入れただけだ」
「嘘・・・」
本邸に入れられたことを私が思う以上に大きく捉えていたようだった。
「本当だよ。元々愛妾だと告げていただろう?妻にする気は当然なかったし、無駄なお金を掛ける気もなかったからね。君が何を勘違いしたのかはだいたい想像付くけど、元々君を妻にしようと考えたことはない。せいぜい遊び相手だよ」
ティラベルは信じられないのか「うそ」と何度も言いながらずっと首を横に振っている。
「調子に乗るのもここまでにしてもらおう。愛妾として私を楽しませているのなら、もう少し長続きしたかもしれないけど、ティラベルは煩わしくて仕方なくなってしまったよ」
「どうするっていうのよっ?!」
「金貨三枚渡すからこのまま出て行ってくれ」
「たった金貨三枚で私を追い出すっていうの?!!」
「そうだよ。三年間君を楽しんだからね」
「別邸の女に言うわよ!!」
「会えると思うのなら言えばいいよ。コールセン!!隣の領地にでも放り出してきてくれ。我が家に関する場所への立ち入りは禁止する」
「喜んで」
横柄な態度を取っていたティラベルは、使用人に嫌われていたから、着の身着のまま馬車に乗せられて出て行った。
「旦那様、追い出していただけたのはありがたいのですが、あまり恨みを買うようななさりようは感心いたしません」
「そうだな」
一つ息を吐きだす。
「ちょっとあの女に煩わされたのが、腹が立っていて、態度に出てしまった」
「奥様はまだ本調子に戻られませんので?」
「いや、やっと熱は下がったらしい」
「それはようございました」
「風邪が伝染ると言って、まだ会ってはくれないのだけどな」
「奥様を本邸にお呼びになるのですよね?」
「いや、レガテリテは別邸でゆったり過ごせばいいさ」
「旦那様!」
「本邸に来ても社交には出せない。人の来ない別邸のほうが、レガテリテは落ち着くさ」
「奥様に捨てられても知りませんからね」
「捨てられないと成約を結んでいるからな。レガテリテには染みを着けずに真っ白のまま居てもらいたいものだ」
レガテリテが知った時、悲しみはしても、私を捨てることはない。そう勝手に思った。
ラルグストン準男爵と言う男が会いたいと言ってきて、会ってみると自分の娘を愛妾にどうかと勧めてきた。
「愛する妻がいるのでお断りさせていただくよ」
「別宅の本妻ですが・・・」
レガテリテを馬鹿にした態度が鼻について腹が立つ。
下卑た笑いを浮かべながら
「本邸の女性を出されたのなら何かと不便でしょう?私の娘は何かとお役に立つと思いますよ」
「いや、今の所不便はない。お引取りを」
別邸から妻が全快したと連絡が来て、いそいそと会いにいく。
本邸に愛妾が居なくなっても別邸に行くのは週に二度だけだ。
会った夜はたっぷり可愛がる。
レガテリテも馴染んだのか、私にしがみつき腰を揺するようになっていて、愛を返されている。と感じるようになった。
自分でも最低な男だと思うが、いつまた気になる女が出来るか分からないから、週に二度のリズムは壊さない。
十日近く寝込んでいたためにまともに食べられなかったのだろう。
「痩せてしまったね」
「おかえりなさいませ」
「ただいま。しっかり食べて体重を戻さないと駄目だよ」
「はい」
今のレガテリテは触れると壊れそうなほど脆い印象を抱いてしまう。
怖くて抱けない。
体重が戻るまで、私はレガテリテを抱きまくらにして眠った。
結婚してから一年程経った頃、レガテリテが妊娠した。
レガテリテの体が小さいので、体の中で子供を育てられるのか心配だったけれど、子供はすくすく育った。
レガテリテの妊娠と共に私の悪い癖も再発し、エイレルカと言う男爵家の出戻り女を本邸に入れていた。
「今は、君のことを気に入っているし、本邸に入れたけど勘違いしないでくれ」
「勘違い・・・ですか?」
「君が愛妾だということと、決してこの家の女主人ではないということをだ」
「分かりました」
本邸で五日過ごし、別邸に二日。
今は新しい女に多少、溺れていると思っている。
夜に奔放になるところが好みだ。
それも一時のことだ。
愛妾は一生の相手ではない。
別邸から「奥様が産気づきました」と連絡があったのは初夏のまだ早晩涼しい頃だった。
どうせ別邸に行っても、子供が生まれるまでは部屋にも入れてもらえない。
エイレルカと楽しんでから別邸に戻ることにした。
エイレルカは「奥様が出産を頑張っている時に私とこんなことをしていていいのですか?」とくすくす笑う。
私を締め付け、私を奮い立たせる。
エイレルカの手管に乗って、楽しんだ後、ベッドから離れると、エイレルカは別邸に行かせまいと私に縋りついた。
「その態度は愛妾としては失格だね」
エイレルカは慌てて「申し訳ありません」と言って私から離れたけれど、私の心もエイレルカから離れた。
「さて、愛しい妻と可愛い我が子に会いにいくよ」
「行ってらっしゃいませ・・・」
「また帰ってきたら遊ぼう」
「あそぶ・・・?」
部屋の扉が閉まるとエイレルカが暴れる音が漏れ聞こえた。
別邸に着くと、出産が長引いているようでまだ生まれていなかった。
持ち込んだ仕事を片付けながら無事生まれるのを待つ。
それから半日も掛かった。
屋敷に赤ん坊の泣き声が響く。
「旦那様!!男の子です!!」
執事の喜びの声に私も男子誕生に喜ぶ。
「そうか!!よくやったと伝えてくれ」
「かしこまりました」
それからレガテリテと子に会えるまで一時間ほど待たされた。
思うより小さな赤子を腕に抱き、あまりの軽さに心配になる。
「小さすぎるのではないか?」
「平均からはちょっと小さめですが、子供は小さく産んで大きく育てるのがいいのですよ」
産婆の心配要らないという態度に安心する。
レガテリテ専属のメイドも頷いている。
「そういうものなのか?レガテリテ、よく頑張ったな。ありがとう。すごく嬉しいよ」
「サルバシア様・・・」
頭を撫で「この子の名前の希望はあるかい?」
「サルバシア様におまかせします」
いまだまだぐったりしているレガテリテが心配だったが、私は子供の顔を見て名前を決めた。
「サランドルがこの子に一番合うような気がするな」
「サランドル・・・」
メイドにサランドルを渡し、レガテリテにゆっくり休むように伝える。
「ありがとうございます」
産婆に妻と子に問題はないかもう一度確認し「大丈夫」との言葉をもらって本邸へ戻った。
エイレルカが私の帰りを待ち構えていた。
「奥様は無事、お子様をお産みになったのですか?」
「君が気にかけることではないよ」
「お祝いでもお渡ししようかと思ったのですが」
「必要ないよ。差し出がましい」
自分の立場を解ってもらうためにもピシャリと言い放つ。
「も、申し訳ありません・・・」
エイレルカはどうも私の機嫌を下降させる。
レガテリテと比べてしまうからだろうか?
二通の手紙を書きあげる。宛名を書き、使者を出すように頼む。
一通は両親に。もう一通はエントロスのご父君へ。
両親からは孫に会いたいから会いに来ると返信がすぐに来た。
エントロス侯爵からも返事が来て、レガテリテにも孫にも会いたいと書かれていた。
レガテリテがどう思うのか私には分からなかったが、どちらも了承した。
本邸にやって来た両親はエイレルカに早々に腹を立てて追い出した。
レガテリテを本邸に入れろと怒り狂った。
そこにエントロス侯爵が現れ、レガテリテが本邸に住むことは無理だと言ってくれた。
両親はそれでも文句を言い募っていたが、エントロス侯爵には逆らえなかった。
エントロス侯爵と二人で別邸に向かう。
エントロスは小さな屋敷に眉を顰めたが「我が家ではこれで精一杯です」と苦笑して答えた。
レガテリテはまだ床に就いているようで、エントロス侯爵をサランドルに会わせる。
初孫を腕に抱き、ご父君は喜んでいる。
本妻の娘たちは結婚はしたものの、子供を持つことなく、出戻っていると聞いている。
息子は遊ぶのに忙しかったようで、最近結婚したばかりで、まだ子供の兆しはないと聞いている。
レガテリテが目を覚ましたと連絡が入り、ご父君をレガテリテの部屋へ案内した。
ご父君が訪れたことに呆然としていたレガテリテだったが、気を取り直し「お父様、お久しぶりでございます。このような姿を見せてしまい申し訳ありません」と声を震わせていた。
お茶の準備を頼み、その後は呼ばれるまで部屋に入るなとメイドに伝え、私も部屋を出た。
一時間ほど経った頃にレガテリテの部屋のベルが鳴り、ご父君は帰っていった。
レガテリテは部屋の窓の外をベッドの上から眺めていた。
レガテリテの枕元に腰を下ろし、頭を撫でる。
気持ちよさそうに目を細めるのを見ていると、まるで猫のようだと思った。
ご父君とのことは聞かなかった。
レガテリテも何も言わない。
「私の両親も孫に会いたいと言っているんだけど、ここに来てもらってもかまわないかな?」
「はい。初めてお会いします。気に入っていただけるでしょうか?」
「きっと両親は君の味方だよ」
嬉しそうに頬を染める。
「サランドルも喜ぶと思います。お会いすることを楽しみにしていますとお伝え下さい」
「ありがとう」
私は両親に外部の情報は持ち込むなと言い聞かせ、別邸への滞在を許した。
両親は孫が可愛いからなのか、別邸に一ヶ月も滞在してから、帰っていった。
両親が領地に戻ったと聞いたのか、本邸にエイレルカが戻ってきていたらしいが、家の使用人達が「大奥様が認めてない方を家に入れられません」と追い返したと聞かされた。
使用人達に本邸に愛妾を入れるのは止めてくれとお願いされた。
「サランドル様も生まれました。本邸に奥様をお連れしてください」
「しかし・・・」
「別邸では目が届かないこともあるかもしれません。万が一があってからでは遅いのです。別邸を閉じていただければ、浮いたお金でサランドル様に十分な教育を受けさせることが出来ます」
「だが、今までのことをどう説明する?」
「お仕事の都合と仰ればいいのではないですか?大人の旦那様のおしりは私どもには拭けません」
「・・・分かった。この家から徹底的に女の匂いを消してくれ」
「ありがとうございます。完璧に仕上げて見せましょう」
本邸の準備が整うまで私は別邸で仕事をする。
レガテリテに会うのは週に二日だけ。
飽きずに可愛がれるには丁度いい日数なのだ。
サランドルには毎日会う。
メイドがレガテリテに横柄な態度をとっているのが目についた。
一人を首にしたら、それ以降は敬うようになったが、ここの使用人は全員辞めてもらうことになりそうだ。
厳選して別邸に入れたのに、教育が足りない。
本邸も信用を置ける使用人以外は入れ替えることになっている。
レガテリテを本邸に入れたらどう扱うのがいいだろう?
やはり、週に二日がいいだろうか?
また別の女が欲しくなるのは間違いないだろう。
レガテリテは都合のいい妻だが、まだまだ未熟で色んな意味で育っていない。
一ヶ月ほど掛けて徹底的に仕込んでみるのもいいかもしれない。
いや、レガテリテは未熟なまま、白く綺麗なままでいて欲しい。
側に居るときだけは誰よりも大切にしよう。
何をどうすればレガテリテが不審に思われず受け入れられるのか俺は考えた。
本当に最低な男です・・・。