1.嫁いだら二度と戻ってくるなとお父様に言われた。
六話予定です。
ーーーーー線で視点が移ります。
誤字報告ありがとうございます。
感謝しかありません。
父、母、兄、姉が二人の五人はとても仲良しだ。
いつも楽しそうに笑って、喧嘩しては仲直りしている。
同じ家族のはずなのに私だけが仲間外れ。
五人の中には入っていけない。
小さな頃はお父様に色々言葉をかけられた記憶がうっすらあるのだけれど、その後、お母様やお姉様に酷い目に合わされた記憶が一対になっている。
私の首には今はもう一本の線になっているけど、お母様にナイフで切られた記憶がある。
驚くほど血が吹き出し、切った母はその場にへたり込み、そこに居た誰もが叫び声をあげていた。
その叫び声を聞いて駆けつけた執事に処置され、そのおかげで私は死なずに済んだ。
医者が呼ばれ「後ほんの少し処置が遅れたら死んでいただろう」と医者が言ったのだとか。
あの時に死んでいたほうが私は幸せだったのかもしれない。
それからは、お母様は私に手を出さなくなった代わりに、私を居ないものとして扱うと決めたらしかった。
そして、お父様も私に声をかけることはなくなった。
兄姉達は些細な嫌がらせをして、私が困ったり、泣いたりしているのを見て喜んでいる。
一度、階段の一番上に居る時に足を掛けられ、階下へと落下した。
それをたまたま階下から見たお父様は兄姉を『侯爵家の恥』と叱りつけ、私の前で「今度レガテリテに嫌がらせや虐めをしていると報告を受けたり、見た時には家から放り出す。レガテリテも誰かに何かされたら執事のバウンテンに言いなさい」と言った。
侯爵家の恥でなかったら、私は守られなかったのかしら?
その日から私の部屋は一階へと移され、二階へ上がることは禁止された。
使用人部屋の近くではあったけれど、侯爵家の娘としては恥ずかしくない体裁が整えられた部屋を与えられた。
私だけが家族ではないのだと言われたも同然だった。
父の目がよく行き届いていたのか、バウンテンの目が行き届いていたのか、私は使用人に軽く扱われることは表面上はなかった。
けれど、兄姉のように尊重はされていなかった。
一時、よく私とぶつかるメイドが居たのだけれど、いつの間にか居なくなっていた事があった。
バウンテンに守られたのだと思って少し嬉しかった。
家族と一緒に食卓を囲んでいる。けれど誰も私には話しかけないし、私も話しかけたりはしない。
私が物音を立てると、ただ私を疎ましい者として睨みつけて、無視する。
衣装は姉のお下がりを私の寸法に直してもらって着ていたが、学園に行く十三歳の少し前になると私にもデザイナーがついた。
採寸して、私の意見を聞いてドレスを仕立てるという。
「私のために勿体ないわ。私はお姉様のドレスのサイズ直しをしたもので十分だわ・・・」
私の発言にデザイナーは目を吊り上げて怒った。
「本来なら侯爵家の子供が、幼少の頃からでもお下がりを着るなんてありえないのです。なにか事情があるようですから過去のことは何も問いませんが、これからはそういうわけにはいきません。好み、ご自身に似合うデザインに色。そういったことを覚えていただかなければいけません!」
そう叱られた後、意見を聞かれたけれど、何が良くて何が悪いのか分からないので、デザイナーに「まずは私に合うと思うデザイン、色のものを仕立ててください」と注文した。
「外部との接触がなかった私には何が流行っているのか、何がいいのかも判断が付きません。少しずつ覚えていきます」
怒りに震えたデザイナーにそう言って怒りを抑えてもらった。
「これからしっかり覚えていってくださいませ」
小さな頃から侯爵家の娘として必要な専門の家庭教師は付いていたけれど、無駄な話は一切しない人で、知っておくべきことだけを次々に教えられていた。
十三歳になって学園に行くと、自分の置かれている状況がおかしいのだと改めて思い知った。
私はなぜお母様やお兄様達に愛されないのかしら?
どうして私一人だけが・・・。
学園では高位貴族の方とはお友達になれなかったけれど、馬鹿にされることはなく、それなりに楽しい学園生活を送れた。
何人かの友人ができて、人生で一番楽しい時を過ごした。
学園と、家との落差に、惨めさは増したけれど。
十五歳になる少し前、十年ぶりに父に話しかけられた。
「お前の結婚が決まった。学園の卒業と同時に嫁いでもらう」
「あの・・・」
相手が誰なのかとか、色々な事を詳しく内容を知りたくて声を掛けたが「婚約したことは誰にも話すな」それだけ言うと父は私の前から居なくなった。
結婚は本当に卒業と同時で、卒業式が終わると、一人で馬車に乗せられて、家から放り出された。
その時父に言われたのは「二度とここに戻ってくるな」と言う言葉だった。
友人達と話していた結婚式やウエディングドレスはなかった。
お父様の腕をとる日を夢見ていたけれど、夢と終わってしまった。
人の屋敷を訪れるのは初めてで、物珍しくて建物の全容を眺めた。侯爵家と比べると一/五程の大きさしかないとても小さな屋敷だった。
結婚相手だという人に初めて会い、名前を聞いた。
「サルバシア・カリオスト伯爵家の次男だ。嫡男だった兄が病気で亡くなったために伯爵家を継ぐことになって、私は色々と忙しい。ここには週に一度ほどしか帰れないと思っていてくれ」
「解りました。はじめてご挨拶申し上げます。サルバシア様。エントロス侯爵家が三女レガテリテと申します。これからよろしくお願いします」
「はじめましてレガテリテ」
私に話しかけてくれるだけでも十分いい人に思えた。
濃いブラウンの髪に、薄い青磁色の瞳。
切れ長の目に、酷薄そうに見える薄い唇。
小柄な私はサルバシア様の胸辺りに視線があり、見上げなければ視線が合わせられなかった。
年は五つほど上で、今まで一度もお会いしたことのない人だった。
「何も聞いていないんだよね?」
「はい。・・・申し訳ありません」
「君の状況も聞いていないんだよね?」
「私の、状況・・・ですか?」
「ご父君に説明を頼まれているんだけど、聞きたいかい?」
「はい。私のことならば知りたいと思います」
「解った。君はご父君が男爵家の娘に手を出して出来た子供らしい」
「手を出す・・・?」
手を出すの意味が解らなくて戸惑う。
「あの、私の母は・・・?」
「亡くなられたと聞いている。男爵家は、跡継ぎが君しか居なかったらしいが、それをご父君は許さず、失爵している」
「私、お母様の子供ではないということですよね?」
サルバシア様は頷く。
だから私はあの家で、いらない子だったんだ。
「なぜ私が男爵家を継ぐことを許されなかったのでしょうか?」
「レガテリテの祖父母もすぐにお亡くなりになっていて、まともな後見人になれる人が居なかったことが一つ、それと男爵家の娘として育つのと、侯爵家の娘として育つのでは大違いだからだと聞いている」
どこで育っても私は孤独だったのだと思った。
「それと、結婚に関してエントロス家との間に細々とした取り決めがある。これがその書類になる。目を通しておくといい」
「はい。解りました」
書類三枚に、本当に細かく決められている。受け取った書類の内容に目を通す。
政略結婚であるため、エントロス家がカリオスト伯爵家へ一定額の援助をすること。
離婚してもレガテリテをエントロス家には戻さないこと。
レガテリテから離婚を申し入れられないこと。
妻として尊重する生活をさせること。
レガテリテができないことを、無理にさせないこと。
レガテリテが望まなければ社交に出さないこと。
等、他にも細かな取り決めが書かれていた。
まるで私を守るための取り決めのように見えるけど・・・?
ならなぜ私から離婚を申し出てはいけないのかしら?
侯爵家に、どうしても戻したくないのね。
自嘲の笑みが漏れた。
「エントロスのご父君の意向だったとはいえ、今までレガテリテに会ったことがなかった。私とレガテリテの結婚が政略結婚だと理解できるよね?」
「はい」
「政略だろうと、結婚する以上、それなりにでも仲良くやれるのなら仲良くしたいと、私は思っている」
「ありがとうございます」
「会ったこともない私に嫁いできて、戸惑うことも多いと思うが、レガテリテも私に歩み寄って欲しいと思っている」
「努力いたします。もし、私が間違ったことをしたら教えて下さい」
「解った。大体聞いてる。困ったことや嫌なことがあったら何でも言ってくれ。対応できないこともあるが、互いに歩み寄ろう」
「はい。よろしくお願いします」
その夜、何が起こるのか分からないままメイドにお風呂に入れられ、丁寧に洗われていく。
今まで着たことがないような、肌が透ける夜着を着せられる。
「あの、こんな夜着では風邪を引いてしまいます・・・」
最低限隠すべきところは二重になっていて見えないけれど、こんな夜着、恥ずかしすぎる。
「サルバシア様が来るまでベッドに腰掛けてお待ち下さい」
サルバシア様が来るって・・・何しに来るの?
不安そうな私に気が付いたメイドが安心させるように微笑して、背を擦ってくれる。
「旦那様が望まれるとおりに体を預けて下さい」
体を預ける?なにそれ?
「これから何が起こるのですか?」
「初夜・・・教育を受けていないのですか?」
「初夜とはなんですか?」
息を呑むメイドが「しばらくここでお待ち下さいね」と言って部屋から駆け出していった。
私は夜着が恥ずかしくて大きなベッドの中に入り、上掛けで体を隠す。
サルバシアが入ってきて、私は恥ずかしくて顔もあげられない。
サルバシアに結婚とはどんなものか解っているかと聞かれ、生活を共にすることだと答えた。 他にも幾つか質問され、それに返答していると
サルバシアは本当に頭を抱えた。
「体に触れてもいいか?」
私は恥ずかしくて嫌だった。
反射的に首を横に振ったけれど、拒否してはいけないのではないかと気が付く。
「必要なことなのですか?」
「そうだ」
必要なことなら仕方ないと諦める。
「なら構いません」
サルバシアがすることに何度も「やめて」とか「いや」と言った覚えがあるが「結婚する夫婦がすることなんだ」と言われ、頭を撫でられ、額に口づけをされて、私はサルバシアを受け入れるしかなかった。
何が何だかわからないままサルバシアの動きが止まり、終わったのだと思った。
痛みと苦痛と羞恥の時間がやっと終わったのだと息が漏れる。
サルバシアは腕の上に私の頭を乗せ、抱きしめた。
しつこく胸を触られて嫌だったけれど、歯を食いしばって我慢した。
抱きしめられるのは嫌じゃない。
抱きしめられるのは可愛がられている事。
そう自分に言い聞かせた。
「こうやって夜伽をして、二人の愛を深めて、子供を作るんだ」
「初夜なのではないのですか?」
「初めての夜だから初夜だよ。辛かったかい?」
「はい。・・・何がなんだかか分からなくて・・・痛くて・・・」
気持ち悪くて、とは言わないほうがいいのだと思った。
気持ち悪かった。どうしてそんなところを触るのかも解らなかったし、悍ましかったし痛かった。怖くて、涙がこぼれた。
「もうしたくない?」
当然したくない。触れられることが怖い。
けれどそれを言ってはいけないのだと何となく分かる。
「また同じことをするのですか?」
「していいならもう一度したい」
「サルバシア様が望むのなら・・・痛くしないで・・・ください」
「努力しよう」
嫌だ。触らないで。気持ち悪い・・・。
生理的な涙が溢れる。