9 お別れ
「ミレーユ! 正気で言ってるのか! 『タリス』国に人質になど……!」
ジェイクの訴えも虚しく、彼は騎士たちによって部屋から連れ出されていく。
そして――
バタン!!
そこで扉が閉ざされ、執務室は私と大公のふたりきりになった。
「それで? いつそなたを『タリス』国に引き渡せば良い?」
大公は自分の感情を殺すことなく、嬉しそうな笑みを浮かべながら尋ねてきた。
引き渡す……その言い方から、私のことが邪魔で仕方ない様子が分かる。
「そうですね。都合がよろしければ今すぐにでも」
「何? 今すぐにだと?」
驚いた様子で目を見開く大公。
「はい、ご迷惑でなければですが……」
私を『タリス』に引き渡したくて仕方ない大公からみれば、迷惑とは思うはずも無かったが、念のために尋ねた、
「いや、それではすぐに『タリス』との国境まで送ろう。国境には敵側の兵士たちが待機している。国境には馬で最低三日はかかる。途中で死なれても困るからな。特別に護衛の騎士を四人つけてやろう」
「ありがとうございます」
私は大公に礼を述べた。
その後、私は兵士に馬繋場まで案内され、ろくな準備もないまま馬車に乗せられた。
尤も、この世にあるものは全て私の持ち物などない。
私は十年前に死んでしまった人間なのだから……この身体だって、ミレーユの物。
ごめんなさい、ミレーユ。
なるべく貴女の身体を傷つけないようにするので、もう少しだけ貴女の身体を貸して下さい。
この身体を使って、私と……私の大切な人々の命を奪った奴らに報復するまでは。
それまでもう少しだけこの身体を貸して下さい。
私は心の中でミレーユに語りかけるのだった――
****
それから約1時間後――
私は誰にも見送られることなく、城の裏口から馬車で『ランカスター公国』を出発した。
馬車の前後左右には護衛の騎士が馬にまたがり、ついてきている。
彼らは全員騎士という身分がバレないように、粗末な身なりにマントを羽織った姿だった。
「良いですか? ミレーユ様。『タリス』国の国境までは馬で三日かかります。野宿は覚悟しておいてください」
ひとりの騎士が話しかけてきた。
「ええ、分かりました」
そして私は遠くなっていく『ランカスター公国』の城を眺めた。
本当に僅かな滞在期間だった。
まさかこんなに早くあの国を出ることになるなんて……
「ジェイク……」
ポツリと彼の名を口にする。
こんな突然の別れになるとは思ってもいなかった。あれほど色々お世話になったのに……きちんとお礼を言うことも出来なかった。
多分、この先私はユリアナとして彼に会うことは無いだろう。
じっと自分の手を見つめ、手のひらに炎の塊を生み出す。
「この力で……」
私は自分の意思で自由に炎を操ることができるようになっていた。
『タリス』王国に着いたら、私を……ベルンハルト公爵家を滅ぼした者たちをこの炎ので焼き尽くすのだ。
さよなら、ジェイク。
私は心の中で彼に別れを告げた――




