第99話 却下の理由
会議は、昼過ぎに幕を閉じた。
決死隊に選ばれたのは、充を筆頭にヨルムンガンドに精通している警察、自衛官、総務省、ユメミライ、ユメカガク出身のメンバー合わせて五名。
いずれも充と知己の関係にある者達だ。
「んで、なーんで私の立候補を却下したんですかねぇ? ナンコー君」
会議後のコーヒーブレイク中、渚沙がそう不満げな顔でブーたれる。
決死隊には渚沙も立候補をしたのだが、それをリーダーである充に却下されたのだ。
「しょうがないだろ。二人とも抜けちまったらチームが立ち行かん」
「それはそうだけどさぁ……」
対策チームの中でもっともフルダイブに詳しいのが充と渚沙だ。
一応の触れ込みとしては離脱も可能とのことだが、万一のことがあるかもしれない。
牽引する二人が同時に居なくなったチームがどうなるかは、容易に想像できた。
「安心しろ。一緒に来る仁田は総務省時代の部下でフルダイブ廃人だし、平は陸自ん頃の同期だ。他の奴らもプロばっかりだ。俺が保証する」
「私が心配してるの、そう言うことじゃないんだけど?」
持っていたマグをテーブルに置き、渚沙は呆れたようにため息をついた。
「いざってときの緊急離脱、本当に出来ると思ってるの?」
「あぁ、それか……」
充も渚沙にならってマグを置く。
立ち上る湯気は、ゆらゆらと天井に向かって消えていった。
「大誠がそんな抜け道を見落としてる訳がない」
「じゃあ何で――」
「それでも、行かなきゃならないんだよ」
渚沙の言葉を遮るように充は強い語調で言う。
「大江さんも、和田さんも、決死隊全員も、離脱が本気で出来るとは思ってない。それでもこの事件を止めるにはこれしかない」
事件発生から一ヶ月。未だ死者は出続けている。
自分達が曲がりなりにも心血を注いで世に送り出した夢の技術。それが人々の命を奪う狂気の発明と化してしまったことが、充には許せなかった。
そしてそれ以上に、この研究に人一倍の情熱を燃やし、渇望した大誠が、フルダイブと共に我が手を血で汚し続けることが許せないのだ。
「……本当なら、俺一人で行きたかったんだけどな」
充はどこか遠い目をして、消えゆく湯気を見つめた。
建物の外では反フルダイブを掲げるデモの声が響いている。
事態鎮圧の失敗は、すなわちフルダイブ技術の消滅に直結する。
この技術を湯気には出来ない。だが解決には、どうしても一人では手に余る。
だからこの決死隊は、苦肉の策なのだ。
フルダイブ技術を、全ての囚われたプレイヤー達を解放する可能性を0,1%でも高めるための。
「ナンコー君、それだけじゃないでしょ?」
渚沙が前のめりになってテーブルに肘を着く。全てを見透かすような力強い瞳。
充は思わず苦笑した。
「良く分かったな」
「共犯者の考えることぐらい手に取るように分かるってことよ。君、私と良く似てるから」
「へぇ、例えば?」
「目的のためには手段を選ばないところ。その割に目的が案外分かりやすいところ」
渚沙は軽く顎を引き、上目遣いで悪戯っぽくそう笑みを浮かべる。
流石、伊達に昔何年もルームシェアしていただけはある、と言ったところか。
「伊藤さん、だったっけ? その子を助けたいんでしょ。君は」
トドメと言わんばかりに核心を突く渚沙。これには充も、降参する他無いだろう。
「……ご名答。そんなに分かりやすかったか?」
「うん。だってナンコー君、あの子のことお気に入りでしょ? 何か話すときいつも名前が出てくるから」
「一年間二人っきりで仕事してるんだ。狭いオフィスん中で背中合わせにな。そりゃ情も移る」
充は諦めたように白状した。
無事に正解を当てられた渚沙は勝ち誇ったような顔をして、うんうんと頷いている。
「嬉しそうだな」
「うん、嬉しい。でもまだ何か隠してるでしょ?」
「さぁーな」
そのとき、背後で静かにドアが開いた。
純朴そうな顔立ちの大柄な青年。仁田の姿がそこにあった。
「課長。今、よろしいですか?」
「うん大丈夫。どした?」
「メンバー全員一筆書き終えたので、その報告を」
歩み寄ってきた仁田に紙の束を手渡された充は、それを一枚一枚確認していく。原本のコピーのようだ。
未婚だろうが既婚だろうが、家族や大切な人は居る。
少なからず死の可能性もあるのだから、と、充が任意で提案したものだが、皆きっちりと書き終えたようだ。
「あとは課長のだけですね」
「いやぁ、俺は良いや。もう遺言書あるし」
そう返して立ち上がった充は、それをさらに渚沙に手渡した。
「すまんナギ、今からミーティングあるから、これお前が預かっといてくれ」
「私で良いの?」
「おう。お前にしか預けらんねぇよ」
空にしたマグを手に持って、それじゃよろしく、と、充は仁田と二人ならんでその場をあとにした。
手渡されたコピー紙の端をテーブルでトントンと揃えながらそんな背を見送った渚沙は、足音が遠ざかったのを見計らって呟いた。
「はぁ~あ……死なないかなぁ、伊藤優輝」
心の底からの不快そうな顔。渚沙は大きなため息をついた。




