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第94話 岐路

 東京郊外に立つユメミライ保有のフルダイブ研究施設は、今では事件の被害者達の収容施設と化していた。

 元々二十床程度しかなかったベッドは全て埋まり、連日被害者家族の悲痛な声が響いている。


「あ」


 優輝の眠る部屋の扉を開けると、そこには既に先客がいた。


「北条さん、こんにちは」


 充に気付いて振り返ったその女性は、か細い声でそう恭しくお辞儀した。

 随分とやつれている。髪にも、白いものが混ざっているようだ。


「伊藤さんのお母さん。こんにちは」


 充もそう言って頭を下げて返事する。彼女とここで合うのは、もうこれで三度目になるだろうか。


「北条さん、お仕事の方は?」

「それがお恥ずかしながら、仲間にいい加減休めと、職場を追い出されてしまいまして……」


 不甲斐なさそうにそう苦笑すると、充は失礼しますと言って傍らに置いてあった丸椅子に腰掛けた。


「北条さん、良いお仲間に恵まれましたね」

「ええ、本当に」

「……この子も、そんな仲間達に囲まれていると良いんですが」


 ベッドに横たわったまま目覚めない我が子に目を落とし、小さく微笑んだ優輝の母は優しく娘の手に触れた。


「北条さん。この子はちゃんと、目を覚ますんでしょうか?」


 鋭く重い言葉が刺さる。彼女は充の方を振り返ることはない。

 この事件に巻き込まれた多くの人々の代弁のように、彼には思えた。


「昨日の夜、ニュースで見たんです。この子と同い年の娘さんを今回の事件で亡くしたご夫妻の話を。私、それが他人事だと思えなくて……」


 掠れるような声を出して、悲痛な顔に歪んでいく優輝の母を見ていられずに、充は思わず顔をそらす。

 日本には、世界には、今もこの彼女のような人々で溢れている。先の見えぬ暗闇に包まれて、途方に暮れている人々で。

 そんな人々を、充達は救わなくてはいけないのだ。絶対に。


「我々がどうにかします。絶対に」


 冷たい病室に、充の声が響いた。



 *



「フォックストロットさん!」


 九龍を背負った茶々丸が、街の市街地に転がり込む。

 街では既に装備を整えたフォックストロットやライト、旧ヴァイスブルク組の一行がプレイヤー達の避難誘導を行っていた。


「茶々丸さん、九龍さん。来てくれましたか!」

「状況は?」

「南の雪原にモンスターが襲来しました。街に集まっていたプレイヤーの皆さんが交戦しています」

「規模は?」

「今のところは中程度かと」

「分かりました」

「我々もすぐに追い付きます」


 そんなやり取りを素早く済ませて、茶々丸は石畳の道を南へ南へと下っていった。


「クーちゃん、降りなくて良かったんですか?」

「無鉄砲でヒートアップしやすいじゃじゃ馬姫には、冷静な参謀が必要だろう?」

「そりゃそうです」


 避難する人流を掻き分けて、茶々丸はフフッと小さく笑う。


「お茶々、実はテンション上がってるだろ?」

「なんでですか?」

「久々の戦いだから」

「……クーちゃんには何でもお見通しみたいですね」

「まぁな」


 九龍が自慢げにそう返す。

 全く、この人に隠し事は出来ないらしい。流石はこのゲーム随一の情報屋。人の心を読むのも訳ないようだ。

 事実、茶々丸の心は久方振りの戦いに高揚している。ここ最近は滅多に街の外に出ることも、戦うこともなかったからだ。

 そんなだから折角打ってもらった刀も今日が初陣。どれ程の性能を見せてくれるのか、楽しみだと言う気持ちもある。


「クーちゃん」

「なんだ?」

「私って異常ですかね?」


 人流が薄くなってきた。茶々丸はふとそんな質問を投げ掛ける。

 平和が常の日本に生まれて、争い事とは無縁の世界で生きてきた。

 警官として危険な事件には何度も足を突っ込んだし、事実失明するほどの事態にもなった。

 そんななのに、今の自分の心には闘争に沸き立つモノがある。それが自分には、酷く異常に思えて仕方がないのだ。


「知らん」


 茶々丸の質問を、九龍はバッサリ切り捨てた。


「はぁ!?」

「あったり前だろ。私はリアルのお茶々を知ってる訳じゃないからな。私が知ってるのは、今の君だけだ」


 そら、余所見せずに前向きな。九龍はそう言うと、振り返った茶々丸の頭を前に向き直らせた。

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