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第90話 会議室事変

 大誠は、夢を見ていた。

 もう遠くなってしまった懐かしい日々の。

 両親を共に亡くし、故郷から遠く神奈川の親類に預けられた、最初の日を。


「あなた、おひっこししてきたの?」


 見知らぬ土地に放り出され、心細さを感じていた彼に、彼女はそう言って手を差し出した。


「わたし、花! いっしょにあそぼ?」


 ひまわりのように弾ける笑みを浮かべた彼女に手を引かれ、暗くなるまで一緒に遊んだあの夏の日。

 大誠の目の前には、いつも彼女の背があった。

 決して彼を否定せず、置いてけぼりにせず、優しく先導し、立ち止まればそっと寄り添ってくれた。


 花が事故で半身麻痺を患ったとき、大誠はその手を握って誓ったのだ。


「絶対に、おれが元通りに治すよ」


 それから、もう二十年以上が経過した。

 もうとなりに、花は居ない。この世の何処にも、彼女は居ない。

 嫌だ。認めたくない。花の居ない世界なんて意味がない。意味がないなら、無いなら……


タイン(足立大誠)。この記事、知ってる?」


 ――脳波を使って死者を再現!? 脳科学とデジタル分野が世界の常識覆す――


 意味ある世界を、作れば良い。





「みっちゃん。俺を止めてみな」



 *



 事件発生から、もう一ヶ月が経過しようとしている。

 日本政府は未だ事件解決の糸口を見つけられず、死者は日に日に増えるばかり。国内外からは、非難と不信の声が向けられていた。

 そんな中、


「大江さんお願いします。俺を行かせて下さい」

「いいえ、許可できません」


 総務省の会議室で、充と静は火花を散らすかのように睨み合っていた。


 この一ヶ月間、静と充率いる対策チームは事態終息に向けて奔走していた。

 集まったメンバーは十一人。二人を合わせると、チームは合計で十三人となる。

 総務省をはじめとする各省庁やユメミライ等の民間企業から抽出されたメンバー達の活躍もあり、現状被害はなんとか食い止められていた。それでも、


「つい先日米国フルダイブのE・F・Oでもサイバー攻撃が確認されました。その結果本事案同様のログアウト不可状態に陥ったプレイヤーが二十名弱。幸い死者は未だ確認されていませんが、既に米国からも早期解決を迫る書面が届いています」

「その件は当然私も把握しています。それでも、それだからこそあなたの提言を許可することは出来ません」

「大臣は事態を解決したくは無いのですか!」

「勝算の薄い博打紛いの愚行を組織として許可できないと言っているのです!」

「まぁまぁ二人とも落ち着いて……」


 会議室のテーブルを挟んで一触即発の言い合いをする二人を渚沙がなだめる。他のメンバーは、二人の激しい舌戦に動けなくなっている様だ。


「北条一佐も、あんなに大声出すことあるんすね」

「僕も、課長が大臣とあんなに言い合いしてるの初めて見ます」


 二人の未だ止まらぬ論戦の裏で、自衛隊時代の充の部下と、総務省時代の充の部下が渚沙の横でそんな話をし始める。

 渚沙自身も、同居期間含めて充がこれほどヒートアップしているところを見るのは初めてだ。


「なんの騒ぎですか大江さん、北条一佐。エレベーターホールまで響いてますよ」


 不意に、会議室の扉が開く。呆れたような声と顔をして入ってきたのは、防衛大臣の和田だった。


「和田君……」

「和田さん、ご無沙汰しています」

「うん。で、口論の原因は? 他のメンバーの皆も困ってるじゃないですか」


 会議室をぐるりと見渡す和田に、二人はことの次第を説明した。和田もその話を聞いて、「うーん」と困ったように唸ってしまう。


「つまり、一佐はヨルムンガンドに直接入って正攻法で攻略するしか道はないと考えている」

「こちらでやれる手は尽くしましたから。もう時間もありませんし」

「うん。それで大江さんの方は、それにはあまりにリスクがあると考えている」

「正攻法で攻略したとして、約束が守られる保証はないわ。他の方法をもっと探すべきだと考えます」


 充の言い分にも、大江の言い分にも、どちらにも理がある。

 充の言う通り、政府や対策チームの動きが鈍化して手詰まりになっている現状では、相手の設けたルールに沿って解決する手段を取るのがもっとも手っ取り早いのも事実だ。

 現に、足立大誠と思われる人物から提示された期限まで、あと一ヶ月と迫っている。悠長なことをやっている暇はない。

 しかしそのルールに乗っ取り正攻法で攻略したとして、大誠がそれを守るとは限らないのもまた事実。

 ゲーム内での死が現実の死と直結することが確定的になっている今、専門家の充が死ぬリスクを負うよりは、そうしなくても良い方法を探る方が得策だと言う考えにも納得がいく。


「新稲さん、だったね。北条一佐と同じラボの一員だった君の意見も聞きたい。もちろん他のメンバーの皆の意見も」


 突然そう指名され渚沙は一瞬固まるも、すぐに気を取り治して席を立って口を開いた。


「北条ラボ生としてフルダイブ発明の現場に立ち会った私としては、ナン……北条チーフの意見に賛同します。それに恐らく他のメンバーも、多くが同じ意見かと」


 会議室にいるメンバーは、皆一様に申し訳なさそうに、苦々しそうな顔を伏せ、あるいは逸らす。

 ここにいるのは皆充や渚沙ほどでは無いにしろ、この手の分野には一家言ある者達。

 だからこそ、充達と同様もう現実世界(リアル)で取れる手は取り尽したのだと気づいている。


「大臣も、もうお気づきでは無いのですか? もう手の取りようが無いことは」


 この一ヶ月、チームとして行ったことは世界各国の現存フルダイブサーバーの保持活動や、各国当局への足立大誠捜査の働き掛け、病床確保やフルダイブ機器回収など。 

 随分各地を奔走した。メンバー全員、目の下に大きなクマが出来るほどに。

 それでも大誠の足取りは未だ追えず、ログアウト不可の状況も、プレイヤー達が死亡する現状も帰られない。

 解決へは、ほとんど進展していないのが現実だ。


「……今日はひとまず、これで解散してはどうでしょう?」


 険しい顔で唇を噛む静をちらりと見て、和田がそう提案する。

 一行は、会議室から退散した。


「すまんナギ、先行っといてくれ」

「わかった」


 部屋には、静と和田と充の三人だけが残った。


「それで和田さん、何故ここに?」

「おお、そう。一佐、土肥さんから例のブツの報告が上がってな」

「例のブツ?」

「そう。Jr.を使ったフルダイブ機の話だ」


 和田はそう、二人に紙の束を差し出した。

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