第86話 セクハラには制裁を
「いやぁー、失敬失敬」
金床の上に腰掛けて足をぶらぶらさせながら、ライフを三分の一程度減らしたウェルンドはそう、(表向き)申し訳なさそうに笑って言う。
名前の横にはノルウェーの国旗と、『オスロ』の文字が浮かんでいる。
そんな彼を茶々丸は、ジトっとした目で睨み付ける。良い腕前の鍛冶屋だかなんだか知らないが、セクハラには鉄拳制裁。それが彼女の座右の銘だ。
「茶々丸君すまない。ウェルンド氏はエルフに目がなくてだな」
「だからといっていきなりセクハラは無いでしょう!?」
「いやはやホント、申し訳ないねぇ……」
謝罪する九龍に、なおもはらわたが煮えている彼女は怒声を飛ばす。
そんな二人を見てウェルンドは未だヘラヘラと笑いながら、NPCのエルフに回復してもらっている。この分なら、もう一発ぐらい殴るか蹴るかしても大丈夫そうだ。
茶々丸は腕まくりしながら立ち上がると、彼を見下ろしこう言った。
「取り敢えずもう一撃かましても大丈夫ですかね? それでチャラにしましょう」
「ちょ、タンマタンマ!! お詫びに超一流のを打たせて頂きますから、それでどうか!!」
「え?」
ドスの効いた彼女の声に、一気に縮み上がって土下座しながらそう言うウェルンド。
茶々丸は、瞬く間に怒りとぶん殴る気持ちが変わった。
「それ、本当ですか?」
「本当です!! レイピアでもロングソードでもサムライソードでも、打てるものなら何でも打ちます! 打たせて頂きます!」
「良し乗った! 最高品質の刀、頼みますよ」
「はっ、はいぃー!!」
こうして茶々丸は、出会って三分もしない間に伝説の鍛冶士を屈服させた。
「こちら粗茶ですが」
「ありがとうございます」
作業部屋のすぐ横にある居住スペースのイスに腰掛け、茶々丸はお手伝いエルフから差し出された紅茶を受け取る。
温度こそ感じないが、匂いはほぼ完璧に再現されているようだ。
「さて、それで刀を作ると言うことですが、具体的にどの種類が良いとかありますか?」
茶々丸に対し完全に腰の引けているウェルンドは、そう言いながらすごすごと分厚いカタログを、刀のページを開いて差し出してくる。
このゲームにおいて、刀は四つの分類に分けられている。
大振りで高威力長リーチを誇るが動きの遅い『太刀』。
標準的なリーチと威力で、太刀より抜刀や攻撃がスピーディーな『打刀』。
リーチは少し短くなるものの小回りの効く『脇差』に、ナイフやダガーと同様の極短いリーチと奇襲性に優れた『短刀』。
茶々丸が既に持っているのは、この中の『太刀』一振のみ。丁度他の刀も欲しかった頃合いだ。
茶々丸はしばらくカタログを見詰めたまま悩んでいたが、遂に意を決して顔を上げ、こう言った。
「打刀で!」
「はーい、畏まりました!」
彼女の返事に間をおかず、ウェルンドは何処からともなく取り出した赤鉛筆でカタログの打刀に丸をつける。
「素材や属性なんかはどうします?」
「あー、それはですねぇ……」
もはや九龍が同席していることも、本来の目的すらも忘れて刀の話に没頭する二人。
そんな彼女達を九龍は、生暖かい視線で見つめながら紅茶をすすった。
「おぉー、これ旨いな」
*
太陽が空高くに登る頃、ようやく二人は刀についての話を終えた。
「それではお作りさせていただく打刀、付与する属性は雷、素材はヒヒイロカネでよろしいですね?」
「はい! よろしくお願いします!」
「やっと終わったか」
いつの間にかうたた寝していた九龍も、二人のそんな声に目を覚ます。
ウェルンドの方もいざ仕事と、張り切って席を立つとアイテムボックスの方へと向かった。無礼のお詫びと言うことで、素材も彼の物を使う。そのはずだったのだが、
「…………無い」
「は?」
「ヒヒイロカネが、無い」
ボックスから顔を上げたウェルンドは、青ざめた顔でそう呟くと、ガタガタ震えながら茶々丸達の方を見た。
「つま、り?」
「ヒヒイロカネ、調達してきては頂けないでしょうか……?」
ウェルンドは、泣きそうな声で目を潤ませながらそう言った。