第84話 スキーはお好きですか?
「お久しぶりです、九龍さん。お隣の方はご友人の方ですね」
ようやく登頂した二人を出迎えたそのNPCは、にこやかな機械的な微笑みを浮かべてうやうやしくお辞儀する。白い肌に長い耳と金髪。どうやらエルフらしい。
「うん、そうだ。茶々丸君と言う」
「雪見茶々丸です。よろしくお願いします」
彼女の畏まった挨拶に九龍は慣れているのだろう。いつもの調子でそう茶々丸に話話題を振る。茶々丸もそれに応えて自己紹介を済ませると、ペコリと頭を下げた。
「ご主人に話は行っているだろう?」
「はい。主人のヴェルンドは既に工房でお二人の事をお待ちです。早速行きましょうか」
ひとしきり自己紹介を終えた後、そう尋ねた九龍にNPCは小さく頷いて答えると、峠の向こうに目をやった。
二人が登ってきた方向とは違う、青々と繁る大草原。それが峠のふもとギリギリの場所まで迫っている。いるのだが、
「やっぱり下らなきゃダメですよね」
長い長い道のりを登ってきた茶々丸は、既に精神的に随分と疲労が溜まっている。もう登り始めた頃のスッキリモードは終了して久しい頃合いだ。
下界を見下ろしながらそうため息をつく茶々丸。だが、そんな彼女にNPCのエルフはあっけらかんとした声でこう返す。
「手早く楽に下山、なさりたいですか?」
「え?」
「君、まさか……」
今までの余裕綽々な表情を一気に青ざめさせて絶句する九龍を差し置いて、彼女は満面の笑みで何処からともなく二枚の細い板と杖を取り出した。
「茶々丸様、スキーはお好きですか?」
*
「やっほぉー!!」
真っ白な景色が、みるみるうちに風と共に後ろへ後ろへと流れていく。茶々丸は膝や腰を曲げながら杖の先を後ろに向けて、気持ち良さそうにそう叫んだ。
長い髪が風に揺られて背後になびく。目を悪くする前は毎年家族とスキーに行っていた茶々丸は、かなり熟練した動きで峠道を一気に滑走していった。その少し後ろで、
「九龍さん、しっかりつかまっていて下さいね」
「いぃーやぁー!!!!」
九龍をまるでリュックサックのように背に負ったエルフの彼女が、こちらもまた見事な足捌きで追走する。
右に左に舵を切りつつ機敏に峠を下る彼女の背で、高所恐怖症の九龍は風圧で目を閉じることすら出来ずに大絶叫。心の底から、高いところが嫌いらしい。
「ぶっ、ぶつかる! 地面にぶつかる! 速い速い速い速い速い速いぃ!!!!」
「九龍さん、気持ちいいですね!」
「んな訳あるかぁぁぁぁぁ!!!!」
いつぞやの茶々丸のお返しと言わんばかりにそう叫ぶ九龍。茶々丸の方は、頂上とは打って変わって余裕そうな顔をしている。
「茶々丸様、正面の道沿いに煙突の飛び出た赤い鱗屋根の小屋が見えますか?」
ふと、背後のエルフが茶々丸にそう問い掛ける。その声に、彼女は視線をスッと正面奥の草原の方へ向けた。
「……あっ、見えました!」
「それが我が主の工房です。滑走を終えた後、あそこまで徒歩で向かいましょう」
「分かりました!」
草原の出発地点からおよそ五百メートル正面。若草の剥げた道の向かって右側に、彼女の言う煙突の小屋が確かに見えた。
エルフの彼女にチラリと振り返りつつそう返した茶々丸は、スキー板をハの字にして減速をし始める。NPCに背負われた九龍は、既に泡を吹いて気を失っていた。
「いやぁー、楽しかった! ありがとうございます!」
平坦な地面に到着した茶々丸は、序盤の元気を完全に取り戻したように、背伸びをしながらNPCに笑顔でそう礼をした。
「いえいえ、楽しんでいただけて何よりです。それでは、行きましょうか」
「はい!」
失神した九龍を背負った彼女を先頭に、一行は工房に向かってまた歩き始めた。
眼前の煙突からは、白い煙が登っている。