第83話 峠越えはすいすいと
「いやぁ、大声で叫ぶと気分が良いですね!」
後ろに九龍を引き連れて、茶々丸はすっきりした笑顔でそう声をかけながら、太刀を片手にせっせと雪深い峠を登っていく。
「ついさっきまであんなに反対してたのに……」
「え? 何か言いました?」
「何でもねぇー」
晴れ渡った青空の下、二人の声が響く。付近の敵は茶々丸があのとき纏めて一掃してしまったのか、歩き始めてから今までのおよそ十分間、全くモンスターとエンカウントしていない。
そもそも現状、この峠で動くもの自体が茶々丸と九龍の二人だけの代わり映えしない景色の中だ。ただ歩く分には快適極まりないが、会話でもしないと今一つ面白くない。はっきり言って暇なのだ。
「そう言えば、そもそも九龍さんの言う領内に呼びたい相手って何者なんですか? いい加減教えて下さいよ」
峠道の中腹を少し過ぎた頃、いよいよ業を煮やした茶々丸が後ろの九龍にそう尋ねた。話のネタが無くなってきたから、と言うのもあるのだろうが。
「えぇー、会ってからのお楽しみじゃ駄目か?」
「今から踵を返して下山し始めても良いならそれでも構いませんよ」
「あー分かった分かった。分かったから立ち止まらずに進んでくれ」
「分かればよろしい」
結局強硬策をちらつかせた彼女に根負けし、九龍は渋々質問に答える羽目になった。
「鍛冶屋だよ。それも飛びっきりの」
「鍛冶屋!?」
九龍の返答に、茶々丸は思わず立ち止まって振り返る。その瞳をキラキラ輝かせながら。
「お、おう。私の知る中では巻き込まれた奴の中で一番の鍛冶屋だ。平時でも、ワールドトップクラスの腕前だな」
「おぉー!」
若干引き気味で追加情報を吐く九龍に、茶々丸は更に瞳の光度を強めて目を見開く。刀フェチの彼女にとって、そのワードは垂涎ものなのだ。
「も、もしかして興味がお有りで?」
「大有りです!! もぉー、九龍さん。そんなことならもっと早く言ってくれたら良かったのにぃ」
今までの態度から一変、突然猫なで声に変化した彼女は満面の笑みでそう言いながら九龍にすり寄る。更なる情報を期待しているようだ。
「分かった、分かったから歩いて……」
「はい! でも九龍さん、どうして今まで隠してたんですか?」
九龍からの要請を受けて再び前進を始めた茶々丸は、ふと子首をかしげながらそう問い掛ける。確かに、その程度の情報なら話しても何ら問題無さそうだ。
そんな彼女の疑問に、九龍は苦笑しながら目を反らしてこう返した。
「いや、そいつ腕は確かなんだけどすっごいシャイだし、気難しいし、誰にも言うなってわざわざ口止め料まで払ってくるしで中々ちょっとな」
「あぁ、つまりざっくり言うと九龍さんの同類って訳ですか」
「ざっくり言い過ぎだが、まぁそうだな」
もっともそのお相手は、既に半分孤立主義を捨てた(と言うか諦めさせられた)九龍と違い、未だに辺境の人の少ない所で隠遁している訳ではあるが。
「でもそんなお相手、領内に呼び込めるんですか? かなり骨が折れそうですよ」
「その点に関しては問題ない。私に策があるんだ」
心配そうにそう聞く彼女に、九龍は笑ってそう親指を立てる。最強の情報屋九龍が言うのだから、それはさぞや凄い策なのだろう。
「その策とは?」
「君だ」
「へ?」
「だから、君だよ。茶々丸君」
期待に胸を膨らませてそう質問した茶々丸に、九龍はそう言って人差し指を差し向けた。
「どっ、どう言うことですか?」
「行けば分かる。多分」
それ、行くぞー。と言いながら、含み笑いをした九龍は、立ち止まって目を白黒させる茶々丸を追い抜かして先行する。
「ちょちょ、ちょっと待って下さいよぉー!」
滑り台のような、真っ白な長い坂道が延々と青空まで続く峠道。その頂上に、微かに小さな人影が一つ、チラリと顔を覗かせた。
「お、なんだ。出迎えしてくれるみたいだな」
頂上まであと百メートル弱ほどの道のり。そう言って足を止めた九龍は、その人影に大きく手を振り合図する。茶々丸も、ようやくそれに追い付いた。
「あの人がその鍛冶屋さんですか?」
そう九龍に尋ねながら隣に並び、ジッと目を凝らす茶々丸。逆光で良く見えないながらも、長く尖った両耳が彼女にはハッキリと確認できた。
あれは、エルフに違いない。だとすれば鍛冶屋と言うのはエルフのプレイヤーなのか? そう思った矢先、
「あれはNPCだな。鍛冶屋が雇ったお手伝いさんだ」
「それじゃあもしかして……」
「おう。鍛冶屋に会うには同じ長さの道のりを下山しなくちゃって訳だな」
「そんなぁ……」
九龍のそのトドメの言葉に、茶々丸はガックリと肩を落としてそうため息をついた。