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第80話 犯行声明

 再開した閣議の話題は、静の提唱した対策チームの組織から、これからの政権運営への話にシフトする。


「なんとか政権を維持出来れば御の字ですが……」


 そう言葉を濁しながら首相の源に目をやるのは官房長官の武田。長年政権を支えてきた屋台骨だが、今回の一件から持ち直すのは難しいという意見らしい。


「春まで持てば充分、か」


 武田の一言に、源は珍しく疲れたような顔でそう呟く。彼自身、この事件に実の孫が巻き込まれている。それに加えて対外交渉や総理としての責務が折り重なるのだから、心中穏やかでないのは当然だろう。

 やり取りを冷静な面持ちで眺めている静本人も、思考の大部分を愛する一人息子のことで占められている。そして恐らく、そのすぐ隣に座る防衛大臣の和田正義も。


「和田君、大丈夫?」


 冷や汗のようなものをにじませながら、落ち着かない様子で閣議に参加する正義に、静はひそませた声でそう尋ねる。

 彼は一瞬驚いたような顔をして静に目をやると、その意図を察してか「ええ、まぁ」と頷いた。


「大江さんこそ、大丈夫ですか? 息子さんのこと、心配でしょう」

「それは貴方も同じでしょ。自分の子がこんな事件に巻き込まれて、心配するのは当然よ」

「そうですよね、良かったです」


 正義はそう静に返すと、少し安堵したような顔を見せた。

 事件の打開策はおろか、犯行の意図も犯人の所在も、何もかも分からないことだらけの闇の中。

 そんな暗闇に愛する我が子が放り出されて、それでもなお正気を保てる者が居るのだとしたら、最早それは親等と呼べるものではないと静は思う。

 だが、それでも彼女達は正気を保ち、業務を遂行しなくてはならない。

 閣僚として日本を牽引(けんいん)し、事態の早期解決に努め、我が子すら差し置いて国家国民を(やす)んじる。大臣とはそうすべき、そうあるべき仕事だ。

 もっとも、この閣議に参加する大臣のどれ程の割合の人間が、その考えで居るかは分からないが。


「お袋のあんな焦った声、初めて聞きました。今はうちの秘書と一緒に搬送された病院に居るみたいです」

「うちも、家政婦さんが泣きそうな声で電話掛けてきて……本当ならこんな閣議とっとと抜けて、病室に走りたいところよ」


 閣議では未だに、これからの政権の進退についての議論が交わされている。これが少し落ち着けば、次は事件の呼称についての議論に移行するのだろう。


「大江さん、今、こんな閣議意味有るんだろうって思ってるでしょう?」

「あら、察しの悪い貴方にしては珍しいわね。大当たりよ」

「ハハ……俺も同意見です」


 官房長官に加えて、長老各の財務相と外相までもが議論に盛んに参加する。総理も御年八十三歳。あまりにも突然の重大な時局に、体が追い付かないのだろう。

 人も、いずれは誰しも老いるのだ。こんなところで実感したくはなかったが、と、静は源から目をそらした。そんなとき、


「失礼します!」


 扉を強くノックする音の直後、中年の男が閣議室に飛び込んできた。総理秘書官の内の一人だ。ずいぶんと焦った顔をしている。


「どうした?」


 急いでここまできたのだろう。眉間にシワを寄せてそう聞く源に、秘書は肩で息をしながら苦しそうな声を絞り出してこう言った。


「足立大誠を名乗る人物から、犯行声明が拡散されました!」



 *



『よぉ、みっちゃん。まだこっちにいるのか』

「生憎と仕事が山積みだったもんでな。てめぇ今何処に居やがる?」


 スマホ越しに聞こえてくる親友の軽薄そうなその声に、充は憎々しげな声で、言葉でそう返す。環境音が聞こえない辺り、地下か何処かに居るのだろうか?


『ヨルムンガンドの中、と言いたいところだがそうはいかなくてな。残念ながらまだこっち側に居るよ。場所までは言えないけどな』

「どっかに隠れてんのか?」

『こっちの世界ではそうなるな。目的遂行のためだ、卑怯ともなんとも言え。ヨルムンガンドの中じゃ正々堂々戦ってやる。命がけのデュエルだがな』


 充の質問に、大誠はいつも飲み会で話すときのようなものと同じ調子で淡々と答えていく。そんな態度が、充には無性に腹が立った。


「こんな大層なことしやがって。てめぇ何が目的だ、あぁ? まさかアダムとイブにでもなるつもりじゃねぇだろうな?」

『おぉ……流石みっちゃん。もうそこまで勘づいてたか。それとも、ナギ辺りの入れ知恵か?』


 充は咄嗟に渚沙を見る。何故ここでその名前が出る? Jr.の事を引きずって居るのだろうか?


『まぁ良いや。ともかく、目的は大体そんなもんだ。イカれてると思うだろうが、俺は大真面目に考えてる。二ヶ月以内に俺をゲーム上で倒せなければ、俺は花と二人で新しい世界を拓く』

「その道連れに無関係なプレイヤーを巻き込むのか!?」


 充は声を荒げてそう返す。それとは対照に、大誠はなおも冷静だ。


『新世界にも住民は必要だ。道連れになるかどうかはそいつらが選べば良い。三べん死んでゲームオーバーする前に、俺を倒せば事態は解決だ』

「ゲームオーバー? ゲームオーバーしたらどうなんだよ?」

『現実と同じだ。死ぬ』

「はぁ!? お前、何言って……」

『あり得ない、何てことねぇことはお前も分かってるだろ。五感を機械に接続してんだ。人殺しなんて、造作もねぇよ』


 充は途端に全身から力が抜けていくのが分かった。

 人付き合いが苦手で、それでも周囲の人間と仲良く会話するのが好きな、一途で純朴な幼馴染みの親友が、まさかこれほど変わってしまうとは思わなかった。

 そして何より、その変化に気付けなかった自分に恐ろしく憤りを覚えた。充の心は、もうぐちゃぐちゃだ。


『みっちゃん。俺のこと殺してぇか? 殺してでも、俺を止めてぇか?』

「……ったりまえだ」


 力の入らない充の、精一杯の掠れた悪態。それでも、大誠の耳には届いたらしい。


『なら、ヨルムンガンドに飛び込め。そんで、バベルの塔のてっぺんに来い。俺はそこで待ってる』


 じゃあな、親友。大誠はそう呟くと、電話を切った。充の手からスマホが滑り落ち、ごろんと床に転がった。

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