第79話 誰ガ為ノ創世記
閣議の再開と共に部屋を後にした静を見送り、三人は再び会議を始めた。
「……取り敢えず今までの話の内容をまとめると、犯人はタイン――足立君で間違いなく、ANAHは機能不全、世界中でサーバーに攻撃が加えられてて、ゲーム内との通信は途絶している。各国各企業も対応に苦心中、ですよね?」
「うん、大方その認識で大丈夫だね」
聴き専だった渚沙の問いかけに、繁は大きく頷いた。充の方も、自分の書きなぐったメモを見返しながら、これからの対応について思案している。
「それにしても教授、やっぱりシステムをハイブリッドP2Pにしていて正解でしたね」
「ああ。お陰でサーバーが一つ落ちたとしても、致命傷にならずに済むからな」
渚沙と繁のそんなやり取りに、充はふと耳を寄せる。P2Pシステムとは、サーバーを仲介すること無く複数のコンピューターがファイルやデータをやり取りするシステムのことだ。
コンピューター間での通信で完結するため、サーバーの容量や処理による通信障害等を受けない利点がある。
しかしその反面サーバーによる管理を受けていないため個人の特定が難しく、犯罪や不正行為が行われても犯人にたどり着くことが難しいという点がある。それを解決したのが、サーバーを部分的に介入させるハイブリッドP2Pと言うものだ。
これによって端末ややり取りされる情報などをサーバー側から監視することが可能になる。フルダイブのオンラインゲームを運営するには、もってこいのシステムと言うわけだ。
「……つまりサーバーを一つ二つ落としたところで、こちら側に大ダメージが有る訳じゃない」
気がつくと、充はそんなことを一人呟いていた。繁と渚沙がぎょっとしたように彼の方に顔を向けた。
「それが分からない足立じゃない」
「でも現に彼が指示した所とアメリカ以外のサーバーは陥落寸前。それでも全部落とそうと思ったら相当な労力が必要ですよ。そんなにして、一体何がしたいんでしょう」
渚沙がそう呟いた直後、繁のパソコン上で動きがあった。
オーストラリア・ブリスベンに打たれていたサーバーを示す黄色いピンが暗転。地図上から姿を消した。
「お、おい教授! オーストラリアのピンが消えたぞ。これって……」
思わず腰を浮かせて充が叫ぶ。ピンが消えたと言うことは、ついに陥落したと言うことか? 彼の頭でそんな考えがぐるぐる回る。
しかし、画面を青い顔でじっと見つめた繁の放った一言は、そんな彼の想像を優に越えていた。
「通信が、切断された」
「は?」
「乗っ取られたサーバーはあいつによって、強制的にあらゆる通信を遮断して電源が落とされた。ピンが消えたと言うことは、反応が消えたということだ」
咄嗟に聞き返した充に、繁は早口でまくし立てるようにそう返す。
「サーバーの通信が切断されたら、どうなる?」
恐る恐るそう問い掛けた充に、繁は低い声で答えた。
「一つなら今すぐどうとはならない。だが全てが落とされたときには、ヨルムンガンドは現実世界から切り離される」
瞬間、インドに打たれたピンが消える。充はようやく、大誠が何をしようとしているかが分かったような気がした。
「あいつ、花を蘇らせたいんじゃ無いんだ」
「えっ?」
渚沙が目を見開きながら聞き返す。繁は次の言葉を促すように、充をじっと見つめて小さく顎を引いた。
こんな荒唐無稽でファンタジーな話、現実にあって良いのかと思う。それを大親友が大真面目にやろうとしていることだって信じられない。
それでもどこかあいつなら、と、納得してしまう自分が彼の心の中にいる。充は蚊の鳴くような細い声を、震えた唇から発した。
「あいつ、花と二人で新しい世界を創るつもりだ」
頭の良い大誠のことだ。ただ花を再現することくらい、時間はかかれどやってのけられるだろうし、その自覚もあるだろう。第一、ANAHは不完全ながら彼女がモデルなのだから。
その上で北海道の事例もある。脳波から解析して再現された明日花と言う存在がいる以上、花を同様に復活させられる事に、大誠も気付いた筈だ。だからこそのあの不気味な雰囲気だったのだろうと思っていた。だが、
「花を復活させるだけなら、こんな大掛かりな仕掛けは要らない。あいつなら、研究室一つでやってのける」
「全世界の人間を巻き込むような大層なことをした割には理由が小さ過ぎる、と言いたいのか」
「それで新世界創造……ちょっと私にはスケールが大きすぎて理解が追い付かないね」
「でも現にあいつはサーバーをヨルムンガンドから切り離した。保持している方がメリットとしては大きいだろうに」
最早誰も、足立大誠という男を理解できないでいる。親友として、全てを理解していたつもりの充ですら、そして恐らく信也ですら。それでも、大誠を知る誰もがその理由については納得が出来た。
「花のためなら、あいつはなんだってやる」
誰もが驚く新技術の発明も、死した恋人の復活も、創世記じみた新世界創造も、出来る出来ないを別にして、大誠ならきっとやるだろう。
そんな確信だけは、全員の総意だった。
「……だろうね」
渚沙は小さくそう呟く。繁もその言葉を肯定するように首を縦に振った。
充のスマホが大きな着信音を立てて鳴り響いたのは、その直後のことだった。
液晶画面には、『だいちゃん』の文字が浮かんでいる。