第76話 モノリスの中核
官邸に到着した二人は、その入り口で控えていた静の秘書の案内で中に入る。中継などで良く見る建物だが、中に入るのは充はこれが初めてだ。
「官邸っていつもこんなに賑やかなんですか?」
官邸内部の激しい人流を脇から眺めながらそう質問する渚沙に、秘書は静かに首を横に振る。
「今日は特別多いですね。官邸職員もマスコミも、各省庁の職員もてんやわんやの大騒ぎですよ」
渚沙にそう返答して苦笑いする秘書の目には、まだ午前中だと言うのにもう疲れが出始めている。
前代未聞の大事件だ、消防にネット関係にと、総務官僚は忙しく事件解決に奔走させられているらしい。もっとも、これからはその役を充が担うことになるのだが。
「北条さん、新稲さん、こちらが北条教授のおられるお部屋です。大江から、お二人は一旦こちらにお通しするよう言われています」
マスコミ達でごった返しているエレベーター周辺を避けながらしばらく官邸内を歩いていると、秘書はそう言って一つの部屋の前で立ち止まってそう言った。
「俺大江さんに言いましたっけ……?」
「どうせ言い出すだろうから、とのことです」
充のそんな疑問の言葉に、秘書は淡々とそう返す。
流石は次期総理を狙う女傑。こんな大混乱の最中とはいえ、先見の明と用意周到さは失われていないらしい。なにも言われなければ充の方から申し出ていた所だった。
「大江さんって、エスパーだったりするの?」
「似たようなもんだ」
「ですね」
そんなすっとんきょうなことを言い出す渚沙に、二人はニヒルな笑みを浮かべて遠いところに目をやった。
「それでは、閣議が終わり次第またよろしくお願いします」
充は秘書にそう告げると、ドアノブを握って扉を開けた。
「よぉ、充じゃないか。なんだ、新稲も一緒か」
部屋の中には、備え付けのイスにどっかり腰を下ろした、背広姿の繁が居た。傍らのテーブルには、ノートパソコンが置かれている。
「教授、単刀直入に聞きます。『ANAH』の中に、一体誰が入ってるんです?」
そんな彼を見下ろす姿勢を取った充は、部屋に入るなりイスに腰掛けることすらせずにそう聞いた。
「なんだ、もうそこまで気づいてたか」
「少し遅すぎるぐらいですよ。本当なら、北海道に行った辺りで気づくべきだった。そうすれば全て丸く収まってたかも知れない」
「その様子だと、犯人も大体見当がついてるみたいだな。……もう過ぎ去ってしまったことだ。それより今を見なさい」
毅然とした態度でそう諭す繁に、心中どこまでも気に食わなさを覚えながら、充は視線を外すこと無く向かい合うイスに腰掛けた。彼に続いて部屋に入る渚沙も、それに続く形だ。
「三浦から話は聞いた。ユメミライの意思決定権を奪ったらしいな」
「人聞きの悪い言い方を……」
「なに、責めてるわけじゃない。ユメミライは所詮名目上のトップである私の下に役員達が合議制で動いていた。非常時には動きが鈍るのは明白だったから、寧ろ好都合だ」
そう言いながら、繁は開いていたパソコンの画面を二人の方へ向ける。そこには、ユメカガクの保有するサーバーを黄色い点で示した世界地図が写されていた。
「お前が切る判断をしたムンバイ、ブリスベン、マニラのサーバーはもうじき陥落する。その代わりに国内と米国、金浦、高雄は依然こちらの主導権内だ」
「アメリカの方は向こうのに一任した。後はANAHの統制システムさえ動いてくれれば」
充はそう言って顎に手を当て、難しそうに眉をひそめた。
中央制御AIのANAHは、連携する他のサーバーに何かトラブルがあったときに、それを自ら解決する機能がある。
それに頼りきりになっていた為に人員を削減し、今回サーバーの取捨選択を迫られた面もあるのだが。
そんな彼の呟きを、繁は残念そうに首を横に振って否定した。
「ANAHの動きは今や八割以上が制限されている。ヨルムンガンドを維持するだけの機能以外、あの子は力を奪われてしまった」
「あんたでもどうすることも出来ない、と?」
「無理だな。管理者権限を外された。足立は二度とあの子を離しはしないだろう」
男二人はそのまま、なにがなんだか分かっていないような素振りを見せる渚沙を放って肩を落とし、深いため息をついた。
「それじゃ、やっぱりあれの中身は……」
充の言葉に、繁は小さく頷いた。
「あぁ、そうだ。AIの元となったのは上総花さん。足立のフィアンセだ。奴は今、彼女を再び蘇らせようとしている」
大江静が部屋に入ってきたのは、そう言い終えた直後だった。




