第75話 次の一手
茶々丸は王都の様子を一行に語った後、逆にフォックストロットからもこの領地のことを聞かされた。
人流がじわじわと戻りつつある過渡期だったことと、ブリューナク中心街で行われるイベントに参加するプレイヤーが多かったこと、中心街をはじめとした他の町と距離があることなども相まって、少なくともここは王都ほどの混乱には見舞われていないらしい。
「それでもプレイヤーの皆さんの動揺は激しいものがありました。僕自身も、受け持っている子達が巻き込まれていないか心配で……」
応接室の窓から外の景色を伺うフォックストロットはそう深刻そうに呟くと茶々丸達の方を振り返り、ガラッと話の主旨を切り替えた。
「九龍さんからの情報によれば、既に攻略班を組織し始めたプレイヤーも居るそうです。件のダンジョンの場所も、大体は特定が進んでいるとか」
「凄い行動力ですね……こんな状況なのに」
「こんな状況だからこそ、なのかも知れませんね」
そう言って二人は目を見合わせて苦笑した。まさにプロゲーマー恐るべし、と言った所だろう。そんな遠い彼らの活躍が、ほんの少し茶々丸の不安を和らげた。
そうして話を変えてもなお、フォックストロットは未だ不安を拭いきれては居ないようだ。気丈に振る舞ってはいるものの、やはり未だ心の動揺を止めることは叶わないのだろう。
不安に怯えるのは、皆同じだ。そんな一般プレイヤー達を鼓舞し支えなければいけない領主プレイヤーの不安を和らげられるのは、ここにいるメンバーしかいないだろう。
「どんな情報も逐一私の耳に入る。改めて、最大限役に立とう」
「ワタクシも、九龍さんには敵いませんが独自の情報網が有ります。微力ながら、皆さんのお役に立てるよう頑張ります」
彼を勇気づけるように、一行の情報強者二人はそう言って同時に手を上げ名乗り出る。それに負けじと、旧ヴァイスブルク組も我先にと声を挙げて「俺達もお供します!!」と主張する。
ここには、心強い仲間が揃っている。茶々丸も九龍を抱えて立ち上がり、その流れに身を任せて声を上げた。
「もしも危険がありましたら、そのときは私が前のように露払いします。最高戦力はこの私ですから、ね?」
そう言いながら、チラリとルドルフ達の方へ目をやる茶々丸。ヴァイスブルク組は一斉にピクリと動きを止めて目を反らした。全く、愉快な連中だ。
「皆さん……ありがとうございます!」
そんな一行の姿に、フォックストロットは心の底から嬉しそうに目を潤ませて、そう頭を下げた。
ログイン不可状態になってからおよそ二時間半。茶々丸は改めて、パーティーメンバーと合流した。
(課長。そちらのことはお任せしましたよ)
茶々丸はそう、心の中で呟いた。
*
「ナンコー君、なに見てんの?」
あらかじめ呼んでおいたタクシーの後部座席に乗り込み、ノートパソコンで作業中の渚沙がイヤホンをつけてスマホの動画に没頭する充に声をかける。
目的地は首相官邸。昼前と言うこともあってか、道路はそれほど混んではいない。
「武田官房長官の記者会見LIVE」
イヤホンを片耳だけ外した彼は、そう言って彼女の方に目をやった。
「ナギも聞く?」
「遠慮しとく」
「うぃ」
そう言って充はまたイヤホンを装着した。
記者会見はもうかれこれ二時間以上も続いている。飛び出す内容や質問は全て今起きている事件のこと。
記者も官房長官も、どちらにも充分な情報がない。従って質問内容はどれも同じようなものになるし、回答も似たようなものになる。それでも誰も質問してこなくなるか、時間一杯まで会見を続けるのが武田流のやり方だ。
静の話と記者会見の内容から、官邸の大まかな今の動きが見えてきた。
米国を含むMTOでの緊急電話首脳会談を終えた首相は今、北条繁教授から事件の更に詳しい話を聞いているらしい。
「それではこれより閣議が始まりますので、記者会見の方を終わらせていただきたいと思います」
そう言って会見を打ち切り、突如退席していく長官。これから閣議が始まるなら、静と落ち合うまでに少し時間が取れそうだ。
充はイヤホンを取り外すと、ふぅ、と小さくため息をついた。
「何か分かったの?」
「いや、まだ」
「ならその内何か分かるのか」
「うん」
そんな短いやり取りの後、充はダメ元でとある番号へ電話した。
《この電話番号は、現在電源が着いておりません》
そんな自動音声が響いてもなお、彼はしばらくそれを耳から外すことが出来なかった。