第74話 吹雪の先の安息地
「つい、た!」
王都を出立して二時間。浅葱色の羽織を雪で白くさせながら、茶々丸はようやくホワイトステート領へとたどり着いた。
今なお吹き荒ぶ猛吹雪の向こうに微かに見える石造りの見覚えのある建物達と、大勢のプレイヤー達の影。
彼女は思わず頬を綻ばせて太刀を鞘に収め、直ぐ様九龍にボイスチャットを掛けた。
「茶々丸君!! 無事か? もしかして道中何かあったのか!? 今どこにいる? すぐに迎えに行くから待ってろ!」
三コール目に到達する前にボイスチャットに出て慌てふためく九龍のそんな言葉を耳にして、茶々丸はようやく深い安堵のため息をついてこう言った。
「……着きました! ホワイトステート、着きました!」
*
「茶々丸さん、ご無事で本当に良かった……」
「ワタクシ達本当に心配しました! ここに来ればもう安心ですよ」
いつかの作戦会議の時に迎え入れられた領主館の玄関内で、ホッとしたような表情を見せてそう口々に言うフォックストロットとライトを前に、茶々丸は一番最初に飛び出してきた九龍を抱き締めながらようやく安全地帯を実感する。
もう一人ではない。その事実が疲れた彼女の心を癒す。彼女にとって仲間に囲まれると言うことがどれ程幸福なことかを再認識させられる瞬間になった。
「滅茶苦茶心配したぞ、このポンコツエルフ」
「……はい、ご心配お掛けしました九龍さん。皆さんも、申し訳ありません。こちらにお誘いくださってありがとうございます」
屈んだ茶々丸の胸に顔を埋めてそう言う九龍や、その背後二人に彼女は頭を下げて謝罪と礼の言葉を告げる。
そしてそのまま九龍を抱きかかえて立ち上がると、一行に招かれて館の応接室へと進んでいった。
「で、どうしてあなた方までここに?」
応接室の中、ビロードで出来たようなソファーに腰掛け、九龍を膝の上に乗せた茶々丸は、その向かい側のソファーに座るフォックストロットの背後に向かってそう問い掛ける。そこに居たのは、
「あぁ、旧ヴァイスブルクの皆さんですね。今は僕の部下として鉱山運営等々色々手伝って貰っています」
フォックストロットの紹介でペコリと頭を下げた総勢十数人のプレイヤー達は以前の戦闘で相手したあのチート集団ヴァイスブルクの面々。
イヌ耳のコボルトである領主のルドルフを筆頭に、見覚えのある連中が肩を並べている。確か充と二人で信也に報告して処分されたと思ったのだが、
「実はあの後アカウント永久凍結されかかってたんですが、姐……坊っちゃんが運営の知り合いに直接掛け合って下さって、アイテムデータ取り消しと三ヶ月のアカウント停止で許して貰えたんです」
不思議そうに尋ねた茶々丸に、ルドルフはそう恥ずかしさと申し訳なさの入り交じった顔で耳の後ろをかきながら答える。
なるほど、その恩返しのために今は彼の元で働いていると言うことか。
「それで、旧ヴァイスブルクって言うのは?」
もう一度そう質問をした茶々丸に、ルドルフは「はい!」と満面の笑みでこう答えた。
「フォックストロット坊っちゃんに献上して、今では一つになりました!」
嬉しそうに尻尾までブンブン振ってそう答える彼の前で、フォックストロットは困ったような苦笑を浮かべていた。
「困った人ですよ、本当に……」
この口振りからすると、案外満更でも無いのかもしれない。
「二人とも、近況報告もこのくらいにしておきましょう」
ある程度のタイミングを見計らった所で、少し脇に控えていたライトが二人の間にそう割って入る。
「茶々丸さん。到着早々申し訳無いのですが、王都の状況はどんなものだったか、教えていただいても良いでしょうか?」
和やかな場の雰囲気が一気に切り替わる。背筋を伸ばした茶々丸は小さく頷くと、王都で開始宣言を聞いたときの様子を一行に語り始めた。