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第71話 初動は機敏な動きが必須

 茶々丸は噴水広場の石畳に膝も肘もついて項垂れた。集まったプレイヤー達が阿鼻叫喚の声すら遠く聴こえてしまう。

 視界の上から、ピコンと言う音と共にポップアップが降りてくる。赤と緑のクリスマスカラーに彩られたそれには、金色の文字で《特別クエスト 最果ての塔バベル》と書かれていた。


「茶々丸君、間に合わなかったか……」


 耳元で、残念そうな九龍の声が響く。そう言えばボイスチャットを繋げていた。


「九龍さん、私達これからどうなるんでしょう?」


 平時には冷静で、戦時には勝ち気で時折無鉄砲な茶々丸の初めて見せる弱気な姿。ログアウト不可のゲームオーバ=死だと宣告されれば、誰だってこうなるのは無理のないことだろう。むしろ、意識を保っているだけ上等ではないだろうか。

 そんな絶望一直線の彼女を鼓舞するかのように、九龍は明るい声を作ってこう言った。


「どうなるもこうなるもない。生き残って、元の場所に帰るんだ」

「帰るって、どうやって……」

「詳しい話は合流してから話そう。今私はライト君と一緒にホワイトステートの領主館に厄介になってる。そこまで来てくれ」


 ボイスチャットが閉じられた頃には、茶々丸の心はほんの少し平穏を取り戻していた。

 彼女は顔を上げて立ち上がる。周囲は、未だ絶望に伏す多くのプレイヤー達の嘆きで溢れかえっていた。先ほどまでの彼女のように膝をついて動けなくなっている者も少なくない。

 そんな光景を見た今の彼女の心に芽生えたのは、最早悲しみや絶望などではなかった。

 沸々と沸き起こる強い怒りと憎悪。こんな地獄を作り、自分を含めた多くの人間を巻き込んだ犯人への憎しみや憤怒だった。


「生き残ってやる……絶対に、生き残ってやる」


 彼女は直ぐ様踵を返し、無人の大通りを駆け抜ける。向かった先は、王都北門。激しい感情だけが、今の彼女を突き動かしていた。



 *



 救急隊と共にユメミライ本社に到着した充は、渚沙と電話を繋げたままビル二階のメディカル部門オフィスに到着した。


『後の事はそこに居るメンバーがやってくれる。一旦上の会議室まで来てくれ』


 スマホから、いつになく真剣で切羽詰まった様子の信也の声が聴こえる。渚沙と彼は同じ場所に居るらしい。


「わかった。電話切るぞ」

『了解。急ぎで頼む』


 電話を切った充は救急隊や研究員達に頭を下げて優輝を託すと、急いで会議室のある八階に向かった。




「皆、遅れてすまん」


 冬だと言うのに汗だくになった充は、会議室の扉を力一杯に開け放ってそう声を出す。会議室の座席には眉間にシワを寄せた信也や渚沙の他、外部役員や大学の見知ったメンバー達が既に腰かけていた。


「官邸はもう動き始めてる。国内の救急の方も、大江さんが無茶を通してくれる手筈だ」

「そうか。うちも今研究施設を開ける準備をしてる。長沼、急かしてくれ」


 空席の一つに腰を下ろして言う充に、上座の信也がそう部下に指示を出す。最上位の二席は、未だ空きのままだ。


「サーバーの状況は?」

「サイアクだね。ユメカガク保有の全サーバーが一斉に攻撃されてる。今はお前の指示通りナギが初動を凌いでくれたからギリギリなんとかなってるけど……」

「長期化したら厳しいか」


 充の言葉に信也が静かにそう頷く。他のメンバーも、複雑そうな面持ちだ。

 今日一日サイバー攻撃を防げたとして、これがいつまで続くかわからない。長期戦になれば現場の技術者達も疲労する。

 ともなれば、守れる場所を最小限にして人員をサイクルする方が良いのは明らかだ。だが、


「しかし、明確にどのサーバーを切るかとなると、非難は避けられんでしょうな」


 信也のすぐとなりに座るシワの深い男性が、苦々しげな表情で言う。外部役員の一人だ。経営などの面で、その辣腕を振るっている。

 彼の言う通り、技術的には最良の方法だとしても、それが政治的に最良だとは限らない。ここでの判断が、この国の数代先までの評価を決定づける可能性もあるのだ。


「やはり一度官邸に話を通してから……」

「そんな暇ありませんよ。ただでさえギリギリなんですから」

「ほんっとあのクラッカーなにもんなんだよ。最初っから弱いところばっかまるで見えてるみたいに攻撃して」

「足立の野郎、こんなときにどこ行ってんだよ……」


 彼の発言を皮切りに、会議室はそんな言葉の応酬に包まれる。

 ユメミライは表向きはユメカガク研究所を中核として、大手ゲーム企業などが共同出資を行い設立、運営されたとされているが、実質的には半官半民の体で活動している。

 有力な役員の中にも、政府の息のかかった人間が数名ほど混ざっている。なんなら充の総務省時代の上司だって居るのだ。

 ユメカガク、出資企業、政府。役員の思惑がそれぞれ別なのだから、当然動きも緩慢になる。だが、今のこの状況ではそれは致命傷になりうるのもまた事実だ。


 充は信也と渚沙の顔を見る。どうやら二人とも、考えていることは同じらしい。充は小さく顎を引いて、ジャケットの内ポケットからスマホを取り出しこう言った。


「失礼、大江大臣と電話の予定がありますので少し席をはずします」


 充は通話ボタンを押し、スマホを耳に当てて廊下に出る。ここからは賭けだ。大江静がうまく電話に出てくれるか。出たとして、思惑に乗ってくれるのか。


 コール音が重く響く。脳裏に眠ったままの優輝の姿がうつる。もしこのまま目が覚めなければ? そんな嫌な考えすら浮かぶ。

 時刻は午前十時半。既に事件発生から一時間半が過ぎていた。



『北条君、ちょっと遅かったんじゃない?』


 コールが五回目を越えた頃、スマホから少し疲れているような静の声が聴こえてきた。


「遅刻の言い訳は後でします。大江さん、お願いが一つあります」


 充は大きく深呼吸をして、口を開いた。

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