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第67話 黄昏前夜

「今日も繋がらなかった……」


 カウンター越しに顔を手で覆って肘をつき項垂れる九龍を前に、HANAと名乗った少女は顔を曇らせ、その瞳に焦りの色をにじませる。


縺昴≧(そう)でし()か……」


 彼女は以前よりもノイズの酷くなった声で静かに頷くと、カウンター席に腰掛けた。よく見ると、そのアバターも時折ラグのように動作がかくつき、乱れている。


「ニホンの公務員はこの時期特に忙しいらしいから、メッセージを見ている暇も無いんだろう」


 そんな諦めとも呆れともとれない声で、九龍は思わず苦笑いを浮かべる。

 とは言えこの数日の間、僅かな時間だが毎日店にやってくるHANAと話をし、彼女がなぜ焦っているのか、何を目的としているのか、そのあらましを聞いた九龍の心は穏やかではない。

 終焉がすぐにやってくる。そんな、黙示録じみた危機感が、常に心に重油のようにべっとりと張り付いているのだ。あまりに不快で、重苦しく、息苦しい。

 疑り深い九龍がそう思うほどの材料が、真実味が、恐ろしいほど綺麗に整っている。まるで内部密告者から話を聞いているような気分だ。


「念のため他の信頼できる仲間にもこの話を通したが、誰もマトモに取り合っちゃくれなかった。完全に私の力不足だ」


 HANA君、すまない。冷静沈着な九龍が、泣きそうな声でカウンターテーブルに額を擦り付ける。地獄の訪れを確信しながら、それを止められない自分の無力さを呪いながら。

 最早、声すら出せなくなったのだろう。HANAは悲しげな顔で首を横に振ると、九龍にメッセージを送信した。


『あなたのせいじゃない。彼を止められなかった私のせい。あなただけでも、この世界から逃げて』


「HANA君」


 慈愛に満ちた表情で、悲しみを湛えながらも微笑みを向ける彼女の顔が、九龍には聖母か何かのように見えた。こんな愛に満ちた顔をされれば、人が狂うのも仕方がないと思うほどに。

 だが、九龍はここから去るわけにはいかない。


「すまない。私はここから、逃げることは出来ないんだ。ずっと、私はここに居るよ」


 九龍はすがるように彼女の手の甲に自身の手を重ねる。瞬間、HANAは停電の起きたテレビのように弾け、透け、消え失せた。

 事態がいよいよ切迫していることが、身に染みて痛感された。


「なんとか、しなくては……」


 九龍は、着の身着のままで店の外へ飛び出した。向かった先は、伯爵領ホワイトステート。

 すぐさまライトとフォックストロットにメッセージを送った後、九龍はドラゴンタクシーを召喚した。



 *



 ――兵庫県神戸市・ユメカガク本社サーバールーム。クリスマスまであと十時間



 全ての準備は整った。苦節七年。全てはこの日のためにあったと言っても過言ではない。

 この日のためにこの会社を創設し、この日のためにあらゆる事業を推し進め、この日のためにヨルムンガンド・オンラインを作った。

 まさか渚沙が花の脳波を再現すれば、等とヒントじみたことを漏らしてくれるとは思っても居なかったが、そのお陰で今がある。

 正直在学中はなんとも思っていなかったが、この日ばかりは感謝してもしきれない。


「花。これでやっと、二人きりで暮らせる……いや。三人、かな?」


 男はANAHと刻印されたサーバーを指先で右から撫で上げる。


 計画に勘づきそうな教授はユメミライの仕事のために東京に飛ばした。

 信也には文科省やらメディカル部門のパトロン達との仕事を山盛りに詰め込んでがんじがらめにしてやった。

 渚沙は防衛なんていう下らないことにかまけているから問題なし。

 充に至っても、あらゆる方面に根回しして大量の事務処理を押し付けた。身動きがとれる筈はない。一瞬、気付かれそうになりはしたが。


 何はともあれ、計画は完璧に推移している。最早誰もこの計画を止められやしない。


「二ヶ月後が楽しみだ」


 大誠はシンガポール行きの航空券を握りしめ、サーバールームを後にした。

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