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第66話 連勤術師の極秘資料

「「終わったぁぁぁぁ……」」


 結局二人は、丸一週間掛けて積みに積まれた事務処理を終えた。

 二人とも最早スーツなど身に付けておらず、お互いにパジャマ姿でデスクの上に突っ伏し、大きなため息を溢している。まるで砂浜に打ち上げられた魚のようだ。


「なんとかクリスマスまでには終わったな」


 机の上に置かれたカレンダーの日にちを確認しながら、充は消え入りそうな声を捻り出す。現在は十二月二十三日。なんとか明日一日休暇を挟み、クリスマスイベントを迎えられそうだ。


「ぎりっぎりでしたね。課長、返上した分の休暇、年末年始に一気に入れても大丈夫ですか?」


 右頬をピッタリと机にくっつけて、満身創痍の声で優輝が言う。この一週間、土日も休み返上の上残業続きと言うブラック労働を極めていたのだから無理もない。当然充も、


「もちろんだ。有給全消化しても文句言わん。なんなら俺は誰がなんと言おうとそうするぞぉ……」


 と相変わらず机に寝そべりながら親指を天に向かって突き立てた。これにて年末年始、直接監察課は全体で長期休暇を取ることに決まった。もっとも、メンバーは二人しか居ないのだが。


「そもそも、私と課長の二人だけってのがどうにかしてると思うんですよ私は」


 がばりとデスクから体を持ち上げた優輝は、目の下の大きなクマを揺らしながらそう語る。長時間労働でテンションがおかしくなっているようだ。


「第一、こんな人事決めたのが誰だって話なんですよ。無茶苦茶ですよこれ! 他のところは十人とか二十人とか在籍してるのに、二人って! あり得なくないですか課長!?」

「おぉー、言ったれ言ったれ。俺もおんなじ気持ちだぁー」


 話を聞いている充の方も、いつの間にか椅子から立ち上がり白杖の先で床をコンコン叩きながら声高にそう主張する彼女の尻馬に乗るようにはやし立てる。

 毎月のように人事部に上げている増員申請をことごとく蹴り飛ばされれば、誰だってこうなるだろう。


「あぁー、言ってたら余計に(あったま)きた! 課長、今から人事部に殴り込みに行きましょう! 課長が無理なら私一人で行きますから!!」

「おー、やれや――おいちょっと待てそれは止めとけ」


 充がぎょっとして顔を上げ制止を促したとき、彼女は既にオフィスの出入り口のドアノブに手を掛けていた所だった。


「伊藤止めとけって! マジでマズイ! 後で俺が言っとくから!! それにそもそもお前今寝間着だろ!!」


 とっさに立ち上がった充は、優輝のドアノブに掛けた手をつかんでそう言った。しかし、


「課長、止めないで下さい! 私にはこの地獄を世間に知らしめる義務があるんです!」


 流石は元警察官。凄まじい力と使い方でその手を易々とほどかれる。全く俺の腕も衰えたな、等と今は思っている場合でないと思い直し、充は尚も食い下がる。


「そんな義務与えた覚えはねぇ!」

「これは私が生まれもった命題です! 善は急げって言うじゃないですか!」

「今は急ぐ時じゃない! ほら、一旦座れ? コーヒーでもハーブティーでもなんでも入れてやっから!」

「私が欲しいのは飲み物でなくて人員です!」


 そうやって目の下にクマを作った者同士のつかみ合いの押し問答を繰り返していた、まさにそのときだった。


「おっ二人さん久しぶり~! 大臣様の登場だぞぉ~……なにしてんの?」


 大きな音を立てて開いたドアの向こうから、困惑した顔の大江静が姿を現した。余談だが、今の人事を指定したのは彼女である。


「ははは、何してるように見えます?」

「うーん、レスリング?」


 静はきょとんとした顔で、そう首をかしげた。



 *



「それで、どうして今日はここに? と言うか、なんでこの時間に?」


 余っている椅子を一つ引きずり出して大江に差し出し、気を取り直した充は声を潜めてそう尋ねた。一方の眠気と疲労がピークに達している優輝は、二人の勧めもあってフルダイブルームで仮眠をとっている。

 時刻はもう日付が変わって零時半。終電はもう過ぎている。


「今日は北条君に緊急の案件があって来たの」

「緊急の案件?」


 充の問いに、大江は真面目な顔でそう答える。緊急とはまた、嫌な予感をさせる響きだ。思わず聞き返した充に、彼女は肩に掛けていた黒いカバンから分厚い紙の束を取り出した。


「そう、緊急かつ超極秘の資料案件。この前の2プラス2で和田君と一緒に土肥将補が渡米したのは知ってるでしょ?」

「ええ、まぁ。先生の人脈を使わない手は無いでしょうからね」


 現在の米政権で屈指の実力を持つクニヒラ国防長官と私的な親交のある土肥は、今回の会議でも裏方で色々と活躍したらしい。と、充も風の噂に聞いた。

 自衛隊時代も、赤坂(アメリカ大使館)や横田基地へ出張する彼のお供として充も良く着いていったから、その関係の深さはよく知っている。


「そうね。総理や武田官房長、外相の平賀さんもそれを見込んで同行の指示を出した。その結果得てきた情報その他諸々が、この書類の中に詰まってる。今日はこれを確認して貰いに来たの」


 わざわざ在米別班工作員にも協力して貰ったんだから、大切にしてちょうだいね。と、静は充にその紙束を受け渡した。

 ずしりと腕が沈むような重みが広がる。これはきっと、本体だけの重みではないのだろうと言う自覚が充にあった。情報そのものの重みもまして、腕に降り掛かっているようだ。


「別班まで動員とは、また大層なことですね」


 両手でマル秘と書かれた書類をつかみ、充は苦笑いしてそう言った。

 別班。陸上自衛隊の幕僚監部に所属するとされる秘密の諜報部隊。その全容全てが闇に包まれ、政府が公式にその存在を否定した裏の組織。

 その神秘のベールに包まれている魅力的秘匿性から、様々な創作の題材にもなっている。充もその実在を、つい最近まで知らなかった。


「この書類に書かれていることは大きく三つ。一に、米国フルダイブ技術の軍事転用実験の現状。二に、フルダイブ技術を用いた新冷戦の打開、三に、今後の日本との関係について。流石に根幹までには至れなかったけど、向こうのスタンスならハッキリしたと思うわ」

「いや、これはありがたい。早速こっちも分析しましょう……と言いたい所なんですけど」

「けど?」

「…………流石にクリスマス明けまでちょいと事務仕事から離れさせて下さい」


 充は泣きそうな声でそう言った。

 カーテンの向こうで、優輝が聞き耳を立てているとは露知らず。


 フルダイブ世界に、暗雲が立ち込めはじめている。

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