第64話 深まる謎は溝となり
神戸のユメカガク本社から出てきた大誠は、浮かない顔で人工島と本土を結ぶポートライナーに乗り込んだ。
昨日鎌倉の花の墓前で出会った充の一言や態度が妙に気になって仕方がない。まさか計画が最終段階に入ったことを悟られたのか? いや、そんなことはあり得ない。
計画の内容も、ANAHの正体も、それに施した細工も、全て自分しか知り得ないことだ。
たまたま墓前で出会ったときに、少し感傷的になっていたのを心配されただけだろう。なんでも相談してくれ、なんて言葉も言っていたし。
大誠はそう思うことで、なんとか胸のざわめきを押さえ込む。昨日から、その繰り返しだ。
優しい親友の思いやりを無下にするようで罪悪感が心に残るが、今はそんなことを言っている暇はない。
大誠には、やらなければならないことがあるのだから。
ポートライナーは終点の三宮駅に到着する。ホームに足を踏み出した瞬間、彼のスマホが胸ポケットの中で揺れた。
「……みっちゃん」
混雑するホームの人流を掻い潜り、大誠は開けたところで電話に出た。
*
『どうした?』
「だいちゃん。今大丈夫か?」
スマホ越しに聞こえる、そんな親友の低い声に安堵しながら、充は間髪いれずにそう返す。
寝室では、昼食を終えた朝日がいびきをかきながら心地よさそうに眠っている。全室空調の良く効いた静かなリビングには、今は充一人しか居ない。
『今三宮降りたとこ。で、用件は?』
「あー、いや、用件ってほどじゃないんだけどな。ってか昨日の今日でもう神戸に飛んでるのか」
『休みは昨日で終わりだからな。まったく、管理職も楽じゃないな』
自嘲気味にそう笑う大誠に、充も思わず苦笑する。そもそも大誠の場合管理職は管理職でも、人間の方ではなくデータやサーバーの管理だろう。なんにせよ、忙しいのに変わりはないが。
『ま、何はともあれこっちはいつも通りだよ。Jr.の件も一段落ついたし、ありがとな』
「いやいや、あれは元々俺が悪いから……でも、それ聞いて安心した。幼馴染みに自殺なんぞされたらたまったもんじゃないからな」
へへっ、と軽くそう安堵の声を漏らして、充はテーブルに置かれた氷の溶けた麦茶を一息に飲み干した。
そんな充への返答は、冷たいものを一気飲みした彼の頭痛が収まらない内に飛んできた。
『はぁ? みっちゃん、俺が自殺するように見えるか?』
音割れしそうになる声がスマホから響く。頭痛が一層酷くなった充は眉をしかめながら、「まぁ正直最近はな」と言い放った。
「ここ最近予定も合わなくって忙しそうにしてたし、昨日だって墓の前でまるで今から死にに行く様な顔してたし、明らかにやつれてたし」
『おいおい散々だな』
「それに……」
そう言おうとして、充は言葉を濁した。彼はメールを送ってきたHANAなる人物の正体を大誠だと信じ込んでいる。その話を本人にして良いものか、脳にブレーキがかかってしまった。
だが、かけるにしても少し遅すぎたようだ。
『それに、なんだよ?』
大誠は明らかに聞く気満々だ。今更ここで「やっぱりナシで!」と言う訳にも行かないだろう。充は己の口の滑りやすさを呪い、観念して正直に言った。
「いや、あのメッセージ、お前んだろ?」
『あのって、どの?』
「HANAってアカウントから、俺に送ってきたメールだよ。あれ、お前が送ってきたんだろ?」
そう言い終えて数秒後、充は違和感を覚えた。スマホからは、向こうの周囲を包む雑踏の音と、大誠の息遣いしか聞こえない。
普通ならここで思い出して「あー、はいはい」とか、覚えていなくても「いや、知らねぇな」なんて返しそうなものなのに。
もし仮に嘘をつくつもりだったら、それこそ余計に早い返答をして来るだろう。
だったらこの、不気味な間はなんだ? 充の額に、冷や汗のようなものがにじんでくる。壁掛けの丸い時計の秒針がくるりと一周回った後、大誠は重々しい声でこう言った。
『そんなアカウント、俺持ってない』
ぞわり。全身の毛が逆立つのが分かった。背筋が冷たく氷結する。
なら、あのアカウントは一体なんだ?
「おい、嘘だろ?」
『んな下らん嘘、俺はつかん。一応後で俺の持ってるアカウントのスクショ送るから確認してみてくれ。……それとこの事、他の誰かに言ったか?』
「いや、言ってない」
充がそう答えた直後、大誠は何故だか安堵したような声で『そうか』と答えると、一方的に通話を切ってしまった。
「ちょ、おい。おい!」
液晶画面には、ただ「通話は終了しました」の文字だけが浮かんでいた。
一層深まるばかりの謎に、充は思わず頭を抱えた。一つのことが終わった後に、また一つ大きな謎が舞い降りる。充にとっては、良くあることだった。
*
通話を切った大誠は穴の空いた切符を握り締め、今降りてきた車両へ乗り込んだ。このままこの車両は、今来た道を折り返していくものだ。
「花、お前は一体……」
何が目的なんだ? そう最後まで言い切るのを待たずに、車両は大きな警告音を鳴らして扉を閉じる。
突然ポッと現れた謎に、大誠は思わず天を仰いだ。ここまで順調だった計画に、突然イレギュラーが発生する。大誠にとっては、あまり馴染みの無いことだった。




