第55話 辻斬りと怪物、それから終戦
「ぐわっ」
茶々丸が投擲した太刀が鈍い音を響かせて、黒服の一人の背中に突き刺さる。そのまま地面に倒れ伏し、青い粒子となって消滅する黒服。ルドルフと表記された犬耳の男はそんな様子を見て「ひぃ……!」と悲鳴を上げ、尻餅をついた。
「おっ、お前!」
慌てて銃を構え、茶々丸に突きつける生き残りの黒服達。しかし彼らがそちらに向き直った時、茶々丸の姿はそこに無かった。
「あなたがヴァイスブルグのご領主ですね」
彼女は地面に突き刺さった太刀を引き抜き、既に黒服達の背後、ルドルフの眼前に立っていた。
太刀の切先を彼の喉笛に向け、落ち着いた声でそう聞く茶々丸。腰を抜かしたルドルフは、あかべこの様に首を上下に振ることしか出来ない。
「貴様――」
「すぐに地上部隊を蹴散らした仲間が、ここまで到達します。このままここで全滅して全てを失うか、交渉のテーブルにつくか、お選び下さい」
すり抜けられたことに気付いた黒服が咄嗟に構え直してそう言うのを遮るように、茶々丸はルドルフにそう問い掛ける。彼らも、これ以上は無駄と悟ったのか、ルドルフは再び小さく頷いた。
「わ、分かった……皆、武器を捨ててくれ」
「ありがとうございます」
ルドルフの指示でその場に銃を投げ捨てる男達。茶々丸は警戒を緩めること無くそう言って彼の後ろにまわり、山の方へ誘導していった。
*
「うぉぉぉらぁぁぁ!!」
ライフルを持ったプレイヤー達がミツルの咆哮と共に次々に投げ飛ばされ、崖下へと落ちてゆく。
必死に応対する彼らの銃弾は防壁の前に意味をなさず、雀の涙ほどのダメージしか与えられずに弾かれる。
「それ、やっちまえ! 怪人ミツル」
「ミツルさん格好いいですよ! キングコングみたいです!」
ミツルの肩にしがみつく九龍が心底愉快そうに焚き付ける中、ライトはその背後でそう囃し立てながら予備の撮影機で写真を撮る。フォックストロットの方はもう、苦笑いをする他無くなってしまったようだ。
やれ一本背負いやら当て身投げやら矢継ぎ早に耳元でオーダーされてゆく技やら、時折ライトから入る決めポーズやらを、ミツルの方も調子に乗ってどんどんと繰り出す。その様はさながら殺戮を楽しむ怪物のようだ。
「さぁて、次は誰の番だ?」
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!!」
しまいにはパニックを起こしたプレイヤーがミツルに向かって乱射する。しかしそんな攻撃も、
「はっはっは。全く効かんなぁ?」
彼には一ミリのダメージにもなり得ない。すわ、これがチートを使った者への報いか、上手い話に釣られたことの代償か。残り僅かになったプレイヤー達は顔面蒼白になりながら銃を撃つことをやめて後ずさる。
「おやおやミツル。お相手、攻撃が止まってしまったようだな?」
「おやおや九龍。それは大変残念だ。それならそろそろ……トドメといこうかァ!」
指の間接をボキボキと鳴らして、ミツルは残忍な悪役さながらの笑みをもってゆっくりと、獲物を追い詰めるように退路を塞ぎながら前進する。
もはやこれまでか。まさかゲームでこれ程恐ろしい存在と出会うとは。壁際に追い詰められたプレイヤー達は膝をつき、まるで審判を受ける罪人のごとき絶望した表情でミツルを見上げる。
「てめぇら、歯ァ食い縛れェ!!」
ミツルがそう彼らに腕を伸ばした瞬間、背後から聞き慣れた声が響いた。
「先輩、相手のご領主お連れしました!」
ピタリ。最前列のプレイヤーの胸ぐらをつかみかけた腕を静止させ、ミツルは後ろを振り向いた。
「お、マジか。ならもう作戦終了?」
「もう交戦の意思は無いようですし、それでよろしいかと」
その言葉に、まるで救いの女神が訪れたかのように瞳を輝かせる生存プレイヤー達。ミツルも彼女のその一言に、腕を引っ込めた。
「フォックストロットさん。ご存じかと思いますが、こちらヴァイスブルグ領主のルドルフさんです」
「お、お久しぶりです。フォックストロットさん……」
茶々丸に促され、心の底から気まずそうな顔をしてそう会釈するやつれたルドルフ。フォックストロットも、怒りより不憫さが勝ったのか、哀れむような顔で「こちらこそ」と頭を下げた。
「そ、それでは話し合いは、ホワイトステートの領主館で行いましょう」
顔を上げたフォックストロットは、そのまま苦笑しながらルドルフに持ち掛ける。もはや従うしかない彼は、「ええ、はい」としか応答できない。よほど、茶々丸の奮戦やらがトラウマらしい。
ともあれ一行はひとまず、ホワイトステートへとんぼ返りすることになった。




