第54話 美味しいところは茶々丸へ
どすん。空気が大きく膨らみ脈を打った。
咄嗟にミツルは目蓋を固く閉ざし、短剣を地面に突き立て、身を屈めて吹き飛ばされないよう姿勢を保つ。
爆炎を、眼前に現れた亀甲のような半透明の盾が受け止める。しかしそれも一撃だけで、瞬く間にヒビが入り、粉微塵に打ち砕けてしまった。
ライフバーがチリチリと減る。だが、減った分だけ巻き戻る。継続回復の賜物だ。
第一段階は、これでクリア。
「先輩……!!」
烈風強く吹き荒ぶ中、背後の方から微かにそんな声が聴こえる。茶々丸に違いない。
もうそろそろ、頃合いか。
「こっちは大丈夫だ!」
ミツルはそう投げつけるように言い放つと、目蓋を持ち上げ前に駆ける。暗視ゴーグルを掛けるのも随分久しぶりだ。少し酔いそうなのが、恥ずかしい。
が、酔っている暇はない。本番はここからだ。
十歩程度先に進んだところで、ミツルはピタリと足を止めた。砲手と大砲、両方を見つけた。予想通り、しっかり一門しか用意していないらしい。
大砲の傍らに、次弾の装填準備をする者達の姿が見える。そのすぐ側で、何やら旗のような物を持つ者。そして、数名の人物に囲まれて偉そうにふんぞり返っている輩が一名。
旗持ちの方が、目的の砲手だろう。ふんぞり返っている方は……
「相手のご領主、ってことか」
上手い所だけ持っていくと言うのは、どうも無理そうだ。ミツルは地面にうつ伏せになって銃を構える。煙がそろそろ薄くなり始めてきた。
下の方もきな臭い。あともう一撃なら何とか耐え凌げるかも知れないが、それは随分大きな賭けだ。何より、茶々丸の負担が大きい。
あいつには、花方がお似合いだ。部下に泥臭い戦いを強いるほど、面倒見がない訳ではない。
ミツルはそっとスコープの中を覗き込む。狙うのは的の小さな頭ではなく、体の中心。慎重に、かつ素早く照準をあわせていく。
鼓動が早まる。コッキングは既に終えた。他のもろもろも。あとは、狙い打つだけだ。
そろそろ、潮時だ。ミツルはレーザーサイトの電源を入れた。
ゴーグル越しでも、スコープ越しでも、真正面に伸びる一本の線がよく見える。レーザーはただ、機械的に旗持ちの砲手の胸を貫いていた。
今だ。そう思った瞬間には、ミツルはもう引き金をひいていた。大きな破裂音を伴って、肩に反動がかかる。
空気を切り裂く音が鳴る。砲弾のものよりも、もっと鋭利な音が。
「あっ……!」
スコープ越しに、砲手がそう言ったのが見える。撃ち抜かれ、こちらに手を伸ばしてそう漏らし、後ろの地面に吸い込まれながら消えてゆく。
お膳立ては整った。あとは、
「茶々、やったぞ!!」
ミツルはそう、大きな声をあげて振り返る。
瞬間、薄煙を貫いて、稲妻をまとった侍が突っ込んできた。
突風が、彼の耳元を通り過ぎる。
「お任せを」
そんな言葉を置き土産に、茶々丸は崖下へ稲妻のように飛び出していった。
ゴーグルを上に上げたミツルは、数秒の間その後ろ姿をただ呆然と見詰めていた。
*
「――神薙流・雷影」
稲妻を纏った茶々丸は、空中でボソリとそう唱える。黄色の稲光が、青白く変色した。
銃弾が、耳や頬を掠めてゆく。むやみやたらに撃っているらしいそれは射線もなにもバラバラ。脅威にはなり得ない。
だが相手の数は、混乱しているとはいえ十数名。冷静になられれば少しキツイ。
雷影は移動速度と攻撃力を上げる技らしいが、実戦で使うのははじめてだ。果たしてどれほどのものか……
「見せてもらおう!」
着地際、茶々丸は太刀を真一文字に切り払う。付近にいた三人のプレイヤーが消滅する。蜂の巣をつついたようになる陣営。
「現代兵器舐めんなぁぁ!!!」
ふと、眼前で男が怒号をあげる。地面に三脚を突き刺し構えるのは機関銃ミニガン。上空であれに薙ぎ払われていたら、茶々丸はマズかったかもしれない。
それも、砲手を一撃で仕留めて場を混乱させてくれたミツルのお陰だ。次に飲みに行くときはお礼も予て自分が奢ろう。そんな気持ちをすみにやり、彼女は腰を低く落とした。
カチリ。
男が引き金をひく。銃口が火を噴き弾を吐く。その刹那、茶々丸は一気に肉薄した。
右に左に姿勢を低く地面を蹴り、射線の下を潜る。轟音が鼓膜を震わせる。弾丸が肩や背中を掠めていく。
不思議と、恐怖はなかった。これはゲーム。例え当たれども死ぬことはない。そもそも自分は……
「てりゃぁぁ!!」
もう死んでいるのだから。
一息に距離を詰め、彼女はミニガンを切り上げる。銃身が両断され、粒子となる大きな機関銃。茶々丸はその勢いのまま、男を袈裟斬りにした。
「そこの方、ヴァイスブルグの領主はどちらに?」
ミニガンを倒したことで、蜘蛛の子を散らしたように逃げ去るプレイヤー達。その様子をライトから借り受けた撮影機で幾らか撮り、茶々丸は逃げ遅れた一人のプレイヤーにそう訪ねる。無論、太刀つきで。
「あっ、あの人ッス!!」
出来る限り柔らかい表情で聞いたつもりなのだが、尻餅をついて動けないプレイヤーは涙目でプルプル震えながら、悲鳴のような声で彼女の背後を指差し叫ぶ。少しショックだ。
「ありがとう」
もう一度、今度はしっかりと笑顔でそう彼に告げた茶々丸は、背後を振り向きその集団を視認した。
五名ほどの黒服プレイヤーの護衛に囲まれた、犬のような耳を生やした男性アバター。苦虫を噛み潰したような顔をして、その場を徐々に離れようとしている。
ルドルフ。頭上には、ドイツ国旗と共にその名前が浮かんでいた。
茶々丸は太刀を逆手に持ちかえると、それを渾身の力で投擲した。