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第50話 飛び込め、相手の懐へ

「あ、ちょ……!」


 思わず手をのばすミツル。しかし既に茶々丸は雷を身に纏い、地雷原を飛び越え、壁を蹴って死角に入った後だった。


「わっ、なんだなんだ!?」

「こいつ何処から!!」

「撃て撃て!!」

「やばいやばいやば――」


 銃声と阿鼻叫喚の叫び声、雷の弾ける音が数秒続いた後、辺りは静けさを取り戻す。足音も、声も無い完全な静寂。振り返れば、捕虜にした相手方プレイヤー達が涙目になって震えていた。


「茶々丸君、怒らせちゃ駄目な部類だな」

「ワタクシも肝に銘じます……」


 九龍とライトがそう呟いた後、茶々丸は何食わぬ顔で曲がり角から顔を出してこう言った。


「ここは制圧出来ました。先を急ぎましょう!」

「……そ、それじゃ皆さん。行きましょうか」


 先頭のフォックストロットは、苦笑いして一歩足を踏み出した。


「なぁ九龍。もしかして、茶々一人で良いんじゃねぇかな」

「奇遇だな。私も今同じことを思ってた」


 茶々丸に怯える捕虜たちを引き連れて、一行は地雷原を突破した。



 *



「お、時間ぴったりだな、和田君。それと土肥将補」


 執務室の扉を開け、中に入った和田と土肥。二人をそんなしわがれた豪気な声が出迎える。

 部屋の最奥、執務席に座る男。内閣総理大臣・源氏朝。御年八十を越えた、憲政史上最高齢の総理大臣だ。

 彼のすぐ右後ろには、うっすらと生え際に白髪が混じりはじめた七三分けの神経質そうな見た目の内閣総理大臣秘書官の藤原隼人(ふじわらはやと)が、背筋を真っ直ぐ伸ばして控えている。


「忙しいだろうに二人とも、来てもらってすまないな。君らは僕の発案で呼んだんだ」


 そう言って、源の席の前にある長机を挟むソファーの一つから立ち上がった男が厳めしい顔で笑ってそう言う。

 内閣官房長官・武田信道(たけだのぶみち)。源内閣の屋台骨を担う大物閣僚であり、同時に明晰な頭脳と鋭い発言から、()()()()の異名で呼ばれる。そして何より、和田の前任者でもある。


「まぁ二人とも、一旦そこにかけてくれ。話はそこからだ」


 二人になんら発言させる暇もなく、右手を差し出して向かい合うもう一つのソファーに促す武田。

 一七〇センチにも満たない身長なのにも関わらず感じさせるその独特の圧迫感は肩書きから来るものか、はたまた部屋の照明をものの見事に跳ね返すスキンヘッドの賜物か。二人は彼に促されるがまま、黒光りするソファーに腰を下ろした。


「おぉ……流石に、執務室のソファーは柔らかいですね。和田大臣から聞いていた通りです」


 ソファーに腰を落として早々、土肥はそう言って他三者を見渡し笑う。切り詰めた空気が瞬く間に和らいでいく。和田にはない、ムードメーカーの素質だろう。


「そうか、将補をここに呼ぶのは初めてだったね。それのメーカー、なんだったら教えようか?」

「総理が買って下さる訳では無いんですね」

「生憎財布のヒモはカミさんが握ってるものでね」


 面白がって話に乗る源にも、間髪入れずに見事なテンポでそう返す。まるで旧知の仲であるかのようなリズム感に、和田と武田は思わず顔を見合わせた。

 土肥とのやりとりに破顔する源。仕事中の身であっても、ひょうきんもの好きの大阪の血には抗いがたいのだろう。もう既に、お気に入りの枠に入れてしまっているのかもしれない。


「やぁー土肥君、面白いな。電話番号とメールアドレス、教えてくれよ」

「業務上すぐには返せないかも知れませんが、それでもよろしければ」


 そう言いながら胸ポケットから手帳とボールペンを取り出し、サラサラと電話番号とメールアドレスを綴る土肥。

 ……それにしても、相変わらず綺麗な字だ。大江も充も、身の回りの人間ことごとく字の汚い和田からすればこれは感動に値する。

 充や大江の字は正直言って何を書いているか解読不可能なもの。何故あの二人はお互いに理解できるのか、彼にはまるでわからなかった。


 メモを綺麗に切り取って、秘書官の藤原を挟みアドレスのやりとりをする二人。まさかたった数分で、ここまで相手の懐に潜り込むとは……いやはや、恐れ入るものだ。


「それでは総理、そろそろ本題に移りましょう」


 源がメモをいちべつし財布にしまった段階で、武田はそう咳払いして投げ掛ける。源も「おっと、忘れるところだった」とけらけら笑って頷き、口を開いた。


「和田君、そして土肥君。来月の2プラス2に向けてのことで今日は話があってね」


 案の定、その話か。予想はできていたことだから、それほど驚きはしない。和田は「はい」と生来の真面目そうな顔付きを変えずに頷いた。


「来月渡米するメンバーに土肥君、君も加わって欲しいんだ」

「えっ……?」


 思わず声を漏らし、隣の土肥を振り返る和田。そんな源の申し出さえ事前に分かっていたことかのように、彼は微笑みを絶やすこと無く、何も聞かずにこう言った。


「総理のご下命とあらば」


 真っ直ぐ伸びた背を曲げて、頭を垂れる土肥。

 和田は一転、まるで自分が蚊帳のそとにやられたような気になった。

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