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第5話 フルダイブは思い切り

「みっ、三浦部長! ご無沙汰しています!」

「おっ、しんちゃん。なにしてんの?」


 振り返るや否や、二人は同時にそう言って、同時に顔を見合わせた。

 礼儀正しい優輝は席を立って一礼し、無礼な充はフラペチーノ片手に背もたれに肘を置き半身の体勢。見事な対比だ。


「いや、みつるんがカフェ寄るって言うからここじゃねぇかなと思って、仕事サボって一人覗きに来たのよ」


 そしたら見事にドンピシャだったって訳、と言って、親指を立ててしたり顔の信也。勘の良さは三十路に入った今なお健在らしい。

 だが、サボりだ。この調子の良さには、流石に二人も苦笑する。


「伊藤、椅子気ぃつけてな。あと二人とも、面識あったんだな」

「ありがとうございます。ええ、この目のことで、三浦部長にはお世話になっています」


 信也が現在部長を務めているメディカル部門では、フルダイブ技術を医療分野に活用できないかの研究を行っている。

 充も少し前に彼から「実証モデルと言うか、治験的なことに参加してくれる人を募集してんだよ」と聞かされていたが、


「いやいや、お世話になってるのはこっちの方だ。今、伊藤警部補が言ってくれたように、彼女にはうちの部門の協力者として、何度もデータを録らせて貰ってる。本社にお招きするのは初めてだけどな」


 今回は形が違うけれど、どうぞよろしくお願いします、と言って、優輝と信也は固い握手を交わす。

 ……なるほど。つまりこういうわけだ。


「もしや俺だけ蚊帳の外?」

「まぁ、そうなるわな」

「課長、お疲れさまです」


 三人は満を持して、ユメミライ本社に足を運んだ。



 *



 地上十八階建て、上空七十六メートルに達する高層ビル、株式会社ユメミライ本社。

 現在日本の新しい未来を形作る中心地。三人はその、



 ピンポーン


「よし、ここだ。お二人さん、とっとと降りて、ついてらっしゃい」

「あれ、もう? あっ、扉んとこ気つけてな」

「ありがとうございます。って、なんだか早くないですか?」


 二階にいる。


「ユメミライ本社ビル二階。このフロア丸々全部、うちのメディカル部門のもんだ。ま、今はみんな昼休憩だったり、外のラボに居たりして空いてるけど」


 そう自慢げに語りながら車椅子を駆る信也の後ろで、優輝のエスコートをしながら充は見慣れぬ機具やら行き交う研究者やらをキョロキョロ。


「伊藤、ここ凄いなぁ……数千万とか億単位の設備がゴロゴロあるぞ。」

「おっ、億ですか!? 課長、どの機械か見せて下さい!」

「ツッコミずらいラインのボケやめろ」

「……君らほんとに今日初めて会ったんかぁ? あと静かにせい」


 ほらもうついたぞー、と言う信也の言葉に、充達は視線を正面へ向け直す。そこには……


DDⅢドリームドライブ・モデルスリー。最新型モデルだ。官品用として色々改造も施してある。こいつを二機用意した」


 保健室にあるような白い二つのベッドの上に、黒いフルフェイスの様な機械『DD』が一つずつ。

 ベッドの横には何やらモニターのついた機械が無数に置かれ、様相はまさに研究機関そのものだ。


「へぇ、いつの間にかⅢまで出てたのか」

「いや、まだ市場には流してない。伊藤さんみたいな実証モデル用に使ったり、官品として卸す形でチマチマやってるだけだな」

「はぁ……太っ腹だな」


 そう呟きながら充はベッドに優輝を案内し、彼自身ももう一つのベッドに腰掛けそれを持つ。

 初期モデルやⅡの方は、充も前の職場で何度か目にしたこともあったし、実際に手にしたこともある。

 それらと比べると、この機械はかなりしっかりした作りになっているように思われた。旧式二モデルはヘッドホンに近いような見た目で、なんなら少し軽かった。

 その代わり、本体の『ボックス』と呼ばれる端末はさながらブラウン管テレビのような大きさだったが。


「そういや充、お前ヨルムンガンドオンラインにログインするの始めてだっけ? 伊藤さんは……もう大丈夫だね」

「はい、私はいつでも大丈夫です」

「始めてだな。だいじょばねぇ」


 ゲームは確かに好きだし、時間さえあればどれだけでもやっていられる充。しかしここ数年、彼にはあまりに時間がなかった。忌々しい某大臣(大江静)の顔が、彼の脳裏を掠めてゆく。

 そんな充の心中を察したのか、信也が哀れむように苦笑する。


 ヨルムンガンドオンライン。ユメミライが製作、販売、運営する、世界最初のフルダイブ型MMORPGゲームだ。

 全世界でプレイヤー数十万人を優に越える程の規模を持ち、尚且つその特殊な構造上一度もサーバーがダウンしたことがないと言う規格外の存在でもある。


「まぁ、習うより慣れろってことで……取り敢えず二人とも、そいつ被って仰向けになってくれ」


 信也の指示で、二人はDDを装着し、仰向けになる。内部にクッションがあるお陰で、寝転がっても痛くない。かなりの良心設計だ。


「スタンバイ出来ました」

「同じく」

「あいよー。こっちも準備オーケーだ」


 優輝と充の声に、信也も親指を立てて反応する。


「それじゃお二人さん、行ってこーい!!」


 カチリとキーボードを叩く音がする。

 瞬間、充の体に妙な浮遊感が漂った。

 視界は瞬く間に暗転し、角笛の様な音が響き渡る。

 そうしてしばらくこの謎空間を漂った後、視界が光に包まれた。

 ハッと充は目を開き、しばし目蓋をパチパチ。この頃、強い光に弱くなってきているらしい。

 足元には芝生のような若草達。亜麻色のズボンに、革製の靴とベルト。

 なるほど、無事にヨルムンガンドの世界に来られたらしい。


「課長、無事に到着なさいましたね」


 頭上から、聞き覚えのある女性の声。優輝だ。流石、手慣れているだけはある。未だに混乱気味の充とは大違いだ。


「おお、伊藤。そっちも無事みたいで良かったよ……」


 彼は目を擦り、彼女の方へ顔を上げる。そこで充は、信じられないものを見た。


「課長、立てますか?」


 新撰組の羽織を着たダークエルフが、彼に向かって手を差しのべる。

 これが、ヨルムンガンドの世界らしい。

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