第46話 チームでの協力だって醍醐味だ
「うおっ!」
ミツルは鳩尾に伸びてきたナイフを短剣で受け止めた。鈍い金属音と火花が散る。コンマ一秒遅ければ間に合わなかった。
「やっば……それ受け止めますか?」
上目遣いで嬉しそうに言うハーメルン。
静止した彼にミツルは前蹴りを飛ばす。が、ハーメルンはとっさに後ろに飛び退いた。
「あんたもこれ避けちゃうか」
空を切る足を地面に振り下ろし、勢いのままに横一文字に短剣を振るう。狙うは、首元。
ガチリ。
今度はハーメルンが斬撃をナイフで受け止めた。チリチリと刃先から粒子が昇る。武器防具にも耐久力は当然ある。ゼロになればプレイヤー同様消滅だ。
「クソッ!!」
「ヤバ、一撃重ッ!」
ミツルは左手の長剣を振り下ろす。
だが、ハーメルンはそれを腕で受け止めた。ライフバーがジリジリと減る。しかし致命打にはなり得ない。
即座に剣を離し、ミツルは手首につかみ掛かる。スッと腕を引いて飛び退くハーメルン。悪あがきにと広げた手のひらを拳に変えて、思いっきり振り抜いた。
瞬間、拳は彼の鼻先をサッと掠めた。
「わっ!! マジっすか……」
ミツルから距離をとった後、ハーメルンは鼻に手をやりながらそう呟く。ダメージ換算すれば、例え《ベルセルク》の攻撃力補正があったとしてもなんてことの無い一撃だ。
だが、それでも彼を驚嘆させるだけの効果は発揮出来たらしい。
「ヤケクソでも、案外なんとかなるもんだな……へへっ」
左手をひらひら振って慣らしながら、ミツルはそう苦笑いして剣を拾う。
「さっきのが直撃してたら、流石にマズかったっす。実はリアルで格闘技の選手だったり?」
「生憎ゲームん中でリアルのことは話さない主義なんだ。悪いな」
「おっとと、そりゃ失礼しました」
相変わらずの軽い口調ながら、常に顎を引いて上目遣いでミツルの一挙手一投足を見張るハーメルン。
自分の隙を潰しながら、しかし確実にミツルの隙を見つけようと観察するその様は、まるで冷静に獲物を追い詰める狼か猟犬のようだ。
サレンダーモンキーだなんてとんでもない。確実に彼は、死線を幾つか潜っている。そんな雰囲気さえ感じさせる。
ミツルは靴の履き心地を確かめるように爪先で二、三度トントン地面に叩くと、足元の空のランチャーを蹴飛ばして、微かに背後に目をやりため息をついてこう言った。
「でも、まさかこんなに強いとは思ってなかった。正直あんたも、精々他の二人に毛が生えたようなレベルのだと思ってた」
「実力が拮抗してるからって、今度は心理戦っすか? その手には乗らねぇですよ」
ヘヘヘと笑って、ハーメルンは困ったように首をすぼめる。
「ありゃ、マジか。タイマンで実力おんなじような奴とやるときは、いっつもこの手でキレさせて勝ってたんだが」
「案外ジュードーマンも卑怯っすねぇ。ブシドーとやらはどこ行ったんすか?」
「勝負事なんて勝ちゃ良いんだよ勝ちゃ」
そう言いながらも、ミツルは時折間合いを詰めるような動きをする。その度にハーメルンはそれを牽制して阻止する。
一進一退の攻防が続く。間合いはざっと十メートル。そうそう詰められる距離ではない。
「このまま今の状況続けますか? 俺は全然良いっすけど……お仲間、大変なんじゃないっすか?」
口笛を吹いてみたりして、ハーメルンはそう問い掛ける。ピクリ。ミツルは少し眉を上げた。
「へぇ、仲間がいるのもリサーチ済みか」
「もちろん。ウチの大将、金だけはあるんで。あんな豪雪でも確認できるゴーグル、わざわざE・F・Oからパクってきて監視役に持たせてるんす」
「良いのか? それ言っても」
「どーせしょっぴかれるのは大将っす。それに、俺はもう手付け金と、あなたとの手合わせで充分なんで」
ずいぶん厄介なファンに好かれてしまったものだ。どうせ好いてくれるなら、も少し美人な女性人の方がミツル的には嬉しかったが……だが、何はともあれ、
「相方連中がやべーってんなら、こっちも早いこと終わらせないとな」
ミツルはそう言って大きく伸びをして、ストンと肩から一旦力を抜き、そうしてまた身構え直す。
「そろそろ本気、出させて貰おうか」
「おっ、マジっすか! ってか、今まで手ぇ抜いてたんすか?」
無邪気な少年のように、ハーメルンは嬉々としてミツルに聞く。彼はうんうんと頷いた。
「おうもちろん。それじゃ、今から見せてやんよ!!」
瞬間、ミツルは大きく後ろに飛び退いた。虚をつかれたように目を見開くハーメルン。ミツルは張り裂けんばかりの声で叫ぶ。
「やっちまえ、九龍!!!!」
「任せろぉぉぉぉ!!!!」
背中から、ミツルに負けないほどの声が響く。その刹那、頭上を鼓膜が破れそうなほどの空気を切り裂く音が鳴る。
黒い弾頭が、尖った頭で空気を破る。その切っ先が向かうのは、
「ハッ、ジュードーマン! 卑怯の極みの虎の子も、そんなエイムじゃ役立たずっすよ!!」
吐き捨てるようにハーメルンは言葉を投げる。微かに失望と怒りの混じった侮蔑の声。しかしそんな、余裕のこもった怒号は――
「私を見くびるなぁぁ!!」
直後に、頭上から降り注ぐ爆煙と砂塵によってかき消える。
ミツルはこれを待っていた。
爪先が接地する。瞬間一気に力を込めて、体を前へと押し出した。ナイフも剣も何も要らない。結局最後は、素手だ。
ミツルは煙に飛び込んだ。視界は最悪極まりない。自分の足さえ見えやしない。そんな土煙の中心でも、聴覚だけは機能した。
「ぐわっ、前がっ……」
ガラガラと岩が崩れる音に混ざって、ハーメルンの声が漏れる。はっきりと、ミツルの耳に声が届く。
大勢は、ここに決した。
「これで終わりだ、ファン一号!」
ミツルはちぎれんばかりに右手を伸ばして声をつかむ。
「わっ!」
確かな布の手触りが、ミツルの神経に走る。伸ばした腕に沿うように、土煙が晴れてゆく。
「へへっ……」
ハーメルンは、初めて心底悔しそうな顔をした。ミツルの右手は、彼の胸ぐらを正確につかみとっていた。
「俺達の勝ちだ、ハーメルン」
ミツルは左手を伸ばし、彼の右腕をつかむ。
瞬間、ミツルは渾身の力でハーメルンを背負い投げた。
全ての砂塵が霧散する。
地面に叩き付けられたハーメルンは、満足そうに笑って、粒子と化して消滅した。
「タッグ舐めんな、チート野郎!」
ランチャーを投げ捨てた九龍が言う。心の底からスカッとしたような、スッキリした笑みを浮かべて。
「やったな、九龍!」
「おう、ミツル!」
二人は笑顔でそう、グータッチを交わした。
「それで、茶々丸君達はどうなった?」
「あっ……!」