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第36話 清算は自分の手で

「伊藤さん。隠れてないで大丈夫だよ」


 渚沙がオフィスを立ち去った直後、信也はやれやれと言った様子でそう声をかけ、正面の出入り口を見る。


「……どうして分かったんですか?」


 出入り口の脇から、身を隠していた優輝がゆっくりと姿を見せる。

 そのまま彼女は白杖を地面に這わせ、信也の方へ歩いてきた。


「杖の先、物陰からちょっと見えてたよ。まだその目になってから一年とちょっとだから、しょうがないけどね」


 微かに眉をひそめる素振りを見せた優輝に、まぁあんまり気にしないでと気遣って、信也はデスク上の水筒を口につけて一服する。中身は、家で入れてきた麦茶だ。


「警察時代の本能みたいなのが働いたりした?」

「否定はしません」

「いつのタイミングからつけてた?」

「ノーコメントで」


 渚沙が直接監察課のオフィスを出たときから、等と言えば余計に警戒されてしまう。慣れきらない体で功を焦ったバチが当たったように、優輝には思えた。


「ふぅん。ま、良いや。それより伊藤さん、ナギ――新稲渚沙の話、聞きたい?」

「えっ?」


 不敵な笑みを浮かべて言う信也に、優輝は思わず呆気に取られた。彼は構わず話を続ける。


「さっきのやり取り、聞いてたでしょ? だから、バックボーンも気になるかなって。それに」

「それに?」

「……今は、誰かと話したい気分だから、ね」


 カーテンの隙間から、オフィス街の明かりが射し込む。

 それに照らされた信也の瞳は、かなり疲れを帯びていた。



 *



 翌日の昼過ぎ、充は単身羽田空港に帰りついた。大誠の方はもう少し遅い便で成田に向かい、そのままユメカガク、ユメミライのデータセンターの一部がある千葉県の印西市に向かうらしい。

 土産物は既に北海道で郵送済みだし、優輝にも明日には出勤すると通達した。あとは……


「よぉ、北条一佐」


 話し合いを、するだけだ。

 成田空港のロータリー。黒いワゴンのすぐ側で、こちらに手を振る男が居た。

 日焼けした肌に、五分刈り総白髪の壮年の男。右眉には、額にかけての大きな傷跡が残っている。


「土肥陸将補、ご無沙汰してます」


 自衛隊時代の紫紺の正装に身を包んだその男に、充は背筋を伸ばして腰を折る。

 充の直属の上官であり、私学校の主宰者だった土肥直久は、変わらぬ教え子の姿を嬉しそうに見つめていた。




「昨日お前んとこに行ったらいつ帰るか分からないって言われたからビックリしたよ。出張だったんだな……お前も偉くなったもんだよ」


 部下に車を運転させ、土肥は後部座席で隣に座る充にそううれしそうに語りかける。手塩にかけて育てた教え子の出世は、やはり嬉しいものらしい。


「いや、俺もまさかアポ無しで突然殴り込んで来るとは思いませんでしたよ。せめて電話の一本でも入れといてくれれば良かったのに」


 そんな土肥の言葉に、充も軽口でそう応対する。今ばかりは彼も、心を安らげられるようだ。


「それは悪かった。また後で部下の、あー、なんて名前だ?」

「伊藤です」

「ありがとう。また今度、伊藤さんに謝っておいてくれ。……それにしても北条、あの()随分べっぴんさんじゃないか。本当、羨ましい限りだよ」


 このこの~と、土肥は楽しそうに肘で充のつんつん小突く。このエロ親父。部隊に居た頃から全く変わってないじゃねぇか。

 こんな感じなのに今の今までセクハラで訴えられていないのは、女性陣の前では絶対にそんな発言をしない紳士的な心と、圧倒的な人望によるものなのだろう。なんともまぁ、得な性格だ。


「言っときますけど伊藤。多分俺より強いですよ?」

「え?」

「ヨルムンガンドの中で俺、アイツに勝てる気しないですもん」


 得物を構えた優輝の姿は、まるで現代に蘇った新撰組隊士そのものだ。幾つもの死線をくぐり抜けてきた者特有の何かしらがある。

 普通科連隊に配属されていた頃、訓練の際に外部からやってきた元傭兵の教官と相対したことがあるが、そのときの空気感に似たものを感じた。

 格闘技と言うルールにおいて競技化されたスポーツの場や、およそ一世紀もの間戦争を回避し続けてきた自衛隊内では感じることの無い、皮膚を突き刺すような、身の毛もよだつような空気。その上在官中ほとんどの間システム通信団に席を置いていた充なら尚更、感じる機会は無いだろう。


「もし何でしたら、先生もフルダイブして一戦交えてみたら良いですよ。俺はやりませんけど」

「国体選手が言うんじゃ、俺にも無理だな。パスしとこう」


 土肥はそう言って苦笑いをし、頭の後ろをかいた。

 外の景色はどんどん変わる。江戸城外堀にかかる飯田橋を渡って道を左折。堀沿いに国道四〇五号線を直進して今度は右折し中根坂方面へと進めば、もうそこは防衛施設が立ち並ぶ防衛省の城下町。


「新稲さんは今、装備庁で防衛用フルダイブについての会議中だ。会議が終わり次第、引き合わせよう」


 貸し一だぞ、と、土肥は笑って充に言う。

 今夜の財布に反比例するように、彼の気分は重かった。


「今日、どこで飲みます?」


 心中の憂鬱を誤魔化すように、充は笑ってそう返した。

 渚沙に会ったら、なんと言おうか……。

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