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第26話 嵐は突然やってくる

「――以上が、この一ヶ月間我々が監察を行った結果と考察になります」

「ご清聴、ありがとうございました」


 カーテンの閉め切られた薄暗い会議室で、充と優輝の二人は、公益社団法人全日本フルダイブ技術統合会議所の参加者一同に頭を下げる。

 今日は彼らが出向してきて最初の、そしてこの公社が作られて最初の定例会議。

 一ヶ月間の調査や業務の成果をそれぞれの部署がスライド等を用いて発表し、それを踏まえて会議の参加者達が今後のあり方について議論する。

 参加者メンバーの中には日本を代表する有名企業の役員や社長。ユメカガクやユメミライの幹部、そしてそれらに出資する企業の重役。

 果ては幹部自衛官や国会議員、現職大臣、総理秘書官の姿まで見える。


 パチパチパチ。会議室に、大きな拍手がまき起こる。なんとか無事にプレゼンを終えられたことに、充は深く安堵した。


「いやぁー、良いプレゼンだった! 流石は北条教授のご子息だ!」


 会議室の中程から、そんな男の声が響く。元気ハツラツながら少ししわがれた老年の声。充はパッと顔を上げて、声の主を確認した。

 深いシワが顔中に刻まれた、白ひげスキンヘッドの腰の曲がった和装の老人。確か名は……あぁ、そうだ。


「お褒め下さり光栄です。京極会長」


 京極優誠(きょうごくゆうせい)。義手や義足、人工心臓などの製造、販売を行う『京極ロボティクス義体』の会長。日本での普及率が低迷していた、筋肉を流れる電気信号を用いて自在に動かすことの出来る、筋電義手の普及に一役買ったことでも知られている。

 そして何より、信也率いるユメミライメディカル部門に多額の出資を行う、彼の最大のパトロン。その話は、充も以前に信也から聞かされた。


『あの人にはホント、頭が上がらないなぁ……聖人だよ、ホント』


 信也が自分の妻子以外のことでそこまで人のことを褒めるのも珍しいことだから、記憶に残っていた。

 聖人と言うよりは、老人だが。

 そう言えば、先ほど廊下で順番待ちしているときも、同じような声が聞こえたような気がする。まさかこの爺さん、毎度同じことを言っているのか?


「直接監察課のお二方、ありがとうございました」


 司会の声にもう一度頭を下げた充と優輝は、プレゼン用のノートパソコンを小脇に抱え、そそくさと会議室を後にした。



 *



「はぁ……疲れた」


 自分のオフィスに戻って早々、充はそう言ってイスに深く腰掛けた。つい先日、腰痛に耐えかねた充が貯金を奮発して買ったゲーミングチェア。座り心地は文句無しの百点だ。


「まさかあんなにそうそうたる面々が勢揃いしているとは思いませんでした……」


 流石の優輝も、今回ばかりは疲弊しているらしい。充と違って、最初からここに置いてある一般的な事務イスに腰を下ろすと、大きなため息をこぼした。


「課長、今日は飲みに行きませんか? 私、良いお店知ってますよ」

「おっ、そりゃ良いな。それじゃ今日はそこでお疲れさん会でもやるか。道案内よろしくな」

「はい、お任せ下さい!」


 そう言って、二人はサムズアップをつき合わせる。お互い今では珍しいぐらいの大酒飲み。不思議とウマがあうのも、そう言う理由があるからだろうか。

 そう退勤後の予定のすりあわせをしていたとき、突然嵐がやってきた。


「北条くぅーん!! ひっさしぶりー!!」


 バンッと力強く開け放たれるオフィスドアの開閉音と共に、そんな恐ろしい声が響き渡る。優輝なんて、驚いてスマホを床に落としてしまった。


「うわ、大江さんか」


 声の主の顔を見て、充は思わずそう呟き、落としたスマホを優輝に手渡す。

 彼女もまた、会議に出席していた一人だ。この様子だと、会議はすぐにお開きになったらしい。時間が予想以上に余ったから、暇潰しに顔でも覗きに来たのだろう。

「うわって何よ、うわって。私、総務大臣なんですけど?」

「そんな重苦しい肩書きに似合わなさすぎる振る舞いしてるからですよ。もっと威厳みたいなのは無いんですか」


 少なくとも、初めてあった頃にはそう言う部分があったはずだ。その八年もの間に一体彼女に何があったのだろうか。アマゾンの奥地に行っても、分かりそうにない謎だ。


「良い? 北条君。今時の議員ってのはね、多少フランクで庶民的な方が支持率が上がるの」

「あなたの場合フランク通り越してゼロ距離なんですよ。ってかそもそも、自宅にメイドさん五人も六人も雇ってる人が庶民派名乗らんでください」


 なんなら以前にお邪魔したときには、執事にチンアナゴ。キンカジューにアリクイまでいた。これのどこが庶民的と言うのか。


「庶民『的』なら良いのよ庶民『的』なら。有権者にそう見えてりゃ良いの!」

「大臣、この部屋にボイスレコーダーが無くて本当によかったですね」


 充はそう、訳の分からぬことを並べ立てるかつての上司に冷たい視線を向けて言う。いつの間にか後ろにいた彼女の秘書官もまた同様だ。


「ぐぬぬ……まぁ、相変わらずの様子で安心したわ」

「お互い様です」

「ほんっと、キミ昔っから一言余計よねぇ」

「それも、お互い様です」

「あー! そんなこと言っちゃって、私知らないわよぉー? 来年の人事がどうなっても。楽しみねぇー? ふふっ……それじゃ、またねー」


 結局大臣は、それだけ言ってオフィスから去っていった。


「……なんだったんです? あの方」

「それが分かりゃ、苦労せんよ」

「本当に、お邪魔しました…………」


 悲痛な顔でドアを閉めて謝罪する秘書官に同情の目を送った充は、また、ため息をついて自分のスマホに目をやった。


「お? しんちゃんから着信だ」


 信也からの不在着信に気付いた彼は、急いでかけ直しの電話をその場で掛ける。


「おっ、みつるんやっと出た」

「悪い悪い。会議中でな。んで、どしたん?」

「いや、ちょっと悪いんだけどさ……」



 ――北海道に、飛んでくんね?



 充は危うく、スマホを床に落としそうになった。

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