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第25話 伝説とはこう作れ

 血走った五つ目の巨大な獅子が、こちらに向かって突進してくる。

 これはゲーム。そう、ゲームだ。だが、ゲームの中の話と頭の中で理解していても、体が危機を訴える。

 その力強い唸り声も、眼光も、全てが本物と変わり無い。それほどの迫力が、そこにはあった。


「やっば……」


 そうミツルが呟いたときには、()()はもう回避不可能なところまで迫っていた。そもそも背後に茶々丸がいる以上、ミツルは一人で逃げられない。

 視界の端に、黄色い吹き出しのメッセージが表示される。過度の興奮状態や、心拍数の異常な増加を検知して、プレイ中止を促す物だ。

 状況が更に緊迫してこれが赤くなると、注意喚起から警告に意味合いが変化して、三つ目には強制終了となる。


「やるっきゃ、ねぇか」


 ミツルは思わず苦笑して、足を開いて構えを取る。ライオンの毛並みが、はっきり見えた。

 かつては柔道無差別級の大会に出場したこともある。大学時代には、二メートル超えの外国人選手と組み合ったこともある。

 それでも、たった身長一六八センチの充は見事に得意の一本背負いで投げ勝った。恐れるものは、何もない。


 背後で、茶々丸がなにやら叫んでいる。きっととっさのことで足がすくんで動けないでいるのだろう。

 男として、ここは格好良いところを見せなくては。

 間も無く眼前に、大きな鉤爪が伸びてくる。

 ミツルはそれを腕ごとつかみ、体を捻る。そして……



「漢の生き様、見とけやゴラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」



 突進の勢いをそのまま活かし、ミツルは腕を肩に負い、そのまま思い切り腰を折って腕を離した。

 数秒後、壁から凄まじい轟音が鳴り響き、静寂が辺りを包み込む。


 瞬間彼は、伝説となった。



 *



「聞いたぞ? レイドボスを素手で討伐したらしいな」


 九龍亭に帰るなり、店主はミツルを開口一番そうからかう。相変わらずの衣装のせいで目元しか見えないが、ずいぶん楽しそうだ。


「お陰でここまで帰って来るのに苦労した……」

「先輩だけならともかく、私まで巻き込まれてしまいました……」


 情報の出回る速さと、それを収集する能力の高さに呆れながら、二人はそう言って席に腰を下ろす。

 貢献ポイントは無事に一位を取れ、報酬もたんまり手に入ったとはいえ、全く散々な目に遭った。


「もう当分、ああ言うクエストはごめんだな。もっと小規模なのが良い。と言うか、クエスト自体受けたくねぇ。出来ることならオフラインでやりてぇ」

「このゲームの八割を否定するようなこと言うな」

「このゲームの八割を否定するようなプレイしてる奴に言われたかねーよ」


 カウンター越しに睨みあう二人を尻目に、茶々丸はこの先面倒なことになるな、と内心危機感をつのらせる。

 こちらの仕事(直接監察課)のこともそうだが、それより何より()()の方に影響が出ることだけは避けたい。さてこの先、どう出るべきか……


「おっと、電話だ。茶々、ちょっと出てくる」


 ミツルのその一言で、茶々丸はハッと思考の沼から抜け出した。


「あ、ええ……はい。分かりました」

「二度と帰ってくんな」


 そんな二人の言葉を浴びて、ミツルは扉の向こうへ消えていった。





「よぉ、だいちゃん。電話なんて珍しいな」


 九龍亭から出たミツルは、ボイスチャットの密談機能をオンにして電話の相手にそう話す。この機能のお陰で、通話は他人に聞こえない。


「いやいや、どっかのみっちゃんがとんでもない偉業を成し遂げたとか言うんだからつい、な」

「もうそっちにまで話が広がってんのかよ」


 ミツルはこの高度情報化社会の拡散能力に頭を抱え、少し小走りに王都の大通りへと向かう。

 路地裏で一人で突っ立っているところを見られたら不審がられるのは、こちらの世界でも同じだ。とりわけあの路地の奥には、九龍亭がある。


「だいちゃんは今仕事?」

「いや、今日は半休取って鎌倉まで帰ってきてんだ。明日から出張だからな」

「あぁ……なるほど」


 充は、大誠が鎌倉に帰っている理由がすぐに分かった。大誠もまた、家族――もとい養父母と折り合いが悪い。実家への帰省は考えづらい。

 今は亡き婚約者であり、彼ら三人の幼馴染みへの墓参りだろう。

 彼女の誕生日と盆、彼岸と命日、月命日には毎度欠かさず行っているようだし、仕事に空きが出来る度にも隙を見ては参っているらしい。

 それほどまでに彼女の存在が、大誠にとっては大きいものだったと言うことだ。


「それで、出張ってどこに?」

「あー、北海道にちょろっとな。去年、ヨルムンガンド絡みで殺人事件があったの、お前も知ってるだろ? その件でちょっとな」

「もう一年も前か、あの事件」


 そのときの事件は充も良く覚えている。彼が自衛隊から総務省に出向してきて、まだ間もない頃のことだった。

 ヨルムンガンド・オンライン及び、アメリカのフルダイブMMORPGのE・F・O内で行われているグランドクエスト『R・I・N・G』を巡った、国内初の殺人事件。

 被害者が当時二十代の女子大生であったことと、実行犯の他に殺人を教唆した男の存在があったこと、原因がフルダイブゲーム内の事柄であったこと等が折り重なり、世論は大いに加熱。都内でも、大規模な反フルダイブデモが行われた。


「そろそろ初公判も行われる頃らしいし、また苦労が増えるな」

「全く、窓際公務員殿はお気楽で良いな。また何かあったら連絡する。それじゃ」


 そう言って、大誠は電話をプツリと切った。大勢のプレイヤーやNPCに紛れて大通りを無意味に徘徊していた充――ミツルも、来た道をUターンして九龍亭に戻ろうと振り返る。そして、


「……え?」


 目を疑った。

 雑踏の中に一人、見覚えのある人影を見た。いや、正確には目があった。

 嘘だ。そんなはず無い。だってあいつは……。

 そんな考えが、ミツルの頭を熱していく。


「おっ、おい……!」


 思わずミツルは手を伸ばし、その人物を呼び止める。だが、そこにはもう誰も居はしなかった。ただ、人の流れが往来するだけ。


「花……」


 ミツルはただ、その人物の名を呟いた。

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