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第24話 部下は空から降ってくる

 ――神奈川県鎌倉市・某墓苑


 たまに仕事の空きが出たとき、大誠はいつもここか、神戸にあるユメカガク製フルダイブ中央制御AIのサーバールームにやって来る。

 自由貸出している墓苑備え付けのバケツに満杯の水を流し入れた彼は、そこに柄杓(ひしゃく)を差して目的の場所へ向かう。

 上総家之墓(かずさけのはか)

 そう記された、手入れの行き届いた墓石の前にたどり着いた大誠は、左手に持った仏花を一度墓前に置いて屈み、「また来ちまった」と、恥ずかしそうに呟いた。

 上総花。大誠は今日も、彼女に会いに来た。まさか彼女の父親も、自分の親の次に墓に入るのが一人娘だとは思わなかっただろう。

 そして大誠もまた、幼少の頃から連れ添ってきた婚約者がまだ二十代も半ばでこの世を去るとは思わなかった。

 だが、そんな悲しみをまるでものともしないかのように、大誠はなにやら楽しげに墓に向かって話しかけ、墓掃除を開始する。


「今日は半休取って、そのままの足で来たんだ。服着替えるのも面倒だったし」


 しわくちゃになった白衣を揺らしながら、大誠は新品のスポンジで墓石を丁寧に拭いていく。


「明日からまた出張だから、これぐらい許してくれよ。最近仕事続きでめっきり目の下のクマが取れなくってさ……俺まだ三十一だぜ?」


 そう目を細めて笑う大誠の顔は、週末に充らと居酒屋で飲み交わすときとはまた違う、穏やかで優しげで、隙だらけな表情だ。


「あー、そうそう。今度の出張なんだけどさ、北海道に行ってくるんだ。知り合いから面白い話聞いてさ――」


 ――死人が仮想現実で生き返ったんだってさ


 瞬間、和やかな雰囲気が切り裂かれる。細めた目蓋が持ち上げられ、濁った瞳が陽光に煌めく。


「絶対に、完全な形で甦らせてみせるから。待ってて、花」


 希代の天才科学者・足立大誠。その内に秘めた危うさを本当に知るものは誰も居ない。

 古都鎌倉に、水気を含んだ冷風が吹く。重くなった雨雲が、すぐ真上まで迫っていた。



 *


「てりゃぁぁぁぁぁ!!!!」


 稲妻の弾ける音をかき消すように、茶々丸の喚声が空洞内に響き渡る。

 そして彼女の振るった大太刀が、鍾乳石を根本から叩き割った。


「やった!! 成功だ!!」


 直下のライオン目掛けて一直線に落下する巨大な鍾乳石を見て、ミツルは思わずそう叫ぶ。自分で発案しておいて言うのも何だが、実はそれほど自信があった訳ではない。

 ゲームに極限までリアリティを求める大誠と、根性のひねくれた信也達の性格が幼少期から変わっていなくて、本当によかった。


「グギャァァァァァァァ!!!!」


 そんな思考を弾き飛ばす様に、獅子王の叫び声がこだまする。円錐形の鍾乳石の直撃をモロに頭に食らったのだ。

 気付けばほぼ満タンまであったライフバーは最後の一本。それも残り半分程度まで削られている。その上、ライオンは先ほどの直撃で昏倒中。


「おおー!! サムライ姉ちゃんすげぇー!!」

「ジュードーマン、ホントに当てちまったよ……あんたホントに初見か?」

「んなこたどうでもいい!! お前ら、今のうちにタコ殴りだぁー!!」


 様子を伺っていたプレイヤー達が一斉に倒れたライオンへと殺到する。負けてはおれぬとミツルも走り出そうとしたそのとき、


「ちょっ、先輩(せんぱーい)!」

「んぁ? ……あっ!!」


 上空でバランスを崩した茶々丸が、手足をジタバタさせて落ちてくる。このままでは、地面に直撃は免れない。

 その上この高さ(約十~九メートル)だ。落下ダメージは相当なもののはず。ゲームオーバーは必至だ。


「茶々! 足を下に向けて、五点着地しろー!!」

「無理言わないで下さい!! 私は自衛官じゃ無いんですからぁー!!」


 そう言う間にも、茶々丸はみるみる地面に近づいてゆく。もう、五メートルもない。

 かくなる上は、


「茶々ー!! 出来るだけ体を丸めろー!!」

「ええっ!? わっ、分かりました!!」


 その瞬間、ミツルは落ち行く茶々丸のすぐ下へ駆け込んでゆく。

 太刀を放り投げ、体を丸めた茶々丸が近づく。

 あと少し、もう少し。ミツルは思い切り両腕を伸ばし、地面を渾身の力で踏み込んだ。


「ぐおっ……!!」


 腕が沈み込むより先に、ミツルは大きく膝を曲げて衝撃を和らげる。それでも勢いを殺しきれず、思わず声を上げてしまった。

 腕の中には、丸くなった茶々丸がキッと目蓋を閉じて、仰向けに収まっていた。


「え? え? え?」


 ミツルが見事にキャッチして数秒後、ようやく茶々丸が目を開ける。自分の身に何が起こったか、まるで理解出来ていないらしい。ともあれ、無事そうで何よりだ。


「ふぅ……茶々、おつかれさん。快適な空の旅のご感想は?」

「落下さえしなければ最高でした。それと一つ」

「ん?」

「あの、そろそろ下ろして頂いても……?」

「あっ! すっ、すまん」


 恥ずかしそうに目をそらす茶々丸を大慌てで地面に下ろした後、ミツルは「何はともあれ、一件落着だな」と言って、落とした太刀を拾い上げる。


「ほら、落としもんだ」

「あっ、ありがとうございます。それで、ボスの方は?」


 太刀を受け取り鞘に戻してそう聞く茶々丸に、ミツルは自分の背後を指差して言う。


「もう俺らの出る幕は無さそうだ」


 彼の肩越しに、倒れた獅子に群がるプレイヤー達の姿が見える。


「それじゃあ、貢献ポイント一位は……」

「ま、気にすんな。そもそもお前がいなきゃこの作戦成り立たなかった訳だし。それに、俺達はこのクエストをクリアしろ、としか言われてない」


 終わったらまた、美味いもんでも食いに行こう。自分の失態だと、がっくり肩を落として落ち込む茶々丸に、ミツルは笑ってそう励ます。

 そのときだった。


「ジュードーマン! サムライ姉ちゃん! 危ないぞぉー!!」


 背後から、そんな大きな声がする。

 なんだなんだと振り返ったミツルは、思わず目を見開いた。


「グルルルウオオオォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」


 倒れていたはずのライオンが、真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 ミツルの背筋を、冷たいものが伝っていった。

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