第21話 獅子狩りには柔道技を
「グルルルウオオオォォォ!!!!」
開始を知らせる角笛が響いて一秒も間を置かずに、そんな雄叫びが洞窟中に轟いた。
バリアの消失と共に、堰を切ったようにプレイヤー達が雪崩れ込む。
「伊と……茶々! 俺から離れんなよ!!」
「はいっ!!」
そう声を掛け合う二人も、流れに身を任せて押し出されないように振る舞うのが精一杯。
とは言え流石は高難易度クエスト。最前線に立つプレイヤーの頭上に表示された、ユーザーネーム横の黄緑のライフバーがみるみる内に減っていく。
これがゼロになったとき、大抵のゲーム同様ゲームオーバー。通常は最後に訪れた町の門前か、最後に泊まった宿なり自宅なりにリスポーンする。
ただし今回のようなレイド戦は別で、洞窟外からのリスポーンとなり、再入場も可能とのこと。その代わり、クエストでの活躍を示す貢献ポイントは減少するが。
「先輩、前が段々薄くなって行きます!」
喧騒と争乱の中、冷静に茶々丸はそう告げる。
「そろそろか!」
ごくり。ミツルは喉をならして、右手に構える剣の柄を握り締めた。
「ぐあっ、ちくしょー!」
ミツル達のすぐ前に立つプレイヤーが、そんな声をあげて後ろにのけ反り、青く四角い粒子となって霧散する。
サッと視界が広くなる。瞬間、そいつが姿を現した。
シルクのように純白の毛皮を持ち、ルビーか、そうでなければ鮮やかな血か何かのように真っ赤に染まった瞳を左右二つずつの計四つ持ち合わせた、サーベルのごとき長い犬歯のメスライオン。
……いや、そもそもライオンと言われなければ、白いサーベルタイガーにしか思えない。だが一つわかること。それは、
「!? 速っ!!」
凄まじく軽やかな身のこなし。気付けばもう眼前数十センチの所まで飛び上がり、鋭い爪が迫っている。
ガードか? いや、スキルのせいで耐久力じゃ分が悪い。なら避ける? いや、そんな暇ない。頭の中で、思考が堂々巡りする。そして、
「課長危ないっ!!」
茶々丸がとっさに叫んだときには、もうその爪は鼻先まで迫っていた。
刹那、体の中で、何かが大きく脈動した。
するり。右手から剣がこぼれ落ちる。
がしり。左手がライオンの腕をつかむ。
どしん。右足が前に出て、右手が牙をしっかり捕らえる。
空気が、大きく震えた。
「とぉぉぉぉぉりゃゃぁぁぁぁあ!!!!」
ライオンが宙を舞う。四肢を放り出し、放物線を描いて、まるで大地に吸い込まれるように。まるで、いつかのゴブリン軍団のように。
「茶々!!」
ライオンを投げあげた直後、前方をまっすぐ見据えるミツルが呼んだ。
「はっ、はい!!」
思わず動きを止めて見入ってしまった茶々丸が、ビクリと肩を震わせそう返す。
「俺、攻略法わかったかも?」
チラリと後ろを振り返り、ミツルは自慢げな笑みを浮かべてそう言った。
「貢献ポイント第一位は、俺のもんだぁぁ!!」
「あ、ちょ! 課ちょ、じゃない先輩! 抜け駆けはずるいですよ!!」
落とした剣を拾うこと無くそう叫び、またも目の前に躍り出たライオンを軽々放り投げて前進するミツルを追って、茶々丸も前線を押し上げた。
剣と魔法のファンタジーゲームにて、リアルの技能をフルに活かしてレイド戦攻略に名を記した、最初の事例である。
*
「おい、さっきの見たか? なんなんだあいつ……」
「名前からしてジャパニーズなのは確かだが、見ねぇ名前だよなぁ。あんなに強いのに」
「あのライオンどもがあんなにひょいひょい投げ飛ばされるなんて。まだ第一階層だったって言ってもイカれてるぜ」
向こう三度に渡る第一階層でのフェーズを終える頃には、ミツルは一躍有名人になっていた。
無理もない。そこそこ手慣れたプレイヤーでも一、二度のリスポーンが大半で、手負いだけで済んでいる方が珍しい中、彼だけは素手でライオンの群れに突っ込み、ほぼノーダメージで乗り越えたのだ。
もちろん、茶々丸もある程度の援護はした。投げる瞬間無防備になるミツルを守った。だが、だがそれでも……
「先輩、それは流石に無いでしょう……」
茶々丸は深いため息をついた。一体どこの世の中に、この剣と魔法のファンタジーゲームで柔道技を駆使してモンスターを追いやる輩がいると言うのか。それも、柔術スキルも無しに。
「いやー、出来ちまうもんだな、案外。三つ子の魂百まで、ってやつかな」
「少なくともこっちの世界に持ち込まないでくださいそんな魂。……注目を集めて、動きづらくなったらどうするんですか?」
茶々丸の耳打ちに、ミツルは「確かに」と思い直す。あくまでも一般プレイヤーに紛れて調査するのが、二人の役目だ。
「次からは出来うる限り柔道はナシでお願いします、先輩」
「お、おう……すまん」
そう言う茶々丸から落とした剣を手渡され、ミツルはバツの悪そうに、しょんぼりしたように頭をかく。
「……フフッ。そんなしょぼくれた顔しなくても良いじゃないですか」
そんな彼の表情に、意図せず笑みがこぼれてしまう。
「え?」
突然吹き出した彼女に驚くミツル。そんな気の抜けた顔さえ、可笑しくって仕方がない。
……なんとも、面白い調査対象もいたものだ。これが重要監視対象で無ければ或いは――と、思いかけたところで、ダメだダメだと心を元の位置に戻す。
対象に絆されて、痛い目を見たのは自分だろう? あんな失態、もう犯せないんじゃないのか? 茶々丸……優輝は、咄嗟に自分に語りかける。
「ほら先輩。次、行きますよ!」
茶々丸は自分の顔を隠すように、振り返ること無く第二回層への通路を先行して行く。
「……? あっ、ちょ! ちょいまちー!」
おいてけぼりにされたミツルは、必死にその後を追った。