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第19話 難題の続きは強い獅子退治

 白杖を地面に滑らせ歩き、優輝は早々と帰宅する。この生活にも、ずいぶんと慣れてきた。

 一年前、一変してしまった日々。彼女の世界から、痛みだけを残して消えた光。祖父母や両親にも、もう半年以上会っていない。


 靴を脱ぎ玄関に上がった優輝は、家の照明さえ点けずに洗面所で手洗いうがいを済ませると、そのまま狭いリビングのイスに腰掛け、テーブルの上のノートパソコンを開いた。

 鈍く黒い機体の色が、閉めきられたカーテンの隙間から差し込む町の明かりに浮かび上がる。

 起動を待っている間に優輝はカバンの中から白い有線イヤホンを取り出し、ジャックに着けて自身も装着。直後に立ち上がったパソコンに、自然な動きでパスワードを打ち込んだ。


 CHZIYEORDAO02


 ようこそ、と表示され、ホーム画面の無機質な壁紙と、必要最低限のアプリが姿を表す。

 優輝は迷いの無い動きでマウスカーソルをメールアプリに合わせてクリック。一番上に現れた「OVAL」と記されたユーザーに、いつものようにメッセージを打ち込んだ。


《定例報告。今週も対象への作業終了。現状対象に不穏な動き無し。これからも継続して注視する。以上》


 カチリ。真っ暗なマンションの一室に、そんな重く軽い音がした。



 *



「……と言うわけで土曜に連絡した通り、今日は難題クエストの続きをやることになった」


 週明け月曜日。リスポーン地点に(勝手に)設定した九龍亭のカウンター席に腰を掛け、ミツル()茶々丸(優輝)にそう言った。


「了解です。それで、今回はどのクエストに?」


 事前に予期していたその言葉に、茶々丸はこくりと頷いて聞き返す。この相棒感も、ずいぶん板に着いてきた……と思うのは、ミツルだけだろうか。


「今回のクエストは……っと、これだな」


 日曜の午後に先んじて受注していたクエストシートをアイテム欄から取り出して、ミツルは彼女に広げて見せる。

 所々擦りきれ、ボロボロになった羊皮紙のようなその紙切れには日本語でしっかり《難題クエスト:洞窟の獅子を討伐せよ!》と書かれてある。

 タイトルの通り今回も、特定のイベントモンスター退治だ。噂によると、あんな鳥どもとは比べ物にならないほど高難易度らしいが。


「コンセプトから考えて、モデルはやっぱりネメアの獅子ですかね?」

「まぁ十中八九そうだろうな。斬撃系の武器も効かないらしいし」


 ネメアの獅子。かのギリシア神話の英雄ヘラクレスと死闘を繰り広げた、巨大な人喰いライオンだ。

 その毛皮はどんな攻撃も通さなかったため、ヘラクレスは絞め技を使って絞殺したと伝わる。そして死後その魂は天に召され、しし座となった。


「それにしても今回のクエスト、かなり強気ですね……ご丁寧に居場所まで印してありますよ」

「その代わり一日に一回しか受けられない上、クリアすると二度と再戦できない訳だけどな」


 そりゃあ、運営サイドがプレイさせたくなるわけだと、ミツルは少し苦笑する。

 何はともあれこんなクエストとっととクリアして、報告会議の糧にさせて貰うとしよう。


「君ら、なに勝手に人の店で寛いでんの?」

「あっ」


 カウンターの向こうには、ジト目の九龍が石像のように立っていた。


「店の手伝い、してくれるね?」

「は、はい……」

「わかりました……」


 二人の月曜日は、そんな憂鬱から始まった。



 *



「おっはよー。しんちゃん居る?」


 時刻は午前九時半を回った頃。朝礼を済ませてから少し経ったユメミライオフィスビルの二階に、大誠がひょっこりと現れた。


「三浦部長ですか? そう言えば今日は来てないですね。有給かなぁ」


 大誠に突如話し掛けられた研究員は、そう言って困ったような顔を見せる。この様子だと、理由について何も聞かされて居ないようだ。

 今日は渡したいものがあっただけに、大誠は肩透かしを食らってしまった。明日には北海道まで飛ぶ用事があるのに……と、そう思っていたそのとき、オフィスの奥から声がした。


「あー、足立さん。部長は今日は家族サービスだとか言ってましたよ」

「お、ほんと?」


 大誠は思わずサッとそちらを覗く。黒ぶちの四角いメガネを掛けた若い研究員だ。名前は知らないが、信也と良く並んで歩いているのを何度か見かけたことがある。

 その研究員は「ええ」と肯定すると、ニヤニヤ笑みを浮かべながら続けた。


「奥さんと娘ちゃんの三人で遊園地に行ってくるんですって。嬉しそうに園のパンフレットまで持ってきて。一枚要ります?」


 そう言って彼が差し出してきたパンフレットを「いや、大丈夫。ありがとう。邪魔して悪かった」と断ると、大誠は彼に伝言を頼んだ。


「アイツが出社してきたら、俺に電話するように言っといて貰っても良いかな?」

「えぇ、お安いご用です。今連絡しちゃうと、邪魔しちゃいますもんね」

「うん。じゃ、頼んだよ」


 大誠はメガネの研究員にそう念を押すと、エレベーターホールに向かっていった。

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