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第十八話 一難去ってまた一難

「よーし、今日も仕事お疲れ様ー!」


 オフィス後部のベッドルームから出てきた充は、大きく伸びをして隣の部屋の優輝に言う。

 今日は週末金曜日。充はこの後大誠達と飲み会だ。


「お疲れさまです、課長」


 薄い水色のカーテンを開け、白杖をついた優輝もそう答えて外に出る。相変わらずの涼しげな顔だが、今日は少し気分が良いらしい。ほんの少しだが、口角が上がっている。


「今週の午前の土日調査は私がやっておきますね」

「おう、よろしく頼んだ。午後は俺に任しとけ」


 ゲーム内での様子を観察し調査するのが二人の仕事。当然、アクセスの増える土日の調査は欠かせない。その為二人は土日であっても業務がある。

 流石にわざわざ土日に出社するのは面倒なので、ゲーム機自体を自宅に持ち帰る形になるが。

 充も優輝も、それぞれが持ち寄ったバックのなかに機体を詰め込みながら、他愛もない雑談を交わし合う。入社して一ヶ月。お互いの距離感もつかめてきた頃だ。


「課長、今日は飲み会ですか?」


 帰り支度の最中、ふと優輝がそんなことを聞いてきた。


「おう。しんちゃんとだいちゃんの二人と久々の華金だ。なんだったら伊藤もくるか?」


 そんな彼女の質問に、充は少々冗談めかして返してみる。無論、優輝もそれをわかってか「いえいえ、流石にご遠慮させていただきます」と引き下がる。そんないつもの夕暮れ時。


「そいじゃ、帰るか」

「ですね。お疲れさまでした」


 二人はオフィスに鍵を閉め、並んで廊下を歩いていった。



 *



「「「かんぱーい!!!」」」


 いつものメンバー、いつもの居酒屋、いつもの席で、三人はいつものように生ビールの入ったジョッキを打ち鳴らす。


「……ぷぁっ! やっぱ週末に飲む酒はうめぇーわ!」

「ほんとそれなぁー」

「やっぱ日本で飲む酒はちげぇーぜ!」


 ジョッキを大きく傾けて、白い泡で髭を作りながら三人はケラケラ笑う。こうなってしまうと、もう何もかも楽しくなる。


「おー、そういやだいちゃんはアメリカ帰りか。お疲れちゃん。向こうの酒はどうよ?」

「ぷっ……だいちゃんお疲れちゃん……!」

「あーあ、しんちゃんまーたツボっちまった。いや、向こうの酒はぬるくて敵わんな。酒はこうやっぱ、キンッキンじゃねぇと」


 そう言いながら大誠はまたジョッキをあおり、砂ずりを口へ放り込む。「あー、まぁ文化が違うからなぁ……」と相づちを打つ充も、ビール片手にネギマを串ごとかじりつく。一々串から外すのはもはや面倒だ。そもそも、気を遣うような相手ではないし。


「ほんと、もう当分アメリカは行きたかねぇな。ろくな目にあわん」

「あら、酒以外で何かあったの? リーさんとかニカ(パイ)にもあえたんだろ?」

「やー、実はだいちゃんねぇ……」


 大誠にそう聞く充に答えたのは、複雑な面持ちの信也だった。信也はそのまま、大誠からされたのとおなじ話を充に語る。


「あれま、そりゃ災難だったな」


 話を聞いた後、充の口から飛び出したのはそんな言葉だ。


「クニヒラ長官としちゃ、フルダイブ技術を使った実践的な訓練で手早く強い兵隊を作って、自分の立場を誇示したいんだろうなぁ」


 事実、クニヒラは現在のアメリカ政権でも指折りの有力者として知られている。その上軍部、アジア系住民からの支持も厚い。


「中間選挙も難なく逃げ切れたグリーン政権の後釜でも狙ってんでしょ。現に()()のときも、率先して草案作成してたし」


 充の言葉に、信也も重ねる。

 時を(さかのぼ)ること実に五年前、日本はアメリカ他数ヵ国との間で合意文書に調印した。

 第二次プラザ合意などと呼ばれるその会談で主題に上がったのはフルダイブ技術の今後について。

 新冷戦の風が吹く最中、アジア圏での結束と影響力をなんとしてでも維持したいアメリカは日本が主導するマニラ条約機構加盟国全てとの間に、フルダイブ技術の共有と足並みを揃えた研究を打診。アメとムチとを使い分け、結果見事合意に漕ぎ着けた。

 しかし、共同体の更なる結束と、アメリカの威信誇示の引き換えに技術共有を強制した。そう考える研究者も日本には少なくない。

 大誠も、その一人だ。

 そしてそんな不満の矛先が向くのは、アメリカのグリーン大統領と、条約機構設立の父である源総理。二人の蜜月は、世界でも良く知られるところだ。


「あれだって要は、日本の抜け駆けは許さねぇぞって話じゃねぇか。お陰でヨルムンガント・オンラインも、向こうのE・F・Oとの同日発売になったし」


 大誠な苦々しげな顔でそう話す。調印式にはユメミライ側代表として大誠も、社長の繁と共に参加し判を押した。さぞ、屈辱的だったに違いない。


「お陰で世界をぐるっと一周できるようなサーバー通信網が完成したのは事実なんだけどねぇ」

「国際社会での日本のメンツも立ったしな。自衛隊の方も、防衛装備庁経由でフルダイブ導入について打診が来てるだろ?」

「俺は反対だけどな」


 充の質問に、大誠は頬杖をついてそっぽを向く。信也はそんな様子に苦笑い。こういう話になるとついつい意見が合わないのは、もはや性分と割り切るべきか。


「……あ! そうそうところでさ、みつるんこの前難題クエクリアしたろ?」


 気まずい空気が流れたところで、とっさに信也が話を変える。意見の相反する二人の緩衝材になってくれる信也の存在が、このときほどありがたいことはない。


「そういや画像送られてきてたな。あの鳥、厄介だっただろ?」


 信也の話に、大誠も先程とは打って変わって明るい顔で話に乗る。


「ホント、伊藤がいなけりゃ延々森を渡り歩いてマラソンするところだった……オマケに毒フン地雷までばらまくとか」

「まぁあれ考えたの俺なんだけどねぇー」

「てめぇ痛い目見せてやろうか」


 悪びれる様子もなくそう言い放つ信也を軽く小突いて、充は笑ってそう言った。


「んで、それがどうしたよ?」

「難題クエ、もう一個やらんかね?」

「はぁ!?」


 華金に賑わう飲み屋街。充の叫びは、夜の喧騒に飲まれて消えた。

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