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第1話 幼馴染みと華金を

 フルダイブ技術が発明されて、およそ七年が経つ。遥か極東の小さな島国の片隅で、人々は新たなる世界の訪れを確信した。

 視覚や聴覚だけでなく、触覚、嗅覚、味覚に至るまで、その五感全て(フル)を電脳世界に没入(ダイブ)させる夢の技術。世界は、変化のときを、受け入れようとして居る……



 *


 ――日本国・東京都・某所居酒屋


「えー、こほん。それでは、幼馴染み三人の久々の華金(ハナキン)を祝して……」



「「「かんぱーい!!!」」」


 生ビールの入ったジョッキ達が、盛大な音を立てて打ち付け合う。キンキンに冷え、冷気を上げたグラスから白い泡が溢れる。


「おーっとと……もったいね」


 慌ててそれに口をつけるのは、先程音頭を取った男。

 痩せぎすとまではいかないものの、かなり細身で、眉間と、身につけた白衣にはシワが寄っている。彼の偏頭痛と無精さは、昔からなのだ。


「あんま急いで飲むと、頭キーンってなるぞ? だいちゃん。お前は特に雑魚いんだから」


 三人組のもう一人、車椅子に乗った男がそう彼を嗜める。

 それほど大きくない身長に、下ぶくれじみた色白の丸顔と、耳を覆い隠すさらさら黒髪ボブカットに中性的な声、そして白いニット服のお陰で、とても男には見えないが。


「……しんちゃん、もう手遅れだ」


 いてててて……と言いながら額に手を当てて天を仰ぐ白衣の男――足立大誠(あだちたいせい)。そしてそんな彼を見て、


「アホかお前は……ほら、冷奴でも食って落ち着け」

「そそっかしいのは相変わらずだなぁ……ほれ、お冷やでも飲め」


 残る二人が一斉に攻撃を仕掛ける。


「……お前ら追い討ち掛けようとしてね?」

「はて?」


 相変わらずの悪い目付きで追求する大誠に対し、冷奴を差し出した車椅子の男――三浦信也(みうらしんや)がそうとぼけ、首をかしげる。


「なんのことやら?」


 お冷やを差し出した、この中でもっとも特徴の無い男――北条充(ほうじょうみつる)も、それに便乗する形だ。

 全く同じ表情、ポージングを取り、大誠を二人でいじり倒す。幼稚園の頃から変わらぬ、三人組のいつものノリだ。


「この外道どもがぁ……」

「なんとでも言え!」

「正義は勝つのだ!」


 忌々しげに二人を睨む大誠を横目に、二人はすっかり出来上がった様子で大笑い。ジョッキ半分でこの調子とは、いささか先が思いやられる。

 かくして、日頃の疲れを癒す三人の飲み会が今、始まったのである……




 そして、開始から三時間が経過した。


「うぇっ……ユニコーンが三頭、タップダンス踊ってるぞぉ」

「おぃだいちゃん……おへもそこにまぜれぇ……」

「こらこらしんちゃん、そんな突っ込みずらい酔い方するのやめなさい。それとだいちゃん、間違っても次のアプデでそんなの実装すんなよ?」


 テーブルを席巻する大量の空きグラスの隙間を縫うように大誠と信也が突っ伏し、うわ言を呟く。顔から指先まで、火を吹くように真っ赤だ。

 驚くべき点は、信也と共に真っ先に出来上がった充が唯一正気を保っていると言うところ。

 ほろ酔いから泥酔までのセパレートが長いのが、今のところ彼の唯一の特徴だろう。


「全く、これだから貧弱研究員共は……」

「「うるせぇ……左遷された窓際役人風情が」」

「なんで酔いつぶれてんのにそんなに息合うんだよお前ら」


 親友の絆と言う奴は、相当堅固なものらしい。だが今この瞬間だけは、それが妙に腹立たしい。


「「まーどぎわっ! まーどぎわっ! 万年閑職雑魚官僚ー!!」」


 しまいにはこの二人、調子良く手拍子まで加えて歌いはじめた。端から見れば全くめでたい男達だが、当事者たる充にとってみればたまったもんじゃない。


「ええぃくそったれ! 店員さん、角ハイ(角ハイボール)!! この店でいっちばん良い銘柄のスコッチウイスキーも!!」

「はーい!」


 怒り心頭の充はスッと席を立ち上がり、側にいた店員さんにそう注文。高校生のバイトだろうか。若いお姉さん店員は明るい笑顔で厨房に駆けていった。


「おぉー? そんなにお高い酒注文して大丈夫なんですかぁー? ヒック」

「見栄張んにゃってぇーみつるん。お金、にゃいんだろぉー?」


 水揚げ後の深海魚のようにテーブルに突っ伏し、口々に充を煽る大誠と信也。しかし、そんな二人に向かって彼は、ニヒルに笑ってこう返した。


「なぁ……富の再分配って、知ってっか?」

「なっ……」

「お前、何を……」


 一気に酔いが覚めたように目を見開き、顔を上げる二人。そんな彼らに、充は毅然とこう告げる。


「お金の無い俺の代わりに、お金持ちのお二人さんがお支払する……まさか君たち、貧乏人から金をむしり取るようなことしないよねぇ?」


 まるで勝ち誇ったように、地べたを這いずるウジ虫を嘲笑うように、男は彼らを見比べる。


「みつるん……お前こそ真の外道だ」

「……第一みっちゃん、お前国家公務員だろ? しかも自衛隊から出向してきた総務官僚。対して俺らはフルダイブ技術の研究員。総務省の管轄だろ? これ賄賂になるぞ? 捕まんぞ?」


 そんなカス外道()に対し、心からドン引きする信也の横で、大誠は冷静に彼をそうなだめる。だが充の返答は、そんな彼の予想すら遥かに凌駕する、壮絶なものだった。


「俺、もう国家公務員じゃ無いんだ……」


 話は、数時間前までさかのぼる。

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