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第8話:キリアス

 結局大きく回り道をすることになったが、日が沈みかけた頃には王都近圏であることを示す砦まで到着することができた。フェアリーゼは既に御者台から籠の方へと戻っている。


 砦の下、俺たちの前方でカイエルが門番の兵士と何やらやりとりを交わす。兵士の一人が籠の中を確認し、敬礼の姿勢を示した。そして、馬に乗った兵士が王都へと向かって駆けていった。多分、フェアリーゼが帰ってきた事を示す早馬か何かだろう。


 俺たちは王都へ向かって再び進み出す。


 フェアリーゼから聞いた話だと、王都は城壁に囲まれた都市部と、その周囲で砦に囲まれた近圏から為るらしい。都市部には約1万人が居住しているとのことだ。


 王都近圏に入り、家屋がぱらぱらと見えてきた。見る限りでは、倒壊というような致命的な被害を受けている建物は無いようだ。ノーラ村からは半日程度の旅程だから、移動した距離は50~100kmってところだろうか。この程度離れると地震の影響は大分変わってくるのだなあと思った。


 道の脇には畑や水田なども見え、葉っぱやまだ青い稲なんかがところ狭しと並んでいる。


 ――ん、稲!?


 ってことは、この世界にも米があるってことか。よっしゃあ。

 しかし、考えてみると昔は米は貴重品だったと聞く。穀物としてはあわなんかが主流だったんだっけ? そうすると、この世界でもやはり高級品って可能性が高いのか。


 しかし日本男児(女子もか)たるもの、米を食わねば力は出ない。ここは何としてでも常食にしたいところだ。そのためにはお金が必要になる。ってことは、だ。やっぱり「発明王計画」を本気で考えなければならないんだろうか。


 いやいや、ここは全く知られていない世界での経験を利用して作家なんてのもアリか。あるいは、音楽家ってのも可能性がありそうだ。学校での知識を利用して学者……ってのは稼げる職業ではないか。多分。


 それにしても……腹減った。こっちに来てから、一食あたりの量がとても少ないことには少々参っていた。育ち盛りは過ぎてきたとはいえ、こう続くとさすがに酷というものだ。フェアリーゼは見るからに小食そうだからいいのかもしれないが、カイエルとアレクはよく持つよなあ。体重に悩める現代人を連れてきたら一発でダイエットできるんじゃねえの?


 そんなことを考えたりあれこれ妄想したりしているうちに、城壁が見えてきた。


 結局、城での俺の扱いは「学者」ということになった。学者として教養を振りまくため、城に客人として滞在するとのことだ。


 この世界の科学水準を推察するに、中世ヨーロッパに例えると12世紀~15世紀相当であるように思えた。まあ、あくまで推察であって、その時代に存在しない技術がぽこっと存在しちゃってたりする可能性はあるのだけれど。魔法の関係もあるし。


 一方、俺が学校で勉強してきた物理生物化学(かなり趣味も含む)は18世紀~20世紀の知識だ。ハッタリをかますには十分だ。ただ理系科目でも数学だけは微分積分法が早々に発見されていたりするから、多分通用しないんだろうなあ。


 普通だったら高校1年の段階で知っている内容ではないのだが、そこは中高一貫の威力というものだ。うん、理系科目嫌いじゃなくて良かったぜ。


 城壁をくぐり都市部に入ると、石造りの建物がこれでもかという程に密集した光景があった。入る前、遠目に見て城壁の直径はせいぜい2~3km程度のようだったし、そこに1万人が居住するとなると相当に過密な状態となるのだろう。こりゃ伝染病なんか発生したら悲惨なことになるわけだ。


 夕暮れだが人通りはそこそこで、そばに寄るとほとんどの者がこちらを振り向く。王都とはいえ、こんな物々しい御車はやはり珍しい存在なのだろうか。ふと、普段フェアリーゼが城下に出たりすることってあるんだろうかと思った。


 そして道路の向こう側に、民家の数倍の高さはあろうかという石造りの荘厳な建物が見えた。王宮に違いない。


 更にしばらく進み、馬車は王宮を取り囲む川のほとりに出た。川には大きな吊り橋がかけられていて、そこを通して行き来するようになっているようだ。王宮の周りには草花が茂り、広葉樹らしき木々が整然と並んでいる。


 吊り橋の上に兵士たちの一団があった。その中央に、軽装鎧をまとった金髪癖毛の青年の姿があった。年の頃は二十代前半といったところだろうか。目と口角はつり上がり、お世辞にも好感が持てるとは言い難い笑みを浮かべている。


 その正面で馬車は止まった。そして、集団の奥からかしこまった服装の女性が数名出てきて籠のそばへ小走りに近づき、扉を開けた。侍女というやつだろうか。


「お疲れ様でした、フェアリーゼ様」


 その一人が言った。カイエルとアレクは馬を下り、一歩離れた距離に立っている。


「すみません、肩を貸していただけますか」


 フェアリーゼが侍女に言った。肩を借りて、籠から降りる。


「お帰りなさいませ、フェアリーゼ様」


 金髪の青年がフェアリーゼのそばに歩み寄り、両手を広げて言った。


「出迎えご苦労様です、キリアス」


 しかしキリアスと呼ばれた青年は眉をひそめ、たずねる。


「その足、どうなされました?」

「昨日の地震の際に転んでくじいたのです」

「……ふん」


 キリアスが鼻を鳴らし、腕組みをした。しばし沈黙が流れ、言う。


「カイエル」

「は」

「兜を取れ」


 カイエルはキリアスに言われたとおり、兜を取る。キリアスが一歩カイエルに近づいたかと思うと、その拳でカイエルの顔面を殴りつけた。勢い、カイエルは吹っ飛ばされて尻餅をつく。それを見て、フェアリーゼが口を手で覆った。


「カイエル!」

「フェアリーゼ様は黙っていてください。――カイエル、貴様がついていながら何だこのザマは」

「――は、申し訳ございません」

「ふん、これだから下民出の者は。降格も覚悟しておくんだな」


 キリアスの言葉に、カイエルはただじっと耐えていた。


 殴られたカイエルの口元には血が糸となって流れていた。吹っ飛ばされる程の衝撃なのだ、口の中を切ったのだろう。歯が折れたりしていなければいいのだが。


 俺はそのやり取りを見ていてやるせない気持ちになってきていた。フェアリーゼの怪我がカイエルの不手際だと言われ責められることは、仮に百歩譲って仕方ないとしよう。しかし殴られ、あまつさえいわれのない罵倒を受けるようなものなのか?


 俺は御者台を降り、キリアスに言った。


「おい、ちょっと待てよ!」


 俺の声にキリアスがこっちを向き、なめ回すように見る。


「何だ貴様は」


 誰何の声をあげる。しかし俺は答えずに、続けた。


「カイエルさんが殴られるほどの不始末をしたかよ。どう考えたって不可抗力だろ!」

「不可抗力?」

「ああ」


 俺の言葉に、キリアスが鼻を鳴らした。


「不可抗力などというものは存在しない。いかなる状況であろうと、それを予測し守るのが従者のつとめだ。言い訳は許されない」


 なんだって……?


「ふざけ――」

「お止めなさい!」


 俺が言いかけたとき、フェアリーゼが横から制止してきた。


「フェアリーゼ様、この者は?」

「旅先で知り合った学者の方です。見聞を広げていただくため、王宮にお招きしたのです」

「学者――こんな若造が?」

「ええ」


 キリアスはまた鼻を鳴らした。


「学者風情が、出過ぎた真似を。虚業で人々を幻惑する痴れ者が」


 キリアスが俺の胸ぐらをつかんできた。


「フェアリーゼ様に目をかけていただいたからといい気になるなよ。貴様らなど、王の支援が無ければ食うことすらままならない穀潰しだと知れ」


 俺はいい加減我慢の限界に達しようとしていた。俺個人が罵倒されるのならまだ我慢のしようもある。しかし難癖や身分職業の蔑視など、こいつの言い方にはあからさまに見下したような差別感情が感じ取れる。俺はそういうのが大嫌いなのだ。


「この、さっきから――」

「リュウ!」


 俺はフェアリーゼの声に言葉を止めた。


「これは私たちの問題です! お前の与するところではありません! 下がりなさい!」

「――っ!」


 俺はフェアリーゼが声を張り上げるのをはじめて聞いた。悲鳴とかそういうのは聞いたことはあるが、それとは違う、明確な"自分の意思"としての叫びだ。


 それだけに、俺はショックだった。心のどこかでフェアリーゼは自分の味方をしてくれるのだろうと期待していた。しかし、実際にはそうではなかったからだ。俺を叱責する強い言葉。


 どうして、こんな性格が最悪な男なんかの味方を――


 俺はしばし、呆然としていた。信じていた者に裏切られたような、そんな錯覚すら覚えさせる。


 呆けている間に、キリアスとフェアリーゼは俺に背を向けて、ゆっくりと王宮の方へと歩いていった。


 そして一瞬、フェアリーゼの横顔が俺の方を向いた。その表情は悲しそうな、切なそうな、どこかやるせないものだった。


 俺を叱責しておいて、どうしてそんな悲しそうな顔を――


 ――そうか。


 気づき、俺は自分の思い違いを心から恥じた。


 フェアリーゼはキリアスの味方をしたのではない。俺を助けたのだ。俺があのままキリアスに突っかかっていれば、立場がどんどんと悪くなったことだろう。そしてもしもフェアリーゼが俺の味方をすれば、それはキリアスの敵愾心を煽るだけだ。だからフェアリーゼは俺を制止しようとした。


 もう一つ、手がかりがあった。


 フェアリーゼは俺のことを「あなた」じゃなく「お前」と言った。フェアリーゼの性格からして、人のことを「お前」などと呼ぶとは考えにくい。だからあれはフェアリーゼとしての言葉じゃなく、第一王女としての言葉だったのだろう。


 そう思うと、一瞬でもフェアリーゼを疑ってしまった自分がたまらなく情けなく思えてきた。これまでの全てを否定するようなことを思ってしまった自分が。


 同時に、フェアリーゼの辛さも感じ取っていた。


 あの優しいフェアリーゼが、俺を傷つけるかもしれないと知りながら叱責してきたのだ。その言葉は自分自身を傷つけないはずがない。あのやるせないような表情が全てを物語っている。


 結局、俺はフェアリーゼを傷つけてしまったのだ。


「リュウ殿」


 落ち込む俺にカイエルが声をかけてきた。


「気を落とさないでくだされ。きっと、リュウ殿の身を案じてのことです」

「……ええ、分かってます」


 俺は項垂れた。


「俺、自分が情けないです。一瞬でもフェアリーゼを疑って、傷つけて――」


 独白する。


「あとでフェアリーゼに謝っておきます」


 できることなら、できるだけ、早く。

 このまま、フェアリーゼを傷つけたままでいたくなかった。

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