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第6話:思惑

 窓から漏れさす陽光が意識へと割り込んでくる。気怠さの中、俺は目を覚ました。

 寝ぼけ眼をさすり、大きく伸びをする。外出着のまま寝てしまったから、身体の節々が痛むというか、どうにもさっぱりしない。


 結局、昨晩は寝付くのに随分と時間がかかったような気がする。隣ですやすやと眠るフェアリーゼを否が応でも意識してしまっていたからだ。そんな寝顔は可愛いなんてレベルじゃなくて、「この野郎人の気持ちも知らないで」とか思ってしまうぞ。


 ……シチュエーション的には美味しすぎるけどさ。


 しかし男性的な欲求とは別の意味で、フェアリーゼがそばにいてくれたのはありがたかった。見知らぬ土地での最初の夜、一人でいたらどんどんと悪い想像ばかりが膨らんで、押しつぶされそうな中で歯を食いしばってなきゃならなかっただろうからだ。


 と、ふと横を見るとフェアリーゼはいなかった。もう先に起きて部屋を出て行ったのだろうか。とすると、一体自分はどれだけ寝ていたのだろうか。まさか自分を置いて出発してしまったのでは――そんなことは無いだろうと思っても、不安になってくる。


 俺は手櫛で寝癖を落とし、着崩れた上着を直して部屋を出た。


 階段を下りて一階のロビーに出ると、昨晩とは違って人影はまばらだった。ロビーは受付の他に、元の世界で言う喫茶店のような作りになっていて、数人の客が席について食事を取っている。しかしその密度から行って、今が食事時とは思えなかった。とすると、かなり寝過ごしたのか。


「おや、起きてきましたかな」


 言われた方を向くと、席に座ったカイエルの姿があった。――って、兜を取ったカイエルって黒のロンゲだったのかよ!

 こりゃびっくりだ。茶髪にしてサングラスかけて湘南あたりをうろつけば立派なサーファーだぞ。

 

「おはようございます」


 俺はカイエルの対面に座った。


「昨晩はよく眠れましたかな?」


 言われ、俺はドキリとした。いや、別にやましい気持ちがあるわけではないのだ。ちょっとフェアリーゼと一緒に寝たというだけで、彼女には何も手出しをしていない。


 ……一緒に寝ただけでやましい出来事だってツッコミは無しの方向で。


「フェアリーゼはどうしたんです?」


 朝から姿を見ないので、聞いてみる。


「大分前に起きていらっしゃいましたが、アレクの付き添いで今は医者に診てもらいに行っておりますよ」


 アレクとは、もう一人の騎士だ。カイエルより若く、無口な印象がある。


「医者に?」

「ええ。足の怪我が酷くなっておられたので」


 ったく、無理すんなっつったのに。


 どうも、あのお姫様は他人のこととなると無理をする傾向があるようだ。多分、昨日も痛いのを我慢して手伝いをしていたんだろう。俺も俺で自分の仕事に没頭していたわけなのだが、気付いてやれなかったというのは少し情けなく感じていた。


 っていうか、ひょっとしなくても俺のせい?


「どのくらい酷いんですか?」

「ほとんど歩けない程です。地震で人的資源も不足しておりますから、姫様も最初は行かないと駄々をこねておられましたが、アレクに無理矢理引きずって連れて行かせました。将来を担う御身、万一にも後遺症など残してはいけませんからな」


 そんなカイエルの物言いに、俺は可笑しさを感じていた。フェアリーゼに対する敬意は確かに感じるのだが、駄々をこねるだとか無理矢理引きずるだとか、臣下の物言いとしてはミスマッチというか何というか。


 話していると、ウェイトレスらしき女性がそばにやってきて水を置いた。


「何かお召し上がりになりますか?」


 訊ねられ、カイエルがバゲットとオニオンスープを二つ、注文する。俺は気になって壁に掛けられたメニューを見てみる。半分以上に「×」が付けられ、更に値段にも訂正が入り、通常価格の数倍になっている。地震の影響で物資が高騰しているのだろう。


「ところで」


 カイエルが俺の方に向き直った。俺は喉が渇いていたので、コップの水に口を付ける。


「昨晩、何か過ちを犯したりはしていないでしょうな?」


 ぶっ、と俺は水を吹きだしてしまい、危うくテーブルを汚すところだった。

 あ、過ち!? っていうとあれですか、カイエルは俺がフェアリーゼを傷モノにでもしたりしたんじゃないかと疑ってるわけですか?


 なんでカイエルが知って――って、ひょっとして部屋の外で見張りをしていたのか。万一にも暴漢が入ってこないとも限らないだろうし。とすると、フェアリーゼが俺と同室だったことも知ってるわけか。しかし、それをあっさり許すものなのか? この世界の常識は知らないが。


 だがしかし実際のところ、俺に後ろめたい部分は全くない。まあお姫様抱っこだの同衾だの端から見ればキャッキャウフフかもしれない程度のことはやったが、天地神明に誓ってやましいことは何もしていないと断言できる。


 ……俺が寝ぼけて変なことをしていなければ。自信ねえなあ。お触りの一度や二度くらいはしてそうだ。


「何もしていません」

「本当に?」

「はい」


 断言する俺の瞳には一点の曇りも無いはずだ。しばし沈黙が流れ、カイエルが深いため息を吐いた。


 俺は改めてコップに口を付ける。


「……過ちでも起きていれば良かったのですがな……」


 今度はブハァと吹きだした。

 ちょ、ちょっとまてオッサン、一体何をのたまうか!?


 過ちが起きていれば良かった、って、要するに俺とフェアリーゼが、その、深い仲になっていれば良かったって事だろ? 一国のお姫様が、そんな簡単に抱くの抱かれるのされていいものなのか? それとも、価値観が全く違うとでもいうのか?


 あーもう、訳分からん!


「……そもそもカイエルさんは、俺が無理矢理……その……過ちを犯してしまうんじゃないかとは思わなかったんですか?」

「もしもの時は姫様をお助けする心づもりでしたとも」


 まあ、多分部屋の前で耳をそばだてていたのだろう。無理矢理事に及ぼうとしたりすれば、室外にすぐ音が漏れただろうし。叫べば一発だ。


「しかし、合意の上であればそれは姫様の望み。止めるつもりはありませんでしたとも。……まああの姫様ですから、大瀑布が逆流するよりもありえなかったことだろうとは思いますがな」


 半分は分かった。しかし、抱かれればいいなんていう話には結びつかないぞ。


「だからって、過ちが起きていれば良かった、ってのは……それに、自分で言うのも何ですけど、どこの馬の骨とも知れない奴ですよ?」


 天上人設定なんかもうどうでもよかった。そう言うと、カイエルが軽く笑った。


「まあ、私どもからすれば馬の骨かもしれませんな。しかし昨日の振る舞いを見て、信じるに足る人物なのかもしれないと私なりに感じたのです。一応、警戒は緩めませなんだが。それと――姫様がリュウ殿と話しているとき、随分と表情が朗らかだと感じたのですよ」


 あ、やっぱり天上人設定信じてない。


「リュウ殿は姫様を単なる深窓の令嬢と思うかもしれませんが、人を見る目は確かで、欺瞞などはたちまちに見抜かれます。私はその慧眼を信じることにしたのです」


 王族ともなるとやっぱり顔色伺いも多いわけで、その中で利用するのされるのってのもあるんだろうな。そんな中でフェアリーゼは人を見る目を得た訳か。しかしそれって自分の身を守るためであって、なんだか悲しいよなあ。

 

「それに、姫様にはもっと自由になっていただきたかった。リュウ殿も分かるでしょう。あの性格ですから、何でも背負い込もうとしてしまう。姫様が他の者の幸せを願うように、我々も姫様の幸せを願っているということは分かっていただきたいのです」


 俺は黙って頷いていた。


「過ちでも起きればいい、というのは――」


 言いかけて、口ごもった。


「私が言葉を並べるよりは、リュウ殿がご自身で王宮で確かめてくだされ」


 カイエルは多くを語らなかった。しかしその口ぶりからすると、フェアリーゼが何か辛い立場に置かれている事がうかがえる。王族ともなれば、厄介なしがらみもあるのだろう。


 しかし、俺に何ができるのだろう?

 異世界人というだけで、何の力もない。地位もない。そんなストレンジャーが、どれほどのことをなせるのか。


 分からない。


 分からない、が――


 友達が苦しんでいるのなら、放っておくことはできない。自分に力が無いのなら、力を得るため努力する。なせるべき事をなす、じゃなくて、なせるようになる、だ。

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