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第4話:大地の爪痕

 馬車に揺られながら、俺はフェアリーゼからこの世界について教えてもらっていた。


 まず、この世界はエウリクと呼ばれていて、大きく神聖領・人治領・魔人領に分けられるということ。エルシュトラウム王家が治めるラルファート国が属するのは人治領で、最も戦争の多い領域であるらしい。


 そして文明水準は元いた世界よりは遅れていて、やはり蒸気機関や電気というようなものは存在しない。従って、それに付随する様々な便利アイテムも無いはずだ。


 と言われてみて、それじゃ俺発明家になれるんじゃね? とか思ってしまった。中学の知識で電気の仕組みなんかは分かっているし、多分ダニエル電池くらいは作れる。頑張れば鉛蓄電池あたりもできるかも? 更に魔法を組み合わせれば、元の世界に無いものだって作れるかもしれない。ってことは、「この世界にはまだ無いもの」を作って売れば億万長者も夢じゃない!?


 ――ま、暇なときにでも考えてみよう。今はそんなことをしている場合ではないのだし。


 それと、魔法のこと。まず魔法は「デバイス」と呼ばれるものを介して発動させるものだということだ。デバイスは自動型と随意型に分けられ、自動型は使用者の魔力無しに効果を発動できる。ちょうど今つけてる翻訳指輪がそうであって、動力はエナジーストーンから供給される。随意型は使用者が魔力を注ぎ込むことで発動するもので、規模の大きい魔法が該当するらしい。


 ちなみにエナジーストーンとしては、高級なものとしては宝石が、安価なものとしては銅などの鉱物が挙げられるらしい。石に魔力を注入することで使える状態になるのだという。「魔力注入業」なんて仕事もあるんだとか。儲かるのかなぁ。


 あと、元の世界に比べて異質なものとして、やはり魔物の存在が挙げられる。図体も知能レベルも戦闘能力も様々だが、人間にとって驚異となる存在も少なくないのだという。


 細かい話は色々とあるのだが、ざっとこんなところだろうか。


 一つ気になったのは、お姫様が外出するのにお供二人程度で大丈夫なのかよ? ということだ。しかし聞いてみると、このオッサン達は王国でも凄腕の騎士らしく、有象無象の連中が束になってかかってきたところで不安はないのだという。


 更に、この御車自体に結界魔法と気配封印の魔法が施されているらしく、そう簡単に第三者が察知することはできないのだとか。便利なものもあるんだなあ。


「ノーラ村が見えてきました。今日はあそこで宿を取りましょう」


 と、髭の騎士――カイエルが言った。


 空は既に二つの太陽が山の裏側に沈み、真っ赤な夕焼けが広がっている。時折鳥の群れがキィキィという鳴き声と共に飛び交い、何とはなしに寂しさを与えてくれる。


 村に近づくと、遠目にも地震の被害を受けていることが見て取れた。建物は程度の差はあれどダメージを受け、中には完全に潰れてしまっている家屋もある。


「ひどい……」


 フェアリーゼがそんな言葉を漏らした。


「これでは休むどころではありませんな」


 カイエルが言う。


 村の門をくぐると、憔悴した人々が路地にたむろしていた。怪我をして座り込む者、倒壊した自宅を見て呆然とする者など、様々だ。瓦礫の中に人が取り残されているのか、数人の男たちが瓦礫を持ち上げようとしている姿も見える。


 ここまでの惨状ではないが、実は以前に同じような光景を目の当たりにしたことがある。養父の実家に行ったとき、大地震に巻き込まれたのだ。そのころまだ中学生だった俺は何もすることができず、ただ壊れた日常の中で嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。


 そんな自分を、時折激しく後悔することがある。何もできないことと何もしないことは違うからだ。何もできないとしても動けば何かが変えられるかもしれないし、何より自分の中での整理の付け方が変わってくる。


 二度と、そんな後悔はしたくないと思った。


 だから俺は、御者に「ちょっと待って」と言って、瓦礫を持ち上げようとしている人々のところに駆け寄った。カイエル達が馬を止める。


「手を貸してくれるのか、ありがたい!」


 村人の一人である青年が言った。

 

 俺は空いた場所に位置取り、瓦礫を持ち上げる用意をする。せーの、のかけ声に合わせ、俺は手に力を込めた。すると瓦礫は数十センチほど浮かび上がり、一人がその隙間に手を突っ込んで中の人を引きずりだした。


 成功だ!


 人々の間で拍手が起こる。助け出された人は外傷こそあるものの、命に別状は無いようだ。


「いやあ、助かったよ。あんた、見かけによらず力があるな」


 笑って青年が言った。


「いや、それほどでも。何にしても、助かって良かったよ」


 と俺が言うと、青年は小首を傾げた。


「……すまん、何を言ってるのか分からないんだが」


 誰かが服の袖を引っ張ったので振り向いてみると、俺の隣にはフェアリーゼがいた。


「指輪に意識を向けて『マリクト』と唱えてください」


 それが何を意味するのかが分からなかったが、俺はフェアリーゼの言うとおりにした。


「これで『発語』の魔法が有効になったはずです。ただ、話すときの違和感は大きいと思いますが……。魔法を止めるときは『レクト』と唱えてください」


 ああ、そうか。"解語"の効果は自分が解釈するだけで、他人に喋るときは効果が無いわけか。で、村の人たちは解語の魔法を持っていない、と。


「あーあー、もしもし、通じてる?」


 と俺は青年に話しかけた。すると、意識した言葉と実際に言葉として出た音とが完璧に乖離して、凄まじい違和感となって襲いかかる。うげぇ、こりゃ確かに奇妙奇天烈すぎる感じだ。フェアリーゼが言っていたのはこのことか。だから不要なときは魔法を止めたりする必要があるわけだな。


「ああ、通じてる。大丈夫だ。ところで、そちらの御方は?」


 青年がフェアリーゼを指して訊ねてきた。俺が答えるべきじゃないと思ったので、フェアリーゼの返答を待つことにする。


「えっと……」


 フェアリーゼが口ごもる。


「ただの、通りすがりの町娘です」


 予想外の返答に、俺はズッコケかけた。村人達も呆気にとられた様子できょとんとフェアリーゼを見つめている。


 ……あのなあ。自分の格好考えろっての。どっからどう見ても偉い人だろうが。

 せめて「通りすがりの旅人」とでも答えればいいものを。


「は、は、分かりました、通りすがりの町娘様。村はご覧の通りの有様でおもてなしをする余裕はありませんが、どうかお許し下さい」


 青年が言う。ほら見ろ、嘘だって完璧にバレてんじゃねえか。


「なあ、フェアリーゼ」

「何です?」

「今夜はこの村に滞在するんだよな? だったら俺、少し見て回って何かできることがないか探そうと思うんだけど」

「私もご一緒します」

「いいのか?」

「もちろんです」


 フェアリーゼが微笑んだ。


「ところで、足の方は大丈夫なのか?」


 ふと気になる。洞穴ではほとんど走れない程度にひねっていたみたいだし、完治するほどの時間は経っていないはずだ。


「ええ。ゆっくり歩く程度でしたら、なんとか大丈夫です」

「そっか。無理すんなよ」

「はい」


 あんまり無理してほしくない気もするが、まあこればっかりはフェアリーゼの意思だしなあ。


「それでは、私どもも手伝いましょう。それと寝床を探しておきますが、最悪御車で一夜を明かすことになるかもしれませぬ。ご辛抱下さい」


 と、カイエルが言ってきた。


「構いません。よろしくお願いします」


 そうして俺たちはノーラ村で何かできることを探すことにした。村の中央部にあるモニュメントを待ち合わせ場所に、カイエルを別行動にして二手に分かれることにした。


 俺はもっぱら、瓦礫に潰された人の救助にあたった。このような場所は一箇所や二箇所ではなく、村の至る所で発生していたのだ。助け出せた人もいたが、既に事切れていた人もいた。人の死に触れたのははじめてではなかったが、それでもやるせない気持ちが胸を刺す。


 フェアリーゼは怪我人の手当なんかをやっていた。フェアリーゼの手当は手慣れたもので、みるみる間に怪我人の列がさばかれていく。手当が一段落すると、今度は炊き出しの手伝いをしていた。これまた慣れた手つきで料理をしているので、正直俺は驚いていた。何というか、王族ってこういうことは得意ではないっていう印象が強かったからだ。


 やがて日も沈み暗がりが辺りを満たす頃には、助けを求める人は見あたらなくなっていた。元々大きな村ではなかったこともあるが、俺が入るとなぜか瓦礫が上手い具合に持ち上がるのだ。そのたびに力があるなと言われるのだが、なぜなのかはさっぱり分からない。異世界効果でもあったりするのか?


 炊き出しや寝床の確保なんかはまだまだだったが、村人は「偉い人をこれ以上働かせられない」とフェアリーゼの申し出を固辞してきたのだった。


 夕食として、俺たちも炊き出しをいただくことになった。簡素な芋と野菜のスープは少しばかり味気なかったが、それでもありがたかった。ただ、やはり日本人としては米がないのは辛い。


 ……そもそもこの世界に米あんのかなあ。無かったら泣くぞ。


 食事を済ませた後で、俺たちは村の中央でカイエルと合流した。


「村人の厚意で、姫様とリュウ殿の分の二部屋、貸してくださるそうです」

「ありがとう。カイエルたちは?」

「我々は見張りの仕事があります故に」

「そうですか、分かりました。くれぐれも無理をしないように」

「は。勿体なきお言葉」


 俺達はカイエルに先導され、宿屋に向かうことにした。

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