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第3話:帰路

 フェアリーゼを抱えての全力疾走を数分続けたころだろうか、二人の甲冑を身につけた男が走ってこちらの方へと向かってきた。


「姫様、ご無事ですか!」


 その一人、髭の男が叫んだ。


「――貴様、何者だ!」


 続けて、吼える。ああ、俺のことか。


「そんなの後だろ! 生き埋めになるぞ!」


 俺はそう言って甲冑の男達を出口へと促した。実際、こんなところで押し問答している暇はない。一秒だってこんなところにいたくは無いのに。

 まあ今にも崩れそうな洞窟に入ってくるなんて、大した度胸だとは思うのだが。


 そうして、先導する男たちに続いて俺は再び出口の方へと走り出した。程なくして、先から目映い光が差し込んでいるのが見えてくる。


 ――出口だ!


 俺は最後の一踏ん張りで出口に向かって駆け抜けた。


 外に出ると、強烈な光が瞳を灼いた。暗い状況に慣れてしまっていたせいか、瞼をまともに開くことができない。


 息を切らした俺はフェアリーゼを優しく草むらに下ろすと、大の字になって寝っ転がった。そして時間を置かずして、洞窟の方からは激しく「ドゴォン」と音がして入り口が完全にふさがってしまった。


 ――あと数秒遅れてたら生き埋めだったのか。

 俺は冷や汗が流れるのを感じた。


 それにしても、いざというときは自分もやるもんだと俺は思っていた。かなり長い距離をお姫様だっこで全力疾走なんて、文化系の人間としては考えられない力だ。

 やっぱり、火事場の馬鹿力って奴なのか?


 さんさんと輝く太陽を見上げ、俺は違う世界に飛ばされたことを改めて実感した。本当なら今は夜のはずだし、なにより――空では太陽が二つ、寄り添って光を放っているからだ。見慣れない異質な景色。


 俺は陽光に満たされながら、九死に一生を得た後の心地よいひとときを過ごそうとしていた――のだが。


 チャキ、と俺の喉元に何かがあてがわれた。寒気を感じて目だけを動かしてそれを見ると、甲冑の男の一人、あごひげをたっぷり蓄えたいかついオッサンが刃物――剣をあてがっていた。


 なぜ!? 俺なんか悪いことした?


 ――ごめんなさい思いっきりやらかしてますすいません。


「貴様、なぜ聖域にいた?」


 剣呑な口調で問うてくる。


「やめて! その方は私の命の恩人です!」


 と、フェアリーゼが叫ぶ。命の恩人? ああ、そうか。見方を変えればそうも見えるな。どっちかっていうと、自分としては突然現れてさんざ迷惑かけただけの不埒な人間、って認識なんだが。


「は……しかし」


 男は納得のいかない様子で言う。


「聖域は部外者には"決して入れぬ"場所であるはず。それが解せぬのです」


 そう言われてもなあ。異世界から飛ばされてきました、なんて言っても電波の烙印を押されるのは目に見えてるし――お人好しのお姫様ならともかく。


「彼は"天上人"かもしれません」

「!」

「!」


 その言葉に甲冑の男達は驚いた表情を見せた。出たよ、また"天上人"。何なんだろう。まあ何か神秘的な雰囲気がする言葉だし、この場合はカタブツそうなオッサンを説得するにはいい言葉なのかもしれないが。


 ……実際はごく普通の高校一年生ですよ?


「確かに、伝承とは一致しますが……」

「責任は私が持ちます」


 まだオッサンは納得できないようだ。

 ……なんか置いきぼりな話が続いてるなあ。


「姫様が責任だなんて、とんでもない。ですが、分かりました。しかし姫様の御身のこともあります、監視は付けさせていただきますよ」

「構いません」


 オッサンが剣を納めた。ふぅー、冷や汗出たぞ、さすがに。


「それでは、帰りましょう」


 もう一人の甲冑の男が言った。見ると、馬とそれに繋がれた小さい小屋――御車っていうのか? がある。多分、フェアリーゼを送迎するためのものなんだろう。


 他に、馬が二頭並んでいた。甲冑男たちの移動手段か。


 ――て、俺はどうすりゃいいんだ? まさか歩き? 勘弁してくれ。

 そんなことを思っていると、髭の男が言った。


「御者台に乗ってください。乗るスペースはありますから」


 あ、ちょっと丁寧な態度になった。さっきの“天上人”って言葉を信じたのかな? まあ、まるっきり信じたってわけではないだろうけど。


 フェアリーゼが甲冑の男の肩を借りて、御車に乗った。俺も御者にお辞儀をして御者台に座る。


 御者の合図に合わせて御車がゆっくりと走り出す。


 余裕ができたので、俺はふと周囲の景色に視線を移してみた。辺り一面に青々とした草原が広がり、遠くには森林のようなものが見える。舗装されていない道は延々と続き、山々が霞んで見える。


 端的に言うと、元いた世界から建築物と電線を取っ払ったような景色だ。ただそれだけなのに、何故かもの凄いのんびりとした開放的な風景に見える。のどかだなあ。そういやイタリアだかイギリスだか、景観のために電線を地中化したりしたとか聞いたことがあるな。なるほど、こんな風に開放感が生まれるのか。


 のどかなんだが、考えてみれば大地震のあとなんだよな。近くに村とかあったなら、きっと大打撃を受けてることだろう。そう思うと、手放しで風景を堪能っていう気にもちょっとなれない。


「ミコシバリュウさま」


 御車の中から声が聞こえてきた。しかしカーテンで遮られてフェアリーゼの顔は見えない。


「リュウ、でいいよ。あと"さま"も要らない」

「では、リュウ。このあとどうされるのですか?」


 どうする、かあ。正直なところ、どうすればいいのか俺が聞きたい。


「どうしたらいいと思う?」


 半分冗談交じりに俺が問う。


「え……」


 フェアリーゼが一言呟く。やっぱ困らせちゃったか。


「ごめん。突然異世界に飛ばされて、俺もどうしたらいいのか分からないんだ」

「でしたら、ひとまずはお城にいらしたらいかがですか?」


 お、らっきぃ。取りあえず屋根のある場所で眠れそうだ。

 そういや時間的にはもう布団の中に入るような頃なんだよなあ。そう考えると少し眠くなってきた。


「いいの?」

「いいも何も、リュウは私の命の恩人です」


 うーん、また命の恩人かぁ。こそばゆいっつーの。そんな自覚ねぇし。


「リュウ」

「何?」

「もしよろしければ、リュウの世界のことを話していただけませんか?」

「ああ、いいよ。その代わりと言っちゃなんだけど、後でこの世界のことを教えてくれるかな」


 俺は苦笑いを浮かべる。


「あ――」


 フェアリーゼにとって俺の世界の話なんて読み物語と何ら変わらないかもしれないが、俺にとってこの世界のことは大事な問題なんだ。聞ける機会にしっかり聞いとかなきゃならない。


 まあ帰ることができるという可能性も捨ててはいないが、どちらにしてもこの世界のことは知っておかないと、いざというときに困ることになるだろう。


「ごめんなさい。私、自分のことばかり」


 申し訳なさそうに言った。責めるつもりじゃないんだからそんな深刻になるなって。むしろ俺の方が謝らなきゃいけないことがあるわけで。


「俺の世界、かぁ。うーん、一言で言うと平和な世界、かなぁ。戦争したり飢餓に苦しんでたりする国はもちろんあるけど、俺の住んでた国はそんなこととは無縁だったな。みんな同じように寝て、起きて、飯食って、学校行ったり仕事したりして――そんなあんまり変化の無い日常を繰り返して、さ」


 まあ節目節目に変化はあるものの、概して退屈な日常だよな。ありふれた平和は腐敗して、そこに過ごす人間も腐らせてしまっているような気がする。


「平和、ですか」

「この世界は?」

「少なくとも平和ではありません。人々は大国同士の戦争に怯え、魔物の影に怯え、日々を生きていくのに必死です。のみならず、飢饉や災害も頻繁に襲ってきます。今日だって、大地震でどれほどの人が苦しんだか――」


 表情は見えないが、言葉の節々に苦悩が見て取れた。為政者でもあるわけで、多分このお姫様は本心から憂いているのだろう。


「ですから、リュウが天上人なんじゃないかって思ったとき、正直心が躍りました。この荒れ果てた世界に遣わされた救世主なんじゃないか、って」


 おいおい、今度は救世主かよ。やめてくれ。


「悪かったな、救世主じゃなくて」


 俺は甲冑男たちに聞こえないように言った。あいつらは俺が"天上人"とやらだと思ってるから納得してるんだ。余計なことを言って波を荒立てたくは無かった。


「いえ。――それに、まだそうと決まったわけじゃありませんし」


 いや、決めてくれ。頼むから。


「けど、望むこと自体が愚かなのかもしれません。人の世の問題は人の手で乗り越えなければならないもの。努力せずにただ救いの手を求めるなんて、きっとただの傲慢なんでしょう」


 うーん、何か難しい話になってきたぞ。取りあえず、お姫様は単なるいいひとじゃなくて物事と向き合ってる人なんだってことは感じる。やっぱあれか、王族ともなると考え方が違ってくるのかなあ。


「ところで、何で俺をその"天上人"とやらだと思ったの?」


 率直な疑問をぶつける。


「あの聖堂は天上への入り口だと考えられているんです。私は儀式として天上から流れてきた清らな水で……身を……その……清め、旅立つ準備を整えていました」


 言葉を濁す。あ。あのときのことを思い出したな。

 ……ごめん。悪気があったわけじゃないんだ。


 旅立つ、って言葉がちと引っかかるが、それはあとで聞いてみることにしよう。


「聖堂への門は普段は閉ざされ、開けられるときも見張りが付き、更に外部の者が入ることはできない仕掛けが施されています。それなのにそこに居るなんて、天から降りてきた天上人以外に考えられなかったからなんです」

「なるほどね、何となく分かった」


 要するに、あそこに入れるのは王族か天上人かしか考えられない、て訳ね。まあ、天上人ってのも伝承みたいなもんなんだろうけど。


 俺はふと歩いてきた道を振り返ってみた。後ろにははるか高くそびえ立つ岩山があり、その頂上は雲に覆われてうかがい知ることができない。なるほど、だから天上に繋がってるとか考えられる訳か。


「ついでに、『あの雲は晴れたことがない』とか曰くが付いたりして」

「ええ、その通りです」


 うわ、マジかよ。そりゃ聖地にしたくもなるよなあ。バベルの塔かよ。


「聖堂、潰れてしまったわけか」


 そんなところまでバベルの塔そっくりか。まあ内部が崩れただけで外が倒れたわけじゃないが。

 軽い気持ちで言ったのだが、返事は帰ってこない。やべ、地雷踏んだか?


「何事も……起こらなければ良いのですが」


 しばらくして、沈痛な声色で言った。うーん、そうだよなぁ。きっと聖地みたいなものだったんだろうし、それが潰れたとなると縁起悪いどころじゃないよな。迂闊な言葉だったか。


 それを払拭したくて、俺は自分の世界の文明を少しばかり大げさにおもしろおかしく話してみることにした。この世界がどの程度の文化水準なのかは知らないが、お姫様の送迎に馬車を使ってるところを見ても、そんなに高くはないと想像される。少なくとも蒸気機関や電気は発明されていない水準だろう。


 俺はフェアリーゼにテレビ、電話、カメラ、飛行機など、近代の文明について話してやった。相づちを打つフェアリーゼは何だかもの凄く興味深そうだった。パソコンのことを話そうとして、意味が通じないだろうと思ってやめる。


「凄いです。そんなものがあったら、きっと凄い楽しいんでしょうね」

「うーん、ありふれるとあんまり有り難みを感じないもんだよ」

「そういうものなんですか」

「ああ。例えば、この世界にとっての魔法がちょうどそんな感じでさ」


 俺にとっては凄く興味をそそられる技術なのだが、多分この世界の人にとっては当たり前になってるだろう。


「こんな“解語”なんて魔法があったら、凄い便利だろうと思うよ」

「リュウの世界ではどうしてるんです?」

「言葉を勉強しなきゃならないよ。俺も母国語の日本語の他に、学校で英語っていう他の言葉を勉強させられてるんだ」

「へえ、大変なんですね」


 話していて、俺はいいことを思いついた。

 ポケットに入ってる文明の利器――携帯電話だ。


 川に落っこちたときに水没してしまったのだが、どっこいそこは最新型の防水携帯。きっと問題なく動くはずだ。思い、俺はポケットから携帯を取り出して開いてみる。

 よし、バッチリだ! ……って、御者台の兄ちゃんが何かジロジロこっちを見てる。興味津々なのか。


 さすがにアンテナは圏外だが、保存した写真や動画は問題なく見ることができる。


「あとで、さっき話した“テレビ”ってやつの小さいのを見せてあげるよ」

「本当ですか!?」


 壁越しにでも喜んでるのが伝わってくる。うはは。


 しかし、考えてみると充電はできないから使い切りなわけか。勿体ないし、何か充電するいい方法ないもんだろうか。電気の生成は今ある知識で何とかなりそうだが、問題はコネクタとの接続だよな……。まあ、じっくり考えてみるとするか。


 そうこうしている中で、俺はさっきフェアリーゼが言ったことが気になったので聞いてみることにした。


「さっき"旅立つ"って言ってたけど、フェアリーゼが?」


 王族っていうとあまり自由が無くて、お城にこもりっきりっていうイメージだ。外出も自由にならなくて、いつも外に憧れて――とか。


「……はい」


 フェアリーゼの声色は暗かった。何だろう、その旅とやらが嫌なのだろうか。しかし「嫌なの?」なんて露骨に聞くのもちょっとはばかられる。うーん。気になるが、そこまで親しい間柄ではないからなあ。


「エルシュトラウムの者は年頃になると、王位を継承する準備として旅に出、王に相応しいだけの器量を身につけなければならないのです」

「王位を継承、って、フェアリーゼが?」

「はい」


 げげ、お姫様は次期国王様だったのか。王位継承に男女の区別が無いのか、あるいは王子がいないっていう理由なのかは分からないが。

 ……ひょっとして俺、打ち首獄門にされてもおかしくないくらい不埒なことやってないか?


「リュウ」

「ん?」

「さっきは助けてくださって本当にありがとうございました。リュウがいなかったら、私、きっと生き埋めになってました」

「ああ、何だ、あんなことか」

「あんなこと、じゃありませんよ」

「うーん、いや、正直なところ自分でもあんな力が出せたなんて驚いてるんだ。俺、体育会系じゃないしさ」


 そんなことを言うと、クスクスとフェアリーゼの笑い声が聞こえた。


「あのときのリュウはどんな騎士よりも頼もしかったですよ」


 よせやい、こっぱずかしい。


「そう、どんな騎士よりも――」


 フェアリーゼの声色は、どこか遠くを見ているかのようだった。 

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