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第15話:武器と魔法と下衆野郎

「ついでに、四階も見ていく?」

「四階って?」

「武器防具のフロア」


 武器防具、か。魔物も出るし戦争もあると聞くし、そういったものの需要もあるからなんだろうな。俺にはなじみのないものだったが、何となく興味があったので俺は頷いた。


「うんうん。実はね、あたし一人じゃちょーっと入りづらいんだ」


 ペロッと舌を出して笑う。


「何で?」

「だって筋骨隆々のガチムチマッチョとか、ニワトリ頭の見た目まるっきり殺人鬼とか、まあマシなのでも陰気で根暗なブツブツ魔導士とか、そんなのばっかなんだもん」


 言われ、俺は想像してしまう。「汚物は消毒だー」ってか?


「けど、エストだったらそんな奴らがいても大丈夫なんじゃないか?」


 俺の台詞に、エストがむっとした表情で言う。


「むっ。リュウはあたしを何だと思ってるのよ」

「はは、負けず嫌いでやんちゃなお姫様、かな?」

「う~ん……当たってるような、でもなんか納得いかないような。でも取りあえず殴っとく。えいっ」


 ぽかっ、と俺の頭を殴る。いてっ。


 階段を上がってる途中、俺はふと思い出したことがあった。


「そう言えばさっきの魔法合戦のとき、急に色が消えて周りの動きがスローモーションになったことがあってさ。何だか知ってる?」

「……スローモーション?」

「ああ。ひょっとしたら、この指輪に何か魔法が込められてるのかもしれないけど」


 俺はエストに右手の指輪を見せる。


「この指輪は?」

「フィーにもらった……いや、借りてるんだ。何だっけ、ええと、解語に発語、強化に防壁……だっけ。他にもあるかもしれない」

「うーん……」


 エストが人差し指を口元に当てて考え込むような素振りを見せる。


「多分、"覚醒"の魔法かなあ」

「覚醒?」

「うん。感覚を順番にをシャットアウトする代わりに、反応速度や身体能力を高めるの。リュウの魔力だったら使えても不思議じゃないけど……」


 反応や能力を高める、かあ。確かに、あの時はそんな感じだったな。


「けど、普段はあまり使わない方がいいよ」

「どうして?」

「覚醒は身体にかなり負担がかかるんだって」


 そうか、覚醒は身体のリミッターを外すようなものなのかな。よく火事場の馬鹿力なんて言われるものがあるけど、それを敢えて起こすようなものか。


 火事場の馬鹿力というと眉唾に思えるかもしれないが、例えばマンションの上層階から落下した我が子を救うために猛ダッシュした主婦の話なんてものを聞いたことがある。後で計算してみると、100メートルを10秒そこらで駆け抜けていたのだとか。その話がどこまで真実かってのは分からないが、俺は結構この説を信じていたのだ。


 しかし、使わないってもなあ……あの時は勝手に発動してしまったわけだし。どうしろってんだ。


 四階に上がると、一種独特な雰囲気が漂っていた。武器が醸し出す匂いとでもいうか、神経にふれるようなピリピリとした空気を感じる。


 フロアにいる面々も他の階層とは少々様相を異にしていた。三階までにいたのはごくごく平凡な青年や少女、主婦といった人々だったが、このフロアにいるのは筋肉質の見るからに屈強な男や、目深にフードを被って表情の伺えないローブ姿の男などだ。女性比率はみるからに低い……というか、少なくともこの場にはいないようだ。


 何というか、古本屋でアダルトコーナーののれんをくぐったときに感じるような異質な空気がたちこめている。


 ……いや、そんなことを知ってるのはあくまで興味先行ってことで。


 一方の壁には長剣や細身の剣、短剣、フレイルなどがかけられ、槍がたくさん立てかけられている。反対側には革や金属の鎧や甲冑などが陳列されている。その様子がなんとなく不気味で、背筋をぞわぞわさせる。


「武器、か……」


 何とはなしに呟く。武器。人を殺すための道具。


 エストに言ったように、上手く使えば人を守る道具にもなるのかもしれない。しかし、およそ自分に使いこなせる気はしなかった。まだあらゆる意味で未熟なのかなあ。


「これなんか、どう?」


 言って、エストが杖を差し出してきた。薄い青色をした金属製の柄を持ち、先端には赤い拳大の宝石が取り付けられ、それを囲むように金色の月形の装飾が施されている。柄の長さは1メートル50センチってところだろうか。


「杖?」


 よくファンタジーなんかだと、魔法使いが手にしている得物だな。だけど柄の部分は金属でできているし、相手が剣だとしても立ち回ったりすることもできそうだ。


 ……技量があればの話だが。


「魔法を使うなら、ね。集中をしやすくして、魔力自体も強化する能力があるの。魔導士の必需品かな」

「ふうん、魔導士の必需品か」


 ……あれ?


「そんな便利な物があるんだったら、さっき使わせてくれても良かったんじゃ」


 集中しやすくするのなら、魔法を使うのも多分容易になったんじゃないだろうか。初学者なんだから、それくらいあっても罰は当たらないと思うなあ。


「基礎が大切、だからね。魔法を実際に行使する分には杖の力を借りてもいいけど、練習する分には何も無い方が魔脈の流れなんかを意識できていいのよ」

「なるほど、ね」


 考えてるんだなあ。そう言えば魔術指南の講師をしたとも言っていたし、ある意味プロか、プロなのか。


「もうひとつ、"魔導士"って言ったけど、魔法が当たり前なら誰もが魔導士なんじゃないの?」

「確かにほとんどの人が魔法を使えるけど、戦術レベルで魔法を使える人ってそう多くは無いわ。だから、そういう人のことを"魔導士"って呼ぶの。ギルドが免状を発行してて、各属性α(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)、Δ(デルタ)、Σ(シグマ)、Ω(オメガ)にランク分けされるの。概ね、βランク以上の能力を持つ人は少なくて、そこら辺が"魔導士"の境界線ね」

「へえ。エストは?」

「あたし? γ~Δランクだよ」


 どの程度凄いのかはちょっと分からないが、βランクで少数派というのなら、δランクというのは相当に凄いんだろう。きっと。


「けどΔランクって言っても、戦術部分なんかは評価されてないからね。あたしはそういうの得意だし、戦いになったらΣランクの魔導士にだって引けは取らない……って、なににやついてんのよ」

「あはは、ごめん」


 負けず嫌いなんだなあ。


「全く、もう……」


 両手を腰に当て、むくれたような表情を見せる。


「何か買ってく?」

「いや、少なくとも今の俺には必要なさそうだ。杖は……そのうち考えるかな」

「ま、それもそうかもね。それじゃ、帰ろっか。――ひっ!」


 エストが振り向きかけて、露骨に表情を歪ませた。見ると、エストの背後には筋肉質のスキンヘッドの男が一人立っていた。薄手のシャツに厚手のズボンといった、外国の海兵隊員みたいな格好だ。そして――あろうことか、エストのお尻を鷲掴みにしているのだ。


 さらに遠巻きに、三人の柄の悪そうな男が一歩ほどの距離でにやつきながらこちらの方を伺っている。


「おっと、わりいわりい。こんなところに似つかわしくない可愛らしい姿を見たら、つい手が伸びちまってなあ。悪気は無いんだ、許してやってくれや。へへっ」


 言いながら下卑た笑みを浮かべる。


「アニキぃー、いつからロリコンになったんすか?」


 取り巻きの一人が言う。


「――にすんのよッ!」


 エストが振り向きざま、大きく右手を振り上げる。それを男の顔面に叩きつけようとして、しかし相手の左手に手首を掴まれる。


「おうおう、剛毅な姉ちゃんだなあ。見かけによらず気が強いってか? そういうの、嫌いじゃねえぜ」


 言って、左手がエストの胸元へと伸びる。俺は男が何をしようとしているのかを察し、その左手をつかんだ。


 俺の細腕には少々重い手応えだったが、男の左手は空中で制止される。


「やめろ」


 毅然と言い放つ。怖くないといえば嘘になるが、きっとエストはもっと怖い思いをしているだろうと思うと、不思議と恐怖は引っ込んだ。


「あんだあ? お前、この姉ちゃんのツレか?」

「だったら何だ」

「ふーん……」


 男は鼻を鳴らすと、左腕を大きく払って俺の身体を薙いだ。俺は勢い吹っ飛び、陳列されていた防具の列へと突っ込んだ。ガラランガラランという金属音がして、やがて落下してきたヘルメットが俺の頭部をガインと直撃した。主から分断されたソレがころころと転がる。


「おっと、わりいわりい。野郎には加減ができなくってよぉ」


 取り巻きがゲラゲラと笑う。


 っつ~……


 冗談抜きに、痛い。防壁の魔法とやらは自動発動してくれないのか、俺は生の衝撃に焼けるような痛みを感じながら、それでも地面に手をついて立ち上がる。


 男の左手が、再びエストの胸元へと伸びる。


 ……この野郎。


 エストの危機と、自分に向けられた害意。それらが、次に取るべき行動の指針を決定づけていた。


 刹那、世界から色が消える。


 俺は男の方へと一歩踏み出しながら、右手を大きく引いた。そして自分の身体を竹のようにしならせて、右手を勢いよく突き出す。


 拳は一瞬にして、男の顔面へとクリーンヒットした。


 世界に色が戻ると、男は勢いよく顔面から吹っ飛んでいった。距離にして数メートル飛ばされると、仰向けに倒れる。


「リュウ!」


 エストが俺のそばに寄る。


「てめえ……」


 男が口元の血――多分、口の中を切ったのだろう――をぬぐいながら、殺意の視線をこちらに向けてきた。


 そして立ち上がると、ポケットからナイフを抜いた。刃渡りは20センチといったところだろうか、武器と言うには少々小振りなそれでも、明確に向けられた"殺意"に俺の背筋は凍りかけた。


「……抜いたわね」


 しかしそれよりも、普段より1オクターブ低いエストの声は更なる恐怖をたたえていた。何というか、触れてはならない領域とでも言えばいいのだろうか。


 エストが両手を広げると、その手のひらからバチバチと青白い火花が飛ぶ。それは両手の平でスパークしたかと思うと、やがてエストの目の前で虹のようなブリッジを形成する。


 雷の魔法か。


「――っ!」


 男の表情がたちまちにして変わる。


「兄貴、やばいよ、この女、"魔導士"だ!」


 取り巻きの一人が言う。


 しばしにらみ合い、やがて男が舌打ちをして背を向ける。取り巻きの男たちはちらちらとこちらを伺いながら、兄貴と呼ばれた男の後をついてフロアから出て行く。


 それを見届けて、エストも両手の平から発していた魔法の雷を収める。


 あたりのざわめきが、にわかに自分の世界へと割り込んでくる。


「……気持ち悪い」


 ぽつり、とエストが呟いた。


「え?」

「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 何なのよあの下衆野郎は!」


 両腕をぷるぷると振るわせ、両目に涙を溜めながらそう吐き捨てる。


「よりによってあんな男に……うう、思い出しただけでも吐き気と怖気と寒気がこみ上げるッ!」

「エスト……」

「リュウ」

「……何だ?」

「こんどあの男に会ったら、もいどいて」

「も、もぐって!?」


 冗談のような台詞を大真面目に言ってくる。


 何をだよ何を、と心の中で呟いて、もぐといったらやっぱりアレのことなんだろうなあ、と自分の中で答が出てしまうあたり微妙な気持ちだ。


 そういえば、昔の中国には官刑なんてものがあったらしい。ひょっとしてこの世界にも似たような物があって、エストはそれを意識して、とか……想像して、俺はがくがくぶるぶるしてしまう。や、やだぞ俺は官刑なんて。


 セクシャルハラスメント的行為には気をつけよう。うん。するつもりなんて毛頭ないけど、事故ってこともあるからな。フィーに出会った時みたいに。


「それにしても、魔法があるんだったら最初から吹っ飛ばしてれば良かったんじゃ……」

「……かったのよ」

「え?」


 聞き返そうとすると、


「こ・わ・か・っ・た・の!」


 と「文句あるか」といった風な様相でじろりと睨み上げてきた。


 俺はそんな仕草を可愛らしく思うも、感じた恐怖と屈辱はきっと男である自分には想像つかないようなものなのだろうと思い直し、自分を恥じる。


「でも……ありがと」


 エストがくるり、と背を向け、顔だけをこちらに向けて言う。


「助けに入ってくれたの、嬉しかったよ」


 そんな評価を与えてくれるが、自分自身の評価はちょっと違っていた。


 あのとき、俺は感情にまかせて拳をたたき込んでしまった。それがあの男に刃物を抜かせたのであって、一歩間違えれば状況はより悪い方向へ転がっていたのかも知れないからだ。


 幸いにして、相手がエストの魔法を脅威に思ってくれたから事なきを得た。しかしもし、相手が同等以上の力を持っていたとしたら……?


 血で血を洗う骨肉の争いは、案外こんなところに縮図を持っているのかもしれない。自分の行動には責任を持てるようにならなければ、と感じた昼下がりだった。

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