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第14話:お買い物

※本話より地の文での人物呼称が愛称に変更されています

 俺たちは王都の中心から少しの距離にある、王宮を除けば最大の大きさを誇っている建物の上空に来ていた。あれがクレニアス総合商店であるらしい。


 アステアがエストの指示に従って、ゆっくりと降下を始める。道行く人々はこちらの方を見てくるが、取り立てて騒ぐような様子もない。珍しくはないってことか。


 俺とエストはアステアの背から降りる。そして、アステアは空へと飛び立っていった。


 窓の並びから伺うに建物は四階建てで、空から見た様子では大きさは一般的なスーパーマーケット程度のようだった。むき出しの石やレンガ作りの建物が多い街中で、白に塗られた外観は一際目を引く。柱や窓にも細かい装飾が凝らされており、ちょっとした宮殿の装いとなっている。


 エストの先導で、俺は建物に足を踏み入れる。この世界でも照度が品物の見栄えにもたらす効果は考えられているのか、店内は昼間だというのに照明がさんさんと照っていた。まあ、そりゃ暗いよりは明るい方が感じもいいわな。


 店内には程良く人気でにぎわっていた。藁で編まれた籠なんかをつり下げた女性――おそらく主婦だろう姿が多く見て取れる。あれか、エコバッグか。見習わなきゃなあ。


 一階は食料品売り場のようだった。入り口近くの木箱には林檎りんご葡萄ぶどうなどフルーツが詰められている。中には全く見たことのない、虹色のばくだんベビーみたいな果物もある。ちょっと食べてみたい気もするが、怖くないと言えば嘘になる。遠目には、奥の方では肉や魚介類なんかも売っているように見えた。小洒落た感じもあるし、一見して元の世界におけるスーパーマーケットとそう大差あるようには思えない。


 俺の知る中世では冷蔵技術が発達していなかったから生ものは貴重だったらしいが、この世界じゃ魔法一つでカチンコチンに固めることができるわけで。実際のところ、現代よりも融通が利くほどじゃなかろうか。


 食の心配はしなくてよさそうってことだな。


 そう言えば……米、どうしよう。食べたい。食べたい、けど……そのためには、またエストに無心しなきゃならなくなる。エストは何とも思わないだろうけど、俺にも豆粒大のプライドってものがある。


 やめよう。服と違って必需品じゃないんだ。稼ぐためのモチベーションにしよう。


 俺たちは二階へと上がっていく。


「ここにはよく来るのか?」


 何となく手持ちぶさただったので、聞いてみる。


「うーん、時々、かな。買うのは服と本くらいだから」


 服、か。やっぱりエストも女の子なんだな。


 二階は生活雑貨のフロアだった。細々(こまごま)としたものが並ぶ傍ら、隅の方に本のコーナーがあった。


 とはいっても、俺のよく知る本の形態とは大分異なっていた。表紙と裏表紙は厚手の革で作られており、背表紙の部分に六つの穴が開けられ、太いより糸で束ねられている。サイズはハードカバーを更に一回り大きくしたような感じだ。


 そして、全ての本が平積みされている。棚差しというものが無いのだ。というよりも、本の絶対数が少ないと言った方が正しいか。


「ひょっとして、本って高級品なのか?」


 装丁そうていも立派だし、この世界では紙も安いとも思えない。俺の世界で本が小遣い程度で買えるのは大量生産大量消費の恩恵なのであり、この世界にそういった技術はまだ無いような気がした。


「うーん、どうなんだろ。金額を気にしたことが無いから……」

「あはは」


 そりゃそうか。さすが、そこら辺はお姫様だ。


 仕方がないので、俺は自分で考えてみることにした。本の下に値札らしきものがある。適当に一つ選んでみると、"2レオンス 10クローメル"と書いてあった。


「レオンスとかクローメルってなに?」

「お金の単位よ。20クローメルで1レオンスになるの」

「ごめん、もうちょい詳しく」

「うーんと、1クローメルがケルニヒス銅貨1枚で、これが基準ね。20クローメルで1レオンスになって、これがケルニヒス銀貨1枚。そして、20レオンスで1エルトになって、これがケルニヒス金貨1枚よ。あと、補助通貨としてパルスがあって、1クローメルは20パルスになるの。1パルスはゼタ銅貨1枚ね」


 ふーん、なるほど。20ごとにパルス、クローメル、レオンス、エルトと繰り上がるわけか。で、銅貨、銀貨、金貨とクラスアップしていくと。


 さてさて、あとは貨幣価値を調べるために、参考になる品物探しだな。なるべく、元の世界とあんまり価値が変わってないものがいい。レッツ・フェルミ推定。


 うーん、これか。


 俺はスプーンと50センチほどの平皿を調べてみることにした。スプーンの値段は12パルス、平皿は80パルスと表示されている――あれ?


「20パルスで1クローメルなんだよな」

「うん」

「でも、この皿は80パルスって」

「あ、それね。安価なものはパルスだけで表記するっていう慣習があるの。色々買う時に、値段を足さなきゃいけないでしょ。上位通貨が混ざると大変になるからだって」


 へえ、考えるもんだ。いや、生活の知恵なのかな。


 だけど、今さりげなく伝聞入ってたな。うん、完璧に人ごとだ。さすがお姫様。


 さて、値段を計算してみよう。元の世界よりはちょっと高めに見積もって、スプーンを200円、皿を2000円とすると――すっげぇ適当ではあるが――1パルスは……ええと、それぞれ16円と25円になるか。中間取って20円ってとこか。


 まさか暗算2級がこんなところで役に立とうとは。


 とすると、1クローメルは400円、1レオンスが8千円、1エルトが16万円ってことになる。金貨の価値から推定するに、比較的妥当な価値感覚であるような気がするが……。なら、あの本は2レオンス10クローメルだから……2万円!?


 うわぁ、こりゃ高級品だ。しかもその本が特別高いってわけじゃなく、安いものでも1レオンス10クローメルはしてる。12000円か。やっぱり、紙や製本費用が高いのかな。だから全部平積み、ってわけか。


 ってことは多分、本は貴族みたいな偉くてお金持ちな人の嗜みで、一般人には手の出しにくいシロモノだったりするんだろう。


 もうちょっと正確な値を出してみたいけど、それには食料品の値段が分かりやすいかな。今度見てみることにしよう。


 そんなことを考えていると、エストが本を胸に抱いてうきうきとしていた。


「お目当てのもの、あったのか?」

「うん」


 エストがカウンターへと向かい、本を置く。店員に銀貨3枚を渡し、銅貨数枚を受け取る。


「お待たせ、次は服だっけ?」

「ああ」

「じゃ、三階ね」


 俺たちは三階に上がる。そこでの光景に、俺は思わずどきりとしてしまう。


 まず、フロアには棚が並び、その上に畳まれた衣服が積まれている。帽子や小物のようなアクセサリなども置かれている。これはまあいい。


 驚いたのは、着替え途中の女性がいたことだ。それも年増の女性などではなく、まだうら若き乙女、である。下着姿に羞恥を感じることもなく、大胆な振る舞いを見せていた。


 見回すと、試着室らしきものはあった。これはつまり、どういうことなんだろうか。


「なあ、この世界の人って、人前で平然と着替えたりするもんなのか?」

「うーん、人それぞれかな。気にしない人もいれば、やたらと気にする人もいるわね」


 言われて、妙に納得してしまう。この女性のように気にしない人もいれば、フィーのように気にする人もいるってことか。


 いやまあ、そりゃさすがに知らない男に裸を見られりゃ誰だって大騒ぎするか。


「エストも?」

「あたし? さすがに公衆の面前じゃ着替えないわ。淑女のたしなみってものがあるもの」


 いるのが俺くらいだったら気にしないが、大勢がいるような場所だと気にする、ってなわけか? 何とも微妙な淑女っぷりだなあ。


 ……口にしたらぶっ飛ばされそうだ。


 ま、いっか。まずは自分の仕事を済ませよう。


 衣服をざっと見てみると、革や綿、布でできた服が多いようだった。色はほとんどが素材のままで、原色系の衣服は少ない。多分、染料が高価なんだろう。


 適当に革のジャケット風の上着を一つ取って、広げてみる。襟のあるタイプで、前はダッフルコートのようにトグルで止める形になっている。色は地味だが、悪くない。作りは素朴だが、根本的なセンスはそう変わらないんだな。


 パンツは……うーん、ジーンズがいいんだけどさすがに無いか。デニム生地って比較的新しい素材だもんな。綿のやつにしておこう。


 俺はウエストサイズの確認をして、綿のパンツを決める。他に、革のジャケットと布の肌着を取る。あとは下着、か。


 探してみると、どうやらトランクスのような形状のものばかりだった。これは幸い。考えてみればブリーフの方が作るの難しそうだし、こっちの方が主流になるわけか。素材は布製だ。


 俺は下着を3枚ほど取る。こんなところか?


 上下一着があれば、今の服を洗濯してもらって着回すことができる。それ以上は、自分で稼いで買うことにしよう。


 値段は……全部で2レオンス6クローメル。2万円弱ってところか。


 見繕っていると、不意にエストに声をかけられた。


「えへへ、似合う?」


 振り向くと、麦わら帽子をかぶったエストがいた。衣服は今までと替わらない、綿のシャツにパンツ、革のジャケットだ。つまるところ……


「……うーん、服と合ってないかなぁ」


 俺は正直な感想を述べる。麦わら帽子にはちょっと服装がいかつすぎるよなあ。


「う~」


 うなって、今度は別の帽子を被る。茶色のカウボーイハットだ。


「今度はどう?」

「服は合ってるけど、何となく服に着られてるって感じが……」


 悪くない。けど、何か違う。


「む~」


 次に取り出したのは魔法使いがかぶるような藍色の三角帽子だ。


「これでどうだ!」

「……全体が思いっきりミスマッチな気が……っていうか、ギャグでやってるのか?」


 何か、とても残念なことになった仮装大会、って感じだ。


「もう、見てなさいよ!」


 捨て台詞を吐いて、エストが何やら服を物色し始める。おーい。火に油を注いでしまったか?


 エストが服と小物を手に取って、試着室に入る。


 カーテン向こうからぱさり、ぱさりと粗雑に服を脱ぐ音が聞こえてくる。いかんいかん、変な想像をしてしまう。悲しき男の性というものか。


 カーテンが開く。


「さあ、どうだ!」


 腰に手を当てポーズを取るエストは、エメラルドグリーンのワンピースを身にまとっていた。丈は膝下。頭には先ほどの麦わら帽子。白いミドルヒールのパンプスっぽい靴を履き、胸元には細いゴールドのネックレスから青色の宝石を核に持つペンダントが下げられている。


 ……何もそこまで意地にならなくても。


 だけど、可愛いのは事実だ。さっきまでの色気のない格好よりも、こっちの方がずっといいな。


 俺は拍手を送る。


「ふふん、参ったか」

「おみそれしました」


 俺たちは会計を済ませるためにカウンターに向かう。二人合わせて10レオンス12クローメルだ。って、エスト一人で8クローメルも買ったのか。どこの世界でも、女性の服は高いんだなあ。


 既にエストは買った服を着ていたので、布のバッグをもらって今まで着ていた服を入れる。


「持つよ」

「いいの? ありがと。さっすが男の子」


 そう言われて悪い気はしなかった。うう、何か餌付けされてる気分になってしまう。


 都合、俺の手には二つのバッグが提げられることになった。ま、いっか。これも男の甲斐性さね。

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