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第12話:魔法合戦

 散々に転がされまくって、俺の衣服は砂まみれになっていた。あー、一張羅なのに……


 仕方ない、取りあえず今着てる服はお手伝いさんか誰かに頼んで洗濯してもらうとしよう。問題はその間の換えの服だな。昨日借りたのは寝間着だから外に出るには不向きだし、換えを一着くらいは持ってないと不便きわまりない。


 このままじゃ、冗談抜きでフェアリーゼやエストに「不潔です!」なんて言われかねない。やばい、やばいぞ俺。


 けど、買おうにもお金が無いんだよなあ……


「なあ、エスト」

「なに?」

「この世界でお金を稼ぐ手段って、定職に就くしかないのか?」


 エストもお姫様なわけで、庶民のお金の稼ぎ方なんて知らないような気がしたが、一応聞いてみることにした。


「普通は定職だけど、臨時の仕事が欲しいならギルド組合でもらうって手もあるよ」

「ギルド組合?」

「うん。色んなギルドが集まって仕事の募集とか斡旋をしてるの」

「ふーん……派遣の仕事みたいなもんなのかな」

「派遣?」

「あ、いや、こっちの話」


 なるほどね。聞く限りだと仕事の種類も豊富そうだし、受けられる仕事の一つや二つくらいはあるかな。魔法も使えるようになったし、例えば魔力注入業なんてのもやろうと思えばできるだろう。


 フェアリーゼやエストにお金の無心をするってのもできなくはないんだろうが、さすがにそれは男としてあまりにもダメな気がした。全く稼ぐ手段が無くて八方ふさがりってんなら考えるが、少なくともまず策を講じてからにしたい。俺はヒモにはなりたくない。


「けど、俺みたいなよそ者が行っても仕事ってもらえるの?」

「一応、組合に登録する必要はあるけどね。あたしも登録してるよ」

「え!?」


 俺は露骨に驚いた表情を浮かべる。


「なによ、あたしが登録してたらおかしい?」

「だって、お姫様だろ? よく登録するなあ……いや、登録できるな」


 お姫様ってバレた時点で弾かれそうだ。まさか、そのギルドとやらがエストの名前を知らないとも思えないし。


「まあね。偽名だし」


 偽名っておいおい。案外というか予想通りというか、やんちゃな子だ。


「どんな仕事を受けたんだ?」

「あたしがやったのは、マジックショップの臨時店員とか、魔術指南の講師とかかな」

「へえ……」


 俺は純粋に感心していた。お姫様というとお城でかしづかれて何の不自由もなく、というイメージだったのだが、少なくともエストは外に出て働いたりもしているわけで。俺が13,4だったころなんて、家でゲームしてばかりだったからなあ。


 考えてみればフェアリーゼも公務とやらで自分の責務を果たそうとしているし、二人とも俺と同年代なのにずっとずっと大人びて見える。俺も頑張らなきゃ、な。


 けど、何のために仕事なんてやったんだろう。まさかお金に困ってたりするはずもないだろうし。


「さて、と。そんじゃ次は魔法合戦いってみよっか」

「魔法合戦?」


 聞き慣れない言葉だったので、思わずおうむ返しに聞いてしまう。


「うん。魔法を撃ち合って勝負するの」

「魔法を撃ち合って、か……」


 さっきの防御講習で、"実力が拮抗していれば"魔法が存外安全なものだってことは分かった。防御壁がしっかりと作用して、ダメージを相当に軽減してくれるからだ。


 しかし、実力が拮抗していなかったり、あるいは相手が無防備だったりする場合には魔法は脅威となり得るらしい。拳大の火球一つでも、致命傷を与えるには十分なんだとか。実際、派手に炸裂してたもんなあ。


 また、例え実力が拮抗していたとしても、烈風だけは使わないようにと言われた。中途半端な防御壁など容易に貫通して深刻なダメージをもたらすからだ。


 クリティカルヒットはゲームの中だけで十分だ。


 ちなみに、無防備な相手を深手を負わせないように攻撃するにはどうするかというと、風や水を中心にして攻めたり、火なら着弾爆発じゃなく眼前爆発するようにしたりするんだとか。普通に撃ち合うよりもよっぽど高度な技術を必要とするわけだ。


「どうやるんだ?」


 魔法合戦という名称からして、雪合戦を連想させる。が、さすがにそんなお遊びではないだろう。


「まず、これを胸に付けて」


 エストがポケットから取り出して渡してきたのは、白い星の形をしたバッジみたいなものだった。裏に安全ピンがついて止められるようになっている。へえ、この世界にも安全ピンみたいなものはあるんだ。


「なんだ? これ」

「バレット・シートっていうの。魔法を受けると青→赤→黒って色が変わって、真っ黒になったら負け」

「なるほど」


 こりゃ面白い。雪合戦が単なる遊びなのに対して、魔法合戦はバレット・シートっていうアイテムのおかげでれっきとしたゲーム、あるいはスポーツに昇華されてるわけか。


「ついでに言うと、シートは"防御壁を貫通して"受けた衝撃が基準になるから、ちゃんと防御すればその分だけ変色もしなくてすむよ」


 なるほどね。ちゃんと防御して、的確に攻撃、か。


「もう一つ、分かってるとは思うけど、お互い烈風の魔法は禁止ね。死にたくないもの」

「ああ、分かってる。――ところで一応確認なんだけど、これって安全、なんだよな?」


 魔法が安全なのはおおよそ分かったとはいえ、バカスカ撃ち合いをやって本当に安全なのかってのはまだちょっと不安が残っていたのだ。


 もう一つ、エストを攻撃するということにもためらいがあった。思うに、一種の格闘技みたいなものであるからだ。


 そんな質問をすると、俺の意図を知ってか知らずか、エストが手をひらひらさせて答えた。


「大丈夫大丈夫、こんなの、小さい子供でも遊びでやってたりするんだから。あと、遠慮しないでね。今のリュウじゃ、多分一撃も入れられないから。一分持てばいい方よ」

「言ったな」


 当然ではあるが、完璧に舐められている。ま、当然か。方や人にコーチするほどの経験者、方や今日が初めてのド素人だもんな。俺がどうこう心配するのはお門違いってもんか。胸を借りるつもりでいかなきゃな。


「他に質問はある?」


 俺は首を横に振った。


「じゃあ始めようか。それじゃ、リュウが何か魔法を撃ったらゲームスタート、ね」

「よしきた」


 エストが俺から離れていく。そして十分に距離を取ったところで、対峙する。


 やべ……なかなか緊張するな、これって。


 よし、やるか。


 俺は右手を突き出して、火球を構成する。もう慣れたもので、魔脈を特に意識しなくても魔法を形作ることができるようになっていた。


 そして――エストめがけて撃ち出す。


 エストはそれを防御壁で防ぐかと思ったが、一歩右に跳躍して回避する。ていうか、はえぇ! 人間の動きかよ!


 今度はエストが火球を生み出す。しかし単発ではなく、エストの頭上に五個くらい浮かんでる。ちょ、おい、エストさん本気出し過ぎ!


 そして放たれ――迫り来る!


 マズい。単発の防ぎ方は分かったが、時間差をつけて襲ってくる攻撃には焦点が合わせられない。


 ――そうだ!


 俺は同じように火球を複数個、速攻で構成する。サイズは小さめだ。そして、それを相手の火球めがけて撃ち出す。


 俺の火球が相手の火球を三個撃ち抜き、空中で炸裂させた。あと――二個!


 俺は一個目を横に走って回避し、すぐさま防御壁を展開する。眼前で爆発するが、さんざんたたき込まれた防御壁、タイミングはバッチリだ。


 ちらりとバレット・シートを見る。色はまだ白のままだった。よし、この程度じゃダメージ扱いにはならないな。


 にゃろう、反撃だ!


 火球は回避されてしまったから、俺は予兆の少ない落雷で攻撃することにした。エストの頭上で雷光が収束し――落ちる!


 二発! 三発!


 しかしエストは軽快なステップで回避し、当たることがない。何なんだよ、あの動きは!


 エストは右、前、左、前、右とステップを踏みながら――といっても一歩でゆうに数メートルは飛んでいるのだが――俺に迫り来る。ご丁寧に、火球で弾幕を張ることを忘れずに。


 俺はそれを撃ち落としながら、エストの移動を予測して落雷をたたき込もうとする。よっしゃ、六度目で直撃!


 しかしエストの攻撃は休まることをしらない。くっ、防御されたか。


 そうこうしているうちに、エストが俺の数歩先まで迫ってきていた。まずい、このままだと至近距離で――


 だが、逃げようにも神速のエストからは逃げようが――ん?


 分かった!


 エストの神速の理由は、風の魔法だ。跳躍する瞬間に強烈な追い風を起こし、移動力に加算しているんだ。証拠に、砂煙が移動につられて巻き起こっている。


 そうと分かれば――と思うが、遅かった。


 エストが俺のふところに潜り込み、胸の辺りに手を添える


 ――まさか。


 刹那、俺は胸に強烈な衝撃を受け、後方に吹っ飛ばされる。至近距離でタイミングが合わせられず、防御壁を展開することはできなかった。


 数メートル吹っ飛ばされ、俺は仰向けに倒れ込んだ。いてて……


 ゆっくりと上体を起こし、バレット・シートを見る。げ、もうドス黒い赤にまで染まってる。あと一撃でアウトじゃね? まともに食らったからなあ。


 エストは右手を腰に当て、悠然と俺を眺めている。追撃はしてこない。


「ダウンした相手は攻撃しちゃいけないのがルールだからね」

「……へえ、そりゃ紳士的なことで」

「失礼ね、レディに向かって紳士だなんて」


 そこらへんも格闘スポーツなんかによく似てるな。違うのは審判がいないところか。……でも、ひょっとしたらスポーツとして確立されてたりするのかもな。


 ちなみに、エストのバレット・シートはきれいな白。至近距離での炸裂だったが、同時に防御壁も展開していたのか。まったく、器用な真似をする。ついでに、さっきの雷撃も全くの無効だったようだ。


「色々見て勉強させてもらったよ。今度は俺が反撃させてもらう番だな」

「ふふん、できるものならね」

「言ったな、こいつ」


 挑発され、俺は起きあがった。


 分かったことは、二つ。一つは移動の手段として魔法を使うことが、機動力を高めるのだということ。もう一つは、二つあるいはそれ以上の魔法を同時に操ることもできるということだ。今の俺に可能なのかは分からないが。


 俺は後ろに跳躍し――それに合わせ、風を巻き起こす。高速で一気に数メートル後方まで飛ばされ、景色が激変する。すげぇ、こりゃ気分がいい。


 少し気になって、バレット・シートを見てみる。どうやら、色変わりはしていないようだった。あくまで、ダメージと認識しないと反応しないのかな。まあ、エストも同じ事をしていたわけで、大丈夫だろうとは思っていたけれど。


 上手く風を使えば、空も飛べるかもしれないな。だけどそんなことをして墜落死でもしたなら目も当てられないわけで、おいそれとは実行には移せないか。


 そう言えば、火球は容易に相殺されるが、雷球はどうだろう。思い、俺は魔力を展開し、雷球を複数個生み出した。そして――発射!


 エストはそれを相殺しようとせず華麗なステップで回避する。やっぱり、予想通りか。


 俺はさっきのおかえしとばかり、雷球の弾幕を張る。ていうか、張らないとこっちがやられる。


 しかし、やっぱり当たらない。よしんば当たったとしても防御壁で防がれ、全くダメージにならない。さて、どうするか――


 パキン、と俺の足で何かが鳴った。


 ……ん? 冷たい。


 げ!


 見てみると、地面から生えた氷の塊が俺の足を拘束していた。やべぇ、動けない!


 そして――お約束、複数の雷球がエストの頭上に浮かぶ。チェックメイト?


 えーい、仕方がない!


 俺は自分の足下で熱波を発生させ、氷を溶かす。あぢぢぢぢぢ。しかし雷球は撃ち出され、迫り来る。


 間一髪、俺は足下の氷を溶かしきり、すんでのところで跳躍して攻撃を回避した。あぶねえあぶねえ、まさかそんな使い方があったなんて。


 しかし、自ら発生させた熱波のダメージでバレット・シートは更に変色していた。まだかすかに赤みが残っているものの、もうほとんど真っ黒だ。


 それにしても、見れば見るほど魔法には色んな使い方があるんだな。使い手のアイデア一つ、か。


 だけど、これで終わりと思うな!


 俺はエストの真似をして、氷で拘束しようとした――が、ぴょんぴょん飛び跳ねてやっぱり捕まらない。くそ、そう簡単にはいかないか。逃げ回る猫を追っかけてるような気分だ。


 そうこうしていると、再びエストが左右ステップを織り交ぜながら俺に迫り来る。――くっ、また至近距離でぶちかましてくる気か。


 俺は逃げるように後方へ跳躍するが、するとエストは一直線に向かってくる。まずい。前進と後退、どっちが速いかは一目瞭然だ。


 それを防ぐべく、火球で弾幕を張る。しかしエストはそんなのはお構いなしと猛然と迫ってくる。くそ、あと一撃だから多少のダメージは気にしないってことか。


 エストが一瞬にして懐までもぐりこんで、手を俺の身体にあてがおうとしてくる――速い!


 俺はせめて回避しようと、全神経をエストの挙動に集中させる。そしてあわよくばカウンターを狙おうと、右手に魔力を集中させる。


 その瞬間、世界から色が消えた。そして、世界の動きがまるでスローモーションで再生されたかのように遅くなる。


 ――なんだ? これは。


 しかし、チャンスができたのは事実だった。俺はエストの腕を小さく爆風で払いのけて、逆に自分の手をエストの腹へと当てる。


 チャンス!


 一撃必殺、カウンターだ!


 俺はエネルギーを炸裂させた。爆音と共に、エストの身体が吹っ飛ぶ。俺も軽い衝撃を受け、後ろにのけぞった。


 世界に色が戻ってくる。


 バレット・シートを見ると――真っ黒に染まっていた。どうやら、放った魔力で自分自身もダメージを受けてしまったようだ。


 エストは数メートル吹っ飛ばされて、土煙につつまれて側臥位になって倒れ込んだ。地面に力なく伏せるエストを見て、俺は我に返った。


「エスト!」


 エストは腹をおさえたまま、身動きをしない。自分でも、相当な手応えがあったのは分かる。もし、防御できずにまともにくらったとしたら――


 俺はエストに駆け寄り、身体に手を添える。


「う……げほっ! かはっ!」


 エストは激しく咳き込んでいた。その様子が尋常じゃなく、俺はたまらなく心配になってくる。馬鹿野郎、俺は一体何をやってんだ――!


「大丈夫か、エスト!」

「う……まともに……みぞおちに入った……」


 なおも咳き込む。しかし深刻なダメージを受けたというわけではなさそうなので、俺はほっと胸をなで下ろしていた。


 だけど、俺は自分がしでかしてしまった行為を激しく嫌悪していた。いくらそういうスポーツみたいなものだからって、女の子に思いっきり攻撃するなんて、男のすることじゃない。情けない。情けないにも程がある。


「ごめん、俺、加減を知らなくて……」

「……いいよ、気にしないで。持ちかけたのは、あたしだし」


 言って、微笑む。苦しいくせに、無理をして。

 エストがゆっくりと上体を起こす。俺はエストの背中に手を添える。


「けど……本当に馬鹿魔力ね。ガードしてたのに、その上から吹っ飛ばすなんて」

「ガードしてた?」

「うん、タイミングばっちりで。……もしガードしてなかったら、ちょっとヤバかったかも」


 エストが苦笑いを浮かべる。


 ……一歩間違えれば、俺はエストに大怪我を負わせてしまってたかもしれないのかよ。想像し、俺は身震いをした。


「リュウは魔力をしっかり加減できるようになった方がいいかもね」


 そんなエストの忠告に、俺は心の底から同意していた。

 俺の魔力は、凶器だ。

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