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第11話:はじめての魔法

「デバイスは持ってる?」


 その問いに、俺は首を横に振った。


「それじゃ、これ、あげるね」


 エストが上着のポケットから何かを取り出し、俺に差し出してきた。

 それは赤銅色をした、縞模様の装飾が施された指輪だった。


「いいのか?」

「うん。あたしが持ってても死蔵させておくだけだしね。使われた方が有意義ってもんでしょ」


 俺はエストから指輪を受け取り、右手の薬指にはめようとした。が、ちょっとブカブカだったので小指にはめることにした。

 

 そういえば、フェアリーゼから渡された指輪もずっと俺が持ったままだったな。うーん、もらっちゃっていいものなんだろうか。まあ、「返してください」なんて言われたら意思疎通もままならなくなるわけで、死活問題だったりするのだが。


「さて、それじゃ始めましょ」

「よろしく頼むよ、エスト先生」

「じゃあ……んー、まず説明からね。今あげたのは四大属性の流れを制御するデバイスで、それを介して魔力を行使することが可能になるの。純度もそこそこいい方だから、魔力の通りもいいはずよ」

「純度って?」

「魔力の通りやすさ。質がいいほど弱い魔力で大きな魔法を引き起こせるようになるの」


 ふむふむ。あれか、導線みたいなものかな。質の良い方が抵抗値が少ないようなものか。


「エストのはどうなんだ?」

「あたしの? そりゃ最高品質に決まってるじゃない」


 ふっふーん、と胸を張って答えた。いや、胸を張るところが違うだろ。


「あと、魔法防御ね。一応、使用者の魔力を使って自動展開はされるけど、任意に防御力を強化することもできるわ。ただ魔力量も消費するから、どう使うかはセンスが問われるところだけどね」

「魔力量って、容量みたいなのがあるものなのか?」


 マジック・ポイントみたいなものなのかな。RPGじゃ一晩寝れば回復するわけだけど、実際にはどうなんだろう。


「そうよ。魔力量は人それぞれだけど、使い切ると魔法が使えなくなるわ。あと、すっごく疲れる」

「回復はどうやるんだ?」

「基本的には休むこと。マジックハーブを飲む方法もあるけど、高いからよほど急ぎの時じゃないと使わないわね。……吐くほどマズいし。からっけつの状態から完全に回復するまでに大体三日くらい」

「……三日って、どうやって調べたんだろ」


 からっけつの状態になるってのは分かる。魔法が使えなくなるわけだから。が、完全に回復したなんてのはRPGじゃあるまいし数値に表示されないわけで、おいそれとは分からないんじゃないだろうか。


「……言われてみれば、確かに。不思議ね」


 言って思案顔になる。なんだ、エストも知らなかったのか。


「姉様に聞いてみたら分かるんじゃない? 物知りだし」

「そうだな、そうするよ」


 確かにまあ、フェアリーゼだったら知ってそうだな。見るからに博識だし。


「説明はこんなところかな。じゃ、実践ね」

「うし」


 俺ははやる気持ちを抑え、腹に力を入れた。今まで正面に立っていたエストが、俺の斜め前方へと移動する。


「じゃあまず、目を閉じて、ゆっくりと深呼吸して。指輪の力で感覚が鋭敏になってるから、体内を流れる魔脈を感じ取れるはずよ」


 言われたとおりに瞳を閉じ、ゆったりと呼吸する。


 暗闇の中、血液のように身体を循環している"何か"があった。それは俺の身体を内側から撫でるようで、しかし不快な感覚ではない。まるで生命の息吹を感じているかのようだった。


「感じる?」

「ああ。全身を循環してるようなやつだろ。」

「へえ、凄いね。最初からそんな風にはっきりと感じ取れるなんて」

「そうなのか?」

「うん。普通だと、最初はぼや~っとあるかないかを感じるくらいだから。鮮明に感じられれば感じられるほど操るのも容易だから、有利だよ」


 凄いと言われても、実感なんてあろうはずもない。まあ、褒められてるわけだから素直に喜んでおくか。


「それじゃ、使ってみようか。感じた感覚を逃がさないように集中しながら目を開けて」


 俺は集中を崩さないように目を開ける。感覚は多少鈍ったが、それでも体内を脈動が巡っている感覚はある。


「基本的に、魔法は"イメージ"で発動するの。最初は手を介するとやりやすいかな。魔脈をまず手に集中させて、次に手を介して流し出す感覚を持つと同時に、目の前に魔法の姿をイメージするの。そうすれば、魔法が発動するはずよ」

「うーん、一度に二つのことを同時に、かぁ。難しそうだな」


 まあ、やるだけやってみるさ。失敗したって、上手くいくまで挑戦すればいいんだし。

 ……もっとも、体育会系じゃないからこういうセンスって悪そうなのが何とも。


 そういえば、謙也の奴は何をしているだろう。ひょっとしたら俺と同じように魔法を習得してたりして。しかし万年文化系の俺と違って、奴は中学までバスケットボールをやってたんだっけな。身体で感じるセンスは優れてそうだ。くそ、負けたくねえな。あいつにだけは


 俺はまず、魔法をイメージする。うーん、どんなイメージを持てばいいんだろう。取りあえずファイアーボールって感じで、火の玉を打ち出してみようか。


 あとは魔脈の制御か。


 俺は両手を眼前に突き出し、魔脈の流れを感じ取ろうとした。体内に確かに流れているそれを、今度は手に収束させるイメージを持つ。お、なんか流れが変化してきたぞ。


 そして、それを外に放出させる!


 俺の目の前で、何やら赤い燐光のようなものがたゆたいはじめた。それは俺の手のひらの前で収束を始め、次第に赤い球をかたどりはじめる。そして段々と大きくなり、やがて一抱えを優に超えるほどの大きさとなった。直径一メートル以上はあるだろうか。


 ちょっと熱いが、我慢できないほどではない。これも魔法防御の効果なんだろうか。


 そんでもって……打つべし!


 俺は火球をはじき出すイメージを作り出した。


 火球が猛スピードで打ち出され、うなりをあげる。それは一瞬にして丘のような場所に到達し、着弾。爆音と衝撃波が巻き起こる。石つぶてが飛散し、大地が大きくえぐれ、砂煙が舞う。


「やった!」


 魔法って……すげぇ!


 俺は興奮し、エストの方を見た。エストはぽかんと口を開け、クレーターを眺めていた。やがて俺の視線に気付いたのか、こちらに向き直る。


「すっごーい! 凄いよリュウ!」


 エストも興奮した様子で、目を爛々とさせて俺の手を取った。


「どんなもんなんだ?」

「うん、一言で言っちゃうと……天才。それも"希代の"を付けてもいいくらい」


 うへぇ、希代の天才かよ。まさか俺にそんな才能があったとは。

 思わずにやけそうになってしまい、しかしエストにマヌケ顔を見られたくなかったので自制する。


「あたしも天才だなんてもてはやされたけど、それでも最初に打ち出したのは拳大くらいのものよ。ほんと、ねたましくなるわ」


 そう言いながら、妬むような素振りは全くない。カラっとしたものだ。というか、本当に嫉妬してるならそんなこと言わないだろうしな。

 

「うちの宮廷魔導士でも、あのクラスの魔法を使えるのは五人といないと思う。それくらい、凄いかも」

「はは、そりゃ光栄だ」


 手放しの賛辞に、俺は何だかむず痒くなってきた。エストってやっぱりすごく素直な子なんだな。


 実際にイメージしたものよりスケールがやたら大きかったというのは内緒だ。どうやら、魔法のイメージって"火種"みたいなもので、あとは注ぎ込んだ魔脈の程度で規模が変わってくるように思えた。


「ところで、疲れてない?」


 俺は言われて、自分の体調を振り返ってみた。


「いんや、全然」


 答えると、エストが深く息を吐いた。


「滅茶苦茶な魔力持ってる上に、魔力量も底なし、か。ほんと、底知れないわね」

「魔力使うと疲れるもんなのか?」

「うん。あのクラスの魔法を使えば、普通は結構疲れるはずよ」


 なるほど。

 しかしそうなると、自分の魔力でどこまで大きい事象を引き起こせるのか興味があるな。


 ……環境破壊になりかねないから、今日は自重しておくか。



 □   ■   □   ■   □   ■   □   ■



 四属性の魔法を一通り練習し終え、俺は一息ついていた。


 火の魔法は文字通り、火を発生させる。不思議なのは、火球を撃ち出したりすると着弾時にかなり大規模な爆発が発生することだ。どうも、見た目に比べて内部にエネルギーが蓄積されていて、それが着弾により解放されるらしい。


 水の魔法は氷属性を内包し、温度を下げて凍らせたりすることができる。いわば冷凍魔法ってとこか。また、水そのものを発生させることもできる。多分、大気中の水蒸気を収束させたりでもしてるんだろう。砂漠を旅行したりする際には必須だな。砂漠なんてものがあるのかは知らないが。


 風は分かりやすい属性で、突風を起こしたり烈風で切り裂いたりすることができる。ちょっとしたハサミ代わりに使えそうだ。しかし突風はいいのだが、烈風はとても危険な魔法で、首をねたりなど一撃で相手を死に至らしめることが可能であるらしい。ブルブル、気をつけないと。使う分にも使われる分にも、だ。エストにも「あんたが使ったら人が死ぬわよ」と言われてしまった。加減ができるようになるまで封印しておこう。


 他に、風属性は雷を内包している。雷球を飛ばしたり、雷を落としたりすることもできる。が、ぶっちゃけ怖い。ビリビリきそうだ。


 土はまた地味な魔法だ。土壌を泥炭化したり、土柱を発生させたりすることができる。しかし土属性の本領はそこではなく、土地の肥沃化といった生活に密着した部分であるようだ。なるほど、食を支える魔法か。


 ちなみに魔法のイメージが無茶無謀な場合――例えば大地からマグマが吹き出すようなイメージを描いてみたりしたらどうなるのかというと、基本的に予測不可能な現象となるらしい。規模が縮小されたり、すりあわせて中間的な現象が起きたり、はたまた何も起こらなかったりするとのことだ。いわゆるひとつのパルプンテってやつか。


 そして、どんな事象が可能でどんな事象が不可能なのかといったことに関しては、魔導士たちが日々研究を行っているのだという。


「それじゃ、次、行ってみる?」

「まだあるのか?」

「うん、今度は防御障壁。ちゃんと防げないと、危ないからね」


 なるほど、防御か。ってことは、さっき言ってた「任意で強化」ってやつかな。


「やり方自体は簡単よ。さっきと同じ要領で"光の壁"をイメージするだけ。ただタイミングが難しいの。構成した壁の強度を維持できる時間は短いから、上手くタイミングを合わせないと無駄になるからね」


 ふむふむ。格ゲーなんかだと後ろレバー入れっぱなしにしてればいいわけなんだけど、魔法はそうもいかないってことか。


 俺は壁をイメージして魔力を放射してみる。すると、視界に淡い光が灯った。しかし光の強さは一瞬のピークを迎えると、分数関数を描いて減少していった。


「こんな感じか?」

「……どうしてあっさりモノにしちゃうかなぁ」

「まあ、センスって奴か?」

「調子に乗るなっ」


 俺は頭をぽかっ、とエストに叩かれた。


「さて、と。それじゃ……」


 エストが俺と距離を取る。今までとは違って大分離れた場所まで行くようだ。


「あたしが火球を撃ち出すから、それを防御障壁で防いでみて」


 おおっと、いきなり実践……って、直撃させるんですかい!?


「それって、危ないんじゃないのか?」


 俺はちょっとビビリながら言った。


「大丈夫大丈夫、自動展開の分があるから、直撃しても数メスタ吹っ飛ぶくらいのものだから」


 ……いや、数――メスタ? 距離の単位だろうか。そのくらい吹っ飛ぶって、十分危ないような気もするんですが。

 ええい、仕方ない。ここで引いたら男がすたる。腹ぁくくれ、俺。


「覚悟はいい?」

「覚悟って、おい!」


 あーた、大丈夫って言ったじゃないですか!


 エストが突き出した手のひらの先に火の粉が収束し、火球が形作られていく。


「それじゃ、行くよ」


 俺は頷いた。


 対峙する俺は、まるでバッティングセンターでピッチングマシーンの真っ正面に立っているかのような気持ちになっていた。怖い。


 エストの手のひらから火球が打ち出される。


 迫る火球。


 俺は光の壁を展開する。

 

 しかしタイミングが早く、壁がかなり減衰したところで火球が着弾、炸裂する。


 全身に超水圧の放水を受けたような衝撃を受け、俺は軽く吹っ飛んだ。


「いたた……」


 俺は尻餅をついた格好になっていた。うーん、ビビって早く展開したのがまずかったか。


「あはは、やっぱり防御はそう簡単にはいかないみたいね」

「悪かったな、反射神経が鈍くて」


 バッティングセンターに行った時だって、全然ノーセンスだったもんなあ。


「ちょっとくらい心配してくれたっていいじゃないかよ」

「大丈夫だって、こんなの。竹刀で殴り合ったりするよりもずっと安全よ」


 まあ、そりゃそうなのかもしれないけど。フェアリーゼだったら心配してくれるんじゃないかなあ、と思うんだ。自意識過剰かな?


「ポイントは、展開を意識してから壁が形成されるまでのタイムラグを身体で覚えることかな。それが分かれば、あとは雷や風にも簡単に応用できるから」


 なるほど。確かに今は大分早いタイミングで展開してしまったが、それでも形成されるまでにコンマ数秒の遅延があったような感じがした。次はそれを意識してやってみよう。


「なんか悔しいな、もう一回!」


 俺は立ち上がり、催促する。


「よしきた、じゃあ行くよ」


 再び、エストの眼前に火球が収束する。


 そして撃ち出され――迫り来る。


 展開!


 が――タイミングが若干遅れ、光の壁の構成が間に合わないままに直撃を食らった。今度は全く防御できずに食らったわけで、俺はまともに吹っ飛んだ。どでかいハンマーで殴られたかのような衝撃を感じる。


 背中で着地し、それでも勢いが収まらずごろんごろんと転げ回る。数回転したところでやっと止まった。


 い、痛い……かなり。


「今度はまともに食らったね」

「……ちょっとは心配してくれ」


 軽く毒づく。


 結局、俺が防御を習得するためにはあと十回は吹っ飛ばされなきゃならなかったのだった。

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