八章 コボルトの干し肉
この時私は、帝国南東部にある「死の森」を目指し旅をしていた。
死の森は、魔大陸の原初の森ほどではないが、亜人の宝庫である。
未知なる味わいと食感に、この時の私は心が躍るとはまさにこのことと、辛いことなどこの人生にないかのように、日が上がれば歩き、日が沈めば休む旅を続けた。
さてそんな折、旅の途中で通っていた草原地帯で、思わぬ来客があった。
それは集団でやってきて、私に襲いかかった。
犬の顔に人間の子どもサイズの体躯。
手に持つのは元は人間が持っていたであろう棍棒や槍で、彼らの扱いやすいサイズに調整してある。
草原で人間を襲い、装備を用意したのだろう。
現れたのは、草原の亜人コボルトであった。
この章では、そんなコボルトの味について紹介していこう。
夜、草原の真ん中に張っていたキャンプの周りで気配がしたので確認すると、コボルトが私を包囲していた。およそ10数体ほどだっただろうか。闇夜に光る二つの目玉が夜空の星のようにこちらを睨んでいた。
だが、コボルトにとってみれば相手が悪いとしか言いようがない。
戦闘力はトップランクの冒険者に及ばないでも、元は世界を旅していた冒険者である私が相手であるからだ。
年老いたとはいえ、私の心身は今までにないほどに充実していた。そのためか、コボルトたちの動きを目で、耳で、そして感覚で捉えることができた。
数体が同時に飛びかかってきた。だが苦もせず私はそれを打ち払った。
コボルトたちは負けじと絶え間なく襲いかかってきたが、ものの数十秒で戦闘は終わった。
戦闘中に同時に捕獲もおこなってしまった。
しかし、読者には真似をしないでもらいたい。
殺さずに複数を相手取る戦い方は、非常に危険だ。この時の私は上手く立ち回れたが、それは経験があったからで、初めて旅をするようなものは、誰かと組むか、もしくは捕らえることを諦めて戦ってほしい。
数体逃したが、全部で9体を捕らえた。
予定外での出来事だったが、いつかは食べようと思っていた亜人であるし、こちらから捕まる手間が省けたと考えれば、運が良かったと言えよう。
それに、このときいた場所と目的地とする死の森まではかなり距離があった。
およそ死の森までは帝国領土を横断するほどに距離があったので、多くの食料を得ることができたのはとても助かった。
しかし調理と、保存に困るのもまた事実だった。
今ここで全て解体しても荷物になるだけであるし、それに腐ってしまう。
しかし殺さずにコボルトを生きたままで連れて行くのも、また苦労のかかることだ。
餌などによる栄養の管理、逃亡や抵抗の阻止。
これにかかる手間は、ドラゴンを倒すよりも負担を強いられる。
その日食べる分は、正直一体分以下で十分だろう。
そうなると、少なくとも今日から8日はコボルトを連れて旅をしなくてはならない。道中、抵抗があればさらに長引くだろう。
旅のスピードも遅くなる。食料を確保できるというメリットの代わりに、旅の難易度を上げるというデメリットが生まれるわけだ。
しばし悩んだ後私はこれしかないと、考えをまとめた。
それならば、調理と保存を同時に行うことにしたのだ。
私は考えをさらに練り上げた。
調理と保存の同時並行。コボルトたちを余すことなく食すのなら、冒険者といえばの調理法を試すほかなかった。
保存に適し、それでいて肉の味わいも無くさず、スープなどに加えれば味を引き立てる。そしてなにより美味い。そう、私が考えたのは干し肉である。
さて、それではさっそく干し肉の作り方に移ろう。
捕らえたコボルトを選別し、今の戦闘で怪我を負ったものや、身体の細いものを並べる。
こういった個体から使わないと、後で食料を無駄に減らすことになるか、もしくは死んだ時に都度調理を行わなければならなくなる。また、残ったコボルトは荷物持ちとして使おうと考えているので、残すのはなるべく健康体である方が良いのだ。
該当したのは4体。まずはその4体のコボルトを解体していくこととした。
4体分ともなると、かなりの重労働だった。腕や足など四肢を分け、内臓を取り出して肉を選り分ける。これだけで夜が白み始めたほどだ。
肉自体からは特段異臭などはしなかった。とりあえずは食用として使えそうであった。
解体を行ったあと、私は肉をつける調味料を用意した。
肉の量が多いので、持っていた調味料の多くを使ってしまった。使ったのは、塩・醤油・ハーブである。
解体された肉を順次漬け込み、およそ新しく組んだ焚き木が、炎によって静かに崩れるほどの時間待つ。
その後は本来であれば、燻製などして肉に匂い付けをするのだが、今回はコボルトの味を、肉の味を楽しむために、あえて行わないことにした。
さて、干し肉は風通しのよい場所で肉が重ならないように干すのだが、今回は紐で繋げて縛り、解体していないコボルトに持たせる。背負わせるように繋ぎ、首元から背中にかけて肉を吊るせば、歩かせるだけで肉を干すことができる。
普通は夜に干し、昼は日陰で保存するほうが味や食感が良くなるのだが、今後干し肉を調理する際、そのままで全て食べようとは思っていないので、肉が硬くなることは気にしていない。
とにかくこのように干し肉を作ることにより、旅の道中コボルトにコボルトの干し肉を持たせることで、調理と保存を両方行えるというわけだ。また、コボルトの体力を維持する食料も、そこから捻出できるので、非常に経済的な計画であった。
コボルトに解体した仲間を持たせると数体がこちらを睨み、唸り声を上げた。
同族を殺されたことによる恨みだろう。だがそれは随分と都合が良いことだと思う。
私を殺そうとしてきたのだ、逆に食料にされても、文句を言うのは間違っている。これはやはり、コボルトが所詮知能が低いということなのだろう。
旅は順調に進み、三日ほどで干し肉は食べるのに適した頃になった。
途中に表面が腐ったものもあったが、それはその部分だけ削り、日中旅の工程の間、常に陽が当たるようにコボルトたちに運ばせたことでかなり出来が良い。三日間全ての日が晴れていたのも、良く干せた要因だろう。
さっそくその日の夜、キャンプで干し肉を調理することにした。
調理と言っても、干し肉はすでに完成しているようなものだ。
そのため干し肉は材料の一つであって、干し肉を使ったスープを作っていこうと考えた。
組んだ薪に火をつけ、鍋を吊るして火にかける。
なけなしの飲み水を鍋の半分ほど注いだら、沸き立つまで少し待つ。
沸き立った湯に干し肉を入れ、火を弱めながら出汁を取るようにする。
するとどうだ、段々とコボルトの肉の匂いであろう、獣臭があたりに漂った。
かなりキツい匂いだった。
魔獣のそれに近く、それでいて洗っていない犬の匂いのようだ。
鼻が曲がるような匂いだったが、それでも一応旅の中ではよく嗅ぐ匂いであり、食欲が全て失せるかと言われればそこまでではなかった。
肉以外に具材として、草原に自生していた茸類も加えた。もちろん、美食家である私の目利きによる選別を通った、食べられる茸たちだけだ。
最後に塩で味を調節すれば、完成だ。
冒険者たちが旅で良く食べる料理。干し肉のスープと、干し肉の塊である。
さっそくいただくとしよう。
かなり強い、キツい匂いが肉からしている。
スープに入れた干し肉は、いくばくか柔らかくはなったものの、それでもかなり硬かった。噛み切るのにそれなりの時間を要し、一口で顎が疲れた。
しかし口に入れてみて、その苦労を忘れるほど、肉の味に衝撃を受けた。
美味い。
肉の味自体としては、牛肉と言っても貴族たちを惑わすことができるような風味がある。
匂いは変わらず口に広がるが、塩と醤油、ハーブによる味付けと相まって、匂いがアクセントのように旨味となっている。
旅の疲れからか、一口、また一口と食は進む。
次は干し肉を齧った。
とても塩辛かった。干し肉といえばという感じの、塩辛さがある。先ほどのスープに入っていた干し肉も塩味を感じたが、スープにしたことでそれが出汁となって弱まっていたらしい。
干し肉そのままの塩味は、まるで海水を飲んでいるかの如き塩辛さだ。
そのままでも食べられないことはないが、ある程度非常食という扱いでもって取り扱い、食す時はスープに入れる方が良いだろう。また、塩辛ければ、薄く切って酒のつまみにするのも一つの手ではあるが、それは別の機会に試すことにした。
食事を終えた後、適当な大きさの干し肉をコボルトたちの前に投げた。干し終わった分はまだあるし、明日からも干し肉を運んでもらわなくてはならない。
だがコボルトはその干し肉から逃げるように離れた。
干し肉と私を見るその目には恐怖しかなく、捕らえた頃にあった憎しみや恨みといった感情は、もうどこにもなかった。反抗心がなくなっているのであれば、旅の安全がより高まるので良いことである。
死の森までの数日、徐々に干し肉を食べ、そして減ればその都度干し肉の量と運び役の数を考えながらコボルトを解体した。
途中数体が気が狂ったかのように命令を聞かなくなったので、コボルトだけでなく私自身でも干し肉を運ぶ必要があったが、骨や余計な内蔵を捨て置いているために、荷の量としてはあまり苦にはならなかった。
解体のたび、運び役のコボルトたちは逃げようとしたが、最後の一体となったコボルトは逃げようともせず、ただ目を瞑っていた。解体が楽で助かった。あのようなコボルトが増えれば、旅の最中でコボルトたちを連れて歩くのも悪くはない。
以上がコボルトの干し肉の紹介であった。気になったものはぜひ、燻製にする等のアレンジを加えるなど、独創性あるコボルトの干し肉作りに挑戦してほしい。
レビュー、評価、感想お待ちしております。
はじめての投稿作品ですので、分かりづらさ、まどろっこしさなどあるかと思いますので、そういった改善点について、教えていただけると幸いです。