七章 サキュバスのしゃぶしゃぶ
人間の抗うことのできない欲求の中で、有名なものは食欲、睡眠欲、そして性欲だ。
私は食欲に突き動かされて生きてきたが、読者の中にはそれ以外を大切に生きているものもいるだろう。
そして中でも性欲に突き動かされるものにとって、この章で紹介する亜人は大変興味深いものであると想像する。
さて、前置きはこの程度にして、さっそく紹介していく食材について話を進めよう。
この章で紹介する亜人、それはサキュバスである。
サキュバス。
男を惑わし、精力を吸い取ってそれを自らの糧とし暮らす亜人。
魔物や悪魔であるともされるが、れっきとした人に近い存在の亜人である。
さっそく捕獲方法について記そう。
捕獲は、意外にも男に難しく、女に易しい。
サキュバスは男を狙うため、自らを餌としてサキュバスを釣ることができる男のほうが、サキュバスを捕らえやすいように思われるのだが、サキュバスは男を欲情させる匂いを分泌し、男の正常な判断能力を失わせるために、男一人での捕獲、または男のみのパーティでの捕獲は非常に難しい。
であるから、まずあなたが男である場合、女の協力者を得る必要がある。
しかし協力者についてはいたって簡単に手伝いを得ることができる。
サキュバスはその性質上、山間部などの過疎地には少なく、人間の多い街中に現れやすい。
今回は帝国の商業都市にて捕獲を行うが、実際にはどの町でもいい。
サキュバスは街の売春宿によく在籍している。もちろん、人間のふりをしているので、一目では見分けがつかないだろう。
さらに先ほど述べた通り、男は正常な判断能力を奪われてしまうために、サキュバスであるかを確認する前に虜になってしまう。
であるために、サキュバスを捕獲する際には、同じ売春宿の売春婦を利用するのが良い。
売春婦はいわゆる人気が大切な商売だ。
人気のある嬢には人と金が集まる。
それは時に莫大な利益になるし、莫大な権力にもつながる。
だがもちろん集まるのはそれだけではない。
嫉妬や憎悪などの、妬む気持ちも集まりやすい。
人と金と妬みが渦巻く場所。
それが売春宿だ。
サキュバスが売春婦をしたとする。
であれば、人気はどうなるか。
お察しの通り、人間の売春婦などでは太刀打ちできないほど、かなりの人気者になるだろう。
だが、それを人間の売春婦たちはよしとするだろうか。否、よしとしない。
今回使うのはその関係性である。
まず情報を集める。
間違って人間の売春婦を捕まえては大変だ。
情報の取捨選択は非常に気をつけなければならない。
話を聞く時気をつけるのは、売春婦のいうそのサキュバスらしき存在の性格や風貌がいかにサキュバスであるかではなく、サキュバスらしき売春婦に入れ込む男たちの様子を主に聞くべきだ。
明らかに正気でないものが複数人いるようであれば、それはその売春婦がサキュバスであると疑ってよいだろう。
このようにして、売春婦たちから情報を集めた私は、一人の売春婦が候補に上げた。
候補を選んだのであれば、次は捕獲である。
ここからは簡単だ。
情報を提供してくれた売春婦に更なる協力を依頼し、上客だとでも伝えてもらってサキュバスを誘き出す。
売春婦がサキュバスを連れてきたら、後ろから鈍器などで殴って気絶させればいい。
ただし、気絶させたときにサキュバスの尻尾があるかの確認をしよう。ここで確認できなければ、それはただの一般人だ。丁重に謝ろう。許してもらうために金は多く積むべきであるが、生活を圧迫しない程度で押し留めること。また、金を払ったならすみやかにその町を離れること。官吏に通報され、街で追い回される前に逃げ出すことが大切だ。
今回の場合、捕獲したのは睨んだ通りサキュバスであった。
売春婦に礼と謝礼金を支払い、さっそく調理を行える場所へと移動する。
調理場所はなるべく人の目がないところが良い。サキュバスは一目では人間に間違われるような亜人だ。下手に見つかっては、人間を食べる狂人として官吏に通報されてしまう。
街中であるとなかなかに難しいが、後処理が可能なのであれば安宿などでも良い。
またできれば、血を洗い流せる設備があるか、もしくは水魔法を使えるといい。
この時は、捜索のために借りていた宿で調理を行った。
さて、まずは可食部を体から切り分ける。
定番の太ももと胸につづき、上腕や背中の肉、首筋などの肉付きがいい部分も切り取っていく。
次に、切り分けた肉をさらに薄く切り分けていく。
この工程で気づく読者もいると思うが、今回は小国郡発祥のしゃぶしゃぶを作っていこうと思う。
しゃぶしゃぶは良い。
湯をくぐらせるだけで、肉の余分な脂が落とされ、その上で味付けを変えていくことでいくらでも肉を楽しめる。
今からでもよだれが垂れそうだ。
肉を切り分けたら、さっそく湯を沸かす。
湯の中に海藻を混ぜると良い味になるので、今回はため息の海岸で拾った海藻を加えておく。
しばらく待って湯が沸き、海藻の出汁が出た良い匂いがしたら頃あいだ。
さっとサキュバスの肉を湯にくぐらせる。
赤い肉は徐々に熱によって白く変わり、出汁をまとって輝きを放つ。
まずはなにもつけず、いただこう。
程よい弾力。
海藻の出汁をまとっているが、肉の風味は損なわれておらず、それどころか肉肉しい味が主張する。
だがそれもくどくない。全くといってよいほど臭みがなく、まろやかな味わいが後味として広がっていった。
肉の食感は豚肉に近い。
サキュバスは人間でいう女に近く、メスの肉は多くの生物に共通して柔らかいので、肉自体の食感はかなり美味だ。
油も上品で、食欲をかき立てる。
その生き様や行為は品が高いとは言えないサキュバスだが味は上品とは、なんとも皮肉な話である。
次は醤油にニンニクをくわえ、唐辛子を加えたものにつける。
うむ、これも上手い。
少し辛味が強かったが、食欲を増進させる味わいに、何度もつけて口に運んでしまった。
次は酸味が強い果物を少量絞ったものに、胡椒と鶏のガラを煮込んだ汁を加えたものを用意した。
酸味が良いアクセントになり、肉の味を引き立てる。
あっという間に、肉はなくなってしまった。
サキュバス一体分ということもあり、下手に焼いては余らせていただろうが、しゃぶしゃぶにしたことで余らせることなく、満足いく食事と食事となった。
食べ終えた後は、部屋の掃除と荷物の整理、簡単な換気を行なってから、宿を後にした。
長く部屋にいると気づかないままにしてしまいがちだが、解体を行った部屋は血の匂いがつくので、掃除と換気は十分行うことを注意するように。
以上がサキュバスのしゃぶしゃぶの紹介であった。気になったものはぜひ、サキュバスの上品な油とその肉の味わいを試してほしい。