四章 妖精のフライ
タルマン帝国の中にある帝王の森。
ここには不思議な遺跡があり、考古学者の調べでは遥か7000千年前に栄えていた古代文明の跡らしい。
ここにはある種族が住んでいる。
それは妖精、ピクシーである。
基本的にピクシーはさまざまな環境に適応して生活している。火山や水辺、森に谷。世界に最も広く分布している種族といえよう。
しかし妖精の集落は隠れ里になっており、非常に見つけづらい。彼ら自身のサイズが小さいために、集落自体も小さく、時に地面の中であったり、大樹の葉の間であったり、その里は非常に見つけづらい。
普通に旅をしていては、出会えない確率が高く、冒険者の間では幻の存在とまでされている。
この章ではそんな妖精の味を紹介していこう。
話は変わるが、なぜ私がこの帝王の森に妖精がいることを知っているのかというと、以前ここで死にかけたとき、彼らに助けてもらったからだ。
なぜ死にかけたのかは説明を省くが、とにかくこの森に妖精の隠れ里の一つがあるのを、私は知っていた。
今回亜人を食す旅を行うにあたり、他の妖精の集落を探すことも考えたが、手間やコストから事前に見つけてあった里に決めることにした。
捕獲は至って簡単だ。
里の近くで網を敷き、その上にお菓子を蒔いておけばいいのだ。網には四方にロープをくくりつけ、中に入ったものを吊り上げられるようにしておく。
これで、あとは数時間待つ。
すると、あっという間に彼らはそこでお菓子を食い漁り始める。妖精が妖精を呼び、集落中がお祭り騒ぎでお菓子に群がるのだ。
あとは、網の四方にくくりつけたロープを引っ張り、妖精たちを捕まえれば捕獲完了である。
この時捕獲できたのは、ざっと30体前後といったところだった。
網の中で暴れる様子は、魚や虫のそれと同じだ。
さて、まずは食べる分と食べない分を選り分ける。
具体的に言うと、若すぎる個体を取り分ける。どんな食材でも若くまだ成長する個体は、肉は柔らかく味も良いことが多いが、取り過ぎはその後に再度食べたいと思った時に影響を与える。
何事もやりすぎは良くないのだ。
ただ、恥ずかしい話ではあるが、この時私は極度の空腹状態であった。そのために、やはり若い個体も味わっておきたいと考え、選り分けをかなり不適当に行っていた。この時のことを思い返すと、口では高尚なことが言えても、未知の味に歯止めがきかぬのは美食家の性なのだと痛感する。
話が逸れた。
私はメスとオスを正確に吟味し、それから今回食べない妖精は避ける作業を続けた。
しばらくして吟味が終わり、食べるのは、捕まえた30体の妖精のうち、20体になった。
捕獲、選り分けについては以上になる。
では調理方法に移ろう。
まずはフライにするための準備だ。
以前から興味があったので、羽も食べようと考えた。調理中の事故を防ぐためには、逃げ出すのを阻止するのに羽を毟るべきだが、妖精の羽の味も知りたい。
そのため、まずは首を折る。
妖精は骨が脆いので、捻れば簡単に首が折れる。
首を折ったことで、神経断絶が起こり、羽を動かすこともなくなる。
ただ、もちろんこれによって死んでしまう個体もいるので、少しでも新鮮なように、なるべく早く全ての妖精にこれを行っていく。
全ての妖精の首を折り終わったら、次は下味である。簡単に塩と胡椒でいいだろう。
この間、油を火にかけておくのも同時に並行すると、調理時間の短縮につながる。
下味をつけ終わったら、衣をつけていく。
小麦粉と卵を溶いたもの、パンを砕いた粉の順で衣をつけていく。
このとき、頭や足までしっかりと衣をつけるために羽を持ち、頭部側に寄せる。
そして、羽の先が頭より上にくるようにして、衣つけていく。こうすることで、全体に満遍なく衣をつけることができる。
温度確認のため油に入れた木の枝から、多量の泡が吹き出す頃合いになったら、妖精を揚げ始める。
この揚げているときの音。食を語る上でこの音は外せない。食欲を五感からかき立てるこの音は、美食家なら誰もが好む音だ。
そんなことを考えているうちに、衣が良い色になってきた。きつね色になったなら完成だ。
うむ、考えた通り。
羽を頭の上に伸ばして衣をつけたことで、見た目は完全に魚や海老のフライだ。食卓にそれらと一緒に並んでいたら、違いは分かりづらいだろう。
しかし味は確実に違うはず。
ではまず一口。足のほうから頂こう。
サクサクの衣の食感が口に広がる。
うむ、美味い。
中の妖精は良く火が通っているがとても噛みごたえがある。
噛み切った断面からして腰の辺りだが、内臓の臭みもない。
味は昆虫に近いな。芋虫や多脚類に似た味がする。だが食感は肉だ。柔らかいが少し骨を感じるので、手羽先のようにも思える。
獣臭さはない。
足先のほうからさらに一口、二口と食べ進め、最後に羽のあたりを食べる。
羽からはパリパリと音が鳴り、香ばしい香りと共に妖精の肉を食べた時に感じた風味が口の中に広がった。
これは美味い。
羽だけでも十分に妖精の風味を感じることができるな。仮に羽だけで食べるなら、発泡酒や清酒との相性もまたいいだろう。
気づけばおよそ10本ほど黙々と食べてしまっていた。
一旦小休憩を挟むがてら、妖精フライにかける調味料を用意しようと考えた。異世界からの転生者によって広めれた、味変というものだ。
まず醤油をかけることを思いつく。
あとは、この帝王の森で採れるソースを用意することを閃いた。
簡単に思いつくのは、木の実のソース、またはキノコのソース。だがそれらは正直新鮮さと驚きに欠けていた。未知の味へは未知の組み合わせを試してみたいと考えたのだ。
ちらと、食べない分として分けた妖精たちに目をやった。
怯えきった目をする者、目の焦点が合わない者、しきりにフライに向かってなにかを叫ぶ者。
全員が思い思いの様子で過ごしている。
私はまたしても閃いた。
妖精の羽を調味料で使うのはどうか、と。
思い立った私は、食べない分として分け、網にしまっていた妖精を取り出し、羽を毟る。
根本から引き抜くように取ろうとしたのだが、思いの外しっかりとくっついており、1匹かなりの出血をさせてしまったので、それ以外の妖精からはナイフで切りとるようにした。
妖精の羽は揚げたものと違い、薄いが弾力があった。ナイフで細かく刻み、それを火にかける。
しばらくすると、先程羽を口にした時に感じた風味がいい匂いとなってあたりに広がってきた。
そこに塩をを少量加える。
妖精の羽塩の完成だ。
用意が終わったので、早速フライにつけた。
まずは醤油。醤油の風味と妖精の肉がよく合う。食べ終わった後、口の中が少しすっきりするのも、また醤油を使う良さであった。
次に羽塩。…これはかなり美味かった。
塩加減と羽の風味が絶妙なバランスでフライの味を引き立てている。
このとき思いついたのは、どちらも米との相性は抜群であろうということ。
炊いておかなかったことが悔やまれたが、機会があればまた試そうと思い、醤油と羽塩を堪能しつつ、妖精のフライを完食した。
総じて、妖精は調味料として最高で、そしてその調味料が一番に合う肉を持つ亜人であったことがわかった。
あたりを片付けると、食べない分の羽を毟った妖精を網から出す。
食べない分といいつつ少し食べてしまったので少し反省した。
森に爽やかな風が吹いた。
一息つけると、私は次の亜人の味を確かめるため、また旅を続けたのだった。
しばらくして、帝王の森に人間嫌いで自称妖精の「小人」が暮らしていると噂になった。はて、小人なんていただろうか。小人の味を確かめたいと考えたが、それは別の機会に別の場所でしようと考え、帝王の森に戻ることはしなかった。
以上が妖精のフライの紹介であった。気になったものはぜひ、妖精の羽とその肉の相性を確かめてほしい。