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亜人の食べ方  作者: ダグラス窩
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二章 人魚の刺身

ここは魔大陸東岸にあるため息の砂浜。

多くの冒険者がここから海底国家「エンキ」、または東にある中央大陸へと渡るために魔法や船を使い出発する。

さて、今回狙う食材は海に生息する亜人「人魚」だ。



海底には、マーマンと人魚が暮らす亜人の国家「エンキ」がある。

その歴史は古く、人間が魔法と武器を持ち大陸を制覇するその遥か昔から、海底にて国を築いていたとされている。


そんな歴史深い国であるが、私が訪れた時、人間の入国が制限されていた。これは5年前に起きた魔王軍侵攻の余波によるものであり、あの魔王が行なった悪行に伴う害が、こんなところにまで及び、なおかつそれがまだ続いているとは、まったく思わなかった。

とにもかくにも、人間である私は海底国家に入国することができず、入り口であるため息の砂浜にて足止めを食らってしまった。



私は冒険者であり、世界を旅した美食家であったが、海底国家エンキへと入国せずともマーマンや人魚を獲る方法に通じている訳ではなく、また、それらの亜人の生態を理解していたわけでもなかった。

入国ができないと知った私は、ため息の砂浜で海を眺めながら、今回は諦めまた数年後に入国を許されてから考えるべきかと、思い悩むことしかできなかった。


しかしこの問題は、思わぬ形で解決することになった。



砂浜を歩き、はてさて海底国家を諦めたなら次はどこに行こうかと悩んでいた私の目の前に、突然大きな波が起こった。

その波が引いた時、なんと人魚が打ち上げられていた。


その人魚はどうやら衰弱しているようで、弱々しく体を起こすと、私に声をかけてきた。

曰く、海底国家の外れで暮らしていたその人魚は、魚を取りに外界に出たところ海獣に襲われ、あちらこちらに逃げてなんとかこの岸辺までたどり着いたとのことだった。


このとき、初めてこの世を作ったとされる神の存在について信じることができたように感じた。


私は近くに誰もいないことを確認すると、ゆっくりとナイフを取り出した。



思わぬ捕獲に際し、私がまず行ったのは血抜きと神経の切断である。

人魚の首筋にそっとナイフの刃を立て、血を外へと逃してやる。

方法は他の魚と一緒だ。血を抜き始めたら海に浸けてやれば、よく血が抜けていく。

次に背側にナイフを突き立て、首筋の辺りをナイフでぐっと突き込む。

ここで大切なのは角度だ。頚骨の間に滑り込ませるようにして、神経を切断する。

こうすることで、筋肉が動いて血が巡り、肉が硬くなるのを防ぐ。


数分して血が出にくくなったなら、ここまでで下準備は完了だ。

さて、さっそく調理開始である。



砂浜の近くにある岩棚のうえに私は人魚を担ぎ上げ、ナイフを手に構えた。

作るのはそう、刺身だ。

生魚を食べる文化を持つのは、中央大陸でもかなり海沿いの少ない地域に限られる。私も初めは驚いたものだが、新鮮であればこその調理法であると理解して食べてみてからは、あまりの美味さにそれからは機会があれば生で食べるようにしている。


さてしかし、そもそも人魚の肉は刺身に適しているのだろうか。

上半身は人間に近い様相であるし、刺身ならば下半身か。


食べ比べをしたいので上半身と下半身を腰から切り分けたいが、内臓が破れては悲惨なことになる。

魚の解体に伴うセオリーとは違うが、まずは内臓を取ることにした。

鱗をとってからあらかた内臓を取ると、次に上半身と下半身を二つに分ける。

背骨を折るのがなかなかに大変だが、これは冒険者ならば時間をかければ行えないものではない。


上と下を分けたなら、まず下半身を3枚に下ろす。

背骨から二つに分けると、そこには綺麗な赤みが広がっていた。

よく泳ぐ人魚の肉は、やはり赤身になるようだ。

問題は、捕獲までに長い間泳いでしまっていたので肉が硬くなってしまっていないかだが、まあその辺りはおいおいそうでないものを捕獲して食べ比べば良いだろう。

調理を続け、一片をナイフで食べやすいサイズに切り分けていく。


それを皿に盛り付ければ、あっという間に人魚の刺身(下半身分)の出来上がりだ。


すでに下処理から2時間ほど時間が経ってしまっている。鱗をとる作業に思ったより時間がかかってしまった。

急ぐように私は刺身を口に運んだ。


…普通の刺身だな、魚の肉だ。肉は硬くない。

赤身の味は大型の回遊魚に近く、脂身はそれなりの味。

だがしかし特段驚くほどの味ではなかった。


気を取り直し、今度は上半身の解体に移る。

内蔵をとっているとはいえ、時間が経ってしまっているので臓器からはなるべく離れた部位を食べた方がいいだろう。

今回は可食できそうなよく実った胸の辺りと、細いがある程度の肉付きがある上腕のあたりを捌くことにした。


胸は二房しっかりと量があったので、問題なく捌くことが出来た。

上腕はやはり肉付きが悪く、また時間をかけ過ぎてしまったせいで色もよくないために捌くのは途中でやめた。


さて、こうして乳房の切り身が出来上がった訳だが、こちらはなんとも美味そうだ。

乳房は基本的に脂肪の塊であるし、一体からたくさんの量が取れるわけでもない。

だから、魔獣などの乳房を好んで食べることはしないのだが、こと人魚に関しては不思議な魅力があるように感じる。


一切、口に運んでみる。

しばらくの間、口に広がる噛みごたえのある弾力に心を奪われてしまった。

単純な味で、美味いかと言われれば好みが分かれやすい味をしているが、弾力に関してはかなり良い。

噛みきれないわけでもなく、そして柔らかすぎないこの弾力は、いつまででも噛んでいたいと思えるほどだ。

総じて、人魚とは不思議な弾力で食したものを楽しませる肉をもつ亜人であった。


あっという間に乳房を二房食べ終えた。


うむ、人魚は尾びれ側よりも乳房を食すべきであるという事実が分かったな。

だがまあ今度試すときは、新鮮なうちに上半身を食べるようにしよう。


そういえば、人魚を食べると寿命が伸びると、一部地域にて伝説が残っていたような。

その話も、きっとこの不思議な弾力を持つ乳房を食べたから起こったのだろう。だとすれば納得だ。



辺りを片付け終わったあと、冒険者の集団がいたので、人魚の下半身の切り身を買ってもらい、少しばかり増えた路銀を持って、私はまた別の亜人を探しに出発したのだった。




以上が人魚の刺身の紹介であった。気になったものはぜひ、人魚の乳房を切り分け、その不思議な食感を確かめてほしい。



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