まえがき
よろしくお願いします。
この本を手に取ったあなたに向け、執筆者である私について、少し話そうと思う。
私は世界を旅する冒険者だった。
そして、冒険の中で古今東西、人間の領域である中央大陸のみならず、魔獣の棲まう魔大陸、龍神国や海底国家までのあらゆる肉、魚、野菜、あるいは虫などの食材を口にしてきた。
理由は好奇心と、未知への探求。
いつからか私は美食家と呼ばれるようになり、冒険者の間ではそれなりに名の通った存在となった。
その呼び名に恥じぬよう、見つけた獣、見つけた魔物、見つけた草花はすべて調理し、食してきた。時に毒され、時に吐き戻した食材もあったが、それもまた良い経験であった。
私がこの世で食べたことがないものはない。
そう慢心するほどに、私はこの世のすべての食材を食べてきたと自負していた。
冒険者として世界を一周したあと、私は終の住処として中央大陸にある小さな街に根を下ろした。
それからの毎日は、非常に満ち足りたものだった。
冒険者であったときの刺激に満ちた生活とは違うが、季節の移ろいをただ感じる日々は、私の心に安寧を与えた。
だがそんな生活は、一つの小さな気づきによって壊れた。
その日も変わらず、木漏れ日が差し込む窓の外を、座ると音のする古椅子に腰掛け眺めていた。
少しばかり微睡んでいたが、意識だけははっきりとしていた。そんなとき、ふとあるものを目にした。
それは冒険者時代にもよく見かけていたものであったし、街で暮らし始めたあとも、時折見かけるものだった。
そして気づいた。
そういえば「あれ」も食材なのではないかと。
それは亜人たち。
人間の冒険者たちに紛れて、エルフやドワーフ、マーマンや獣人たちが楽しそうに歩いていた。
どうやら彼らは冒険者か旅人の集団らしく、各々が武器を背に魔物の素材を持って街の中心地へと向かっていた。
そう、「あれ」とはつまりは、亜人のことである。
亜人。
人間のような見た目をしている種族、または、そうでなくても一定の知恵や文化を持っている種族について、世界ではまとめてそう呼ばれている。代表されるのは、エルフ、ドワーフ、獣人など。
考えを持った初めは、なにを狂ったことを、と一笑に付した。
これまで共に生活してきたものを食材として見るなんて、私は気でも触れたのかと心の中で思った。
彼らは家畜のように食べられるために生きているわけではなく、魔物のように敵対しているわけでもない。
そのように考えたところで、そこからはその気づきを振り払うように生活した。
しかし私は、気づいてしまった。考えてしまった。
未知、つまりは、まだ知らぬ味のことを。
これまでの人生は未知への探求、それもまだ知らぬ味への探求のために、多くの日々を冒険者として過ごしてきた。
考えはまるで頭上に輝く太陽のように常に私の頭を焦がし、砂糖を溶かした水飴のように粘着質に私にまとわりついた。
数日して、考えを笑ったあのときの私はもういなかった。
私はいつのまにか、考えを深く、受け入れていた。
それからはただ後悔が続く日々だった。
なぜ気付がなかったのだろうか。
なにも気にもせずに亜人と関わっていたが、よくよく考えれば分かる事実なのだ。
なんと思慮の浅いことだったのだろう。
私の知らない味が、食感が、ずっと近くにあった。
私は居ても経っても居られなかった。
そして、旅に出ることを決意した。
まだ知らぬ味を知る、その旅に。
まるで憑き物が取れたかのように体は軽く感じられ、心には一つの温かな火が灯ったようだった。
その後長年をかけ、その旅を終えた私は思った。
この素晴らしい旅路を、素晴らしい味を、是非とも食を愛する人たちに伝えたいと。
私が筆をとったのはこのような理由からである。
さて、少し長くなってしまった。まったく申し訳ない。執筆の始まりについての話はこの程度にしておこう。歳を取ると、話が長くなるのだ。
私のような老骨が、至った経緯を長々と話をしていてもつまらないだろう。
そもそもとして、この本を手に取るような者なのだから、今まさに未知に触れたいという好奇心に溢れていることだろう。そんな状態の時、執筆の経緯など大した価値はない。
まえがきなど、この程度で十分だろう。
ただ、まえがきを終わらせる前に少しばかりの思いを書き記したい。
この本をもとに、また一人、未知への探求者が生まれることを望む。
以上だ。