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物語の社

金の生る木

作者: 五月雨

 けちな資産家がいた。


 世界の二割に当たる富を持っていて、それでも稼ぐことに余念がない。国や会社にカネを貸して利子を取り、暴落した土地や株を買いあさっては高い値段で売り抜ける。


 世の中カネがすべて、カネさえあれば何でもできる。そのくせ元手は遺産だから、嫌われて当たり前。仕事で屋敷を訪れる者達も、心の底では憎らしく思っていた。


 ある日、この人物が世界じゅうに発表した。


「一番豊かな国の、一番人口が多い街にある一等地を貸してやる。賃料は売上の一割、儲けが出なくても地価の一割を払え。我こそと思う者は、わたしのところに来い」


 土地は小さな店が建つ程度。駐車場を置く余裕はないだろう。ほかの地主から借りようにも、すでに高層ビルが並んでいて空地らしい場所はない。


 それでも、この申し出に大勢の人が殺到した。最高の立地で商売ができるなら、少しくらい高くても。そう考える人が多かったのである。




 ☆★☆★☆★☆★☆




 最初のひとりは、腕のいい料理人だった。最高級ホテルのレストランで料理長を務め、知らぬ者がいないほどの有名人。彼の料理は資産家も何度か口にしたことがある。取引先の社長に頼まれて、カネ持ち同士のパーティに参加したときだったが。


 その計画書に見向きもせず、資産家はゴミ箱に投げ捨てた。


「こんなものは利益にならない。わたしの財産を使いたければ、もっと儲かることを考えるべきだ」


 二人目は慈善家。


 資産家のような人物は、世の中のために進んで富を使うべき。だから自分達の活動に無償で土地を提供してはどうかと持ちかけた。


 資産家は虚栄心も強く、狙いとしては悪くない。しかし結局借りることはできなかった。


「石潰しの分際で、わたしに指図するのか。儲けを出さない人間はゴミと同じだ。片づければカネを取れる分、ゴミのほうがマシかもしれん」


 多くの会社や実業家が訪れたが、資産家を満足させる計画は一つもなかった。


 土地は寝かせておいても利益を生まない。仕方なく無難そうな宝石店に決めようとしたとき。新しい希望者が資産家の元を訪れた。


「聞くだけ聞いてやろう。きみは何をするつもりかね」


 希望者は落ち着いた声でこう言った。


「農業をするつもりです。これだけの土地があれば、じゅうぶんな利益を見込めますよ」


 普通に考えれば無理がある。農業は自然を相手にする仕事。確実なんてものはないし、効率化を図るには規模が足りない。少なくとも十倍、いや百倍の面積が必要だ。そもそも何を育てるつもりか、黙っているところも怪しい。


「作物の名前は言えません。あなたが先に売り出すかもしれませんから」


「話にならないな。しかし最後まで聞いてやると言ったのだ。それを売って、どのくらい儲けられるのか言ってみろ」


「そうですねえ……」


 頭の中で計算機をはじくと、小遣いの額でも教えるように微笑んだ。


「この屋敷の庭が、金で埋まるくらい。正確なところは、わたしにも分かりません」


 資産家は怒りの形相でつめよった。


「犯罪をおかすつもりではあるまいな?わたしは善良な市民だぞ。違法なものを植えるつもりなら……」


「大麻や芥子を育てても、そんなには儲かりません。この作物を栽培するには、このくらいがちょうどよいのです」


 麻薬より儲かるが合法。土地を広くしてもいいことはない。そんな作物は、今まで一度も聞いたことがなかった。


 ならば宝石店か?しかし、そんなものは儲けの幅が知れている。カネ持ち相手といっても、カネが無限にあるわけではないのだ。


 そして儲けが少なかった場合も地価の一割。たまにはふざけてみるのも悪くない。この嘘つきが借金に悩み、苦しむさまを愉しむとするか。


「きみが何の作物を育てるつもりか、これ以上詮索しない。だが約束は必ず守ってもらうぞ」


「ありがとうございます。では、その条件を契約書に明記したいのですが……」




 ★☆★☆★☆★☆★




 借地の契約を結ぶと、男はすぐさま工事に取りかかった。


 土地のまわりを高い壁で囲み、最後には天井まで蓋をしてしまった。窓がないから光も入らない。どうやって作物を育てるつもりなのか?覗いてみようとは思うのだが、すぐに目隠しの壁があって奥の様子はわからない。


「作物を植えるのだから、地面の舗装はしていないはずだ」


 水道工事にかこつけて、道路の下から勝手に横穴を掘ってみたがだめだった。わずかな隙もなくコンクリートで塗り固められている。見ただけならまだしも、これを傷つけてしまったのだから堪らない。


「利益が減ったら、損害賠償を請求させていただきますね」


「何を言う。さっさと儲けを出さんのが悪いのだ。わたしは何も悪くないぞ」


 これ以上のことはできなかったが、気になって夜も眠れない。いよいよ我慢できなくなると、今度は正直に頼み込んだ。育てている作物のことを教えてくれ、と。毎日しつこく農場に通ってくる。やがて仕事に支障をきたし、さすがの男もついに降参した。


「やあ、まいりましたよ。しかしまあ、ここまで進めば問題ないでしょう。絶対だれにも教えないと約束してくださいね」


 資産家は一も二もなくうなずいた。


「約束する。気になって夜も眠れないのだ」


 仕方ありません、とつぶやいて男はカードキーを取り出した。長いパスワードを入れてドアを開ける。それで終わりと思ったら、狭い通路をまわりこんで引き戸。今度は金属製の鍵で開く。同じことを繰り返す都度、天井が低くなっているような気がする。


 上から穴を開けたとしても、中の様子はわからなかったろう。


「ここです。この中で作物を栽培しています」


 男が示したのは、物置程度のプレハブ小屋だった。


 当たり前のことながら、壁と天井に囲まれて太陽の光は届かない。水道を使っていないことも、先日を穴を掘ったときに確認済みだ。


(こんな環境で植物を?)


 電気さえあれば、発光ダイオードで太陽の代わりができる。しかし水だけはどうしようもない。ほんとうは別なことをしているのでは?まともに頼んでも借りられるとは思えなかったから。簡単にばれる下手な嘘をついて。


(契約違反だ。これで賃料を上げる口実ができたぞ)




 ☆★☆★☆★☆★☆




 プレハブ小屋の中には、小さな鉢植えがいくつも並んでいた。


 コンクリートの床や壁に取りつけたアルミ棚、直接天井から吊るしたものもある。黄金色の実をつけるナンテンのような低木を見て、資産家はおどろきの声を上げた。


「こ、これは」


「秘密にした理由がおわかりでしょう。ご覧のとおり、ここにあるのはすべて金です」


 潰れた国の札束は紙くずになる。しかし金には、そういった問題が存在しない。


 希少な貴金属は、財産をためる最適な方法といえる。たくさん手に入るのなら、もしものときに安心だ。


「きみ。この植物は、育て方が難しいのかね?」


「いいえ。重力と電気があれば、だれでも簡単に収穫できます」


「どれくらい採れる。あと一年か?それとも二年か?」


「二十年は持つでしょう。しかし……」


「わかった。もういい」


 資産家は男の言葉をさえぎった。


「ここにあるもの全部、法外な値段で買ってやろう。だから今すぐ出ていくんだ」


「それは困ります。まだ収穫していない実もあるんですよ」


「そのぶんのカネも払ってやる。さあ、出ていってくれ」


 どうなっても知りませんよ、と愚痴をこぼしながら去ってゆく。残りの果実を収穫して、資産家はにんまりと笑った。


「もうだいじょうぶだ。世界で一番のカネ持ちはわたし。今までも、これからもな」


 ところが、ほんとうに大変なことは数日後に起こった。


 金の価格が大暴落し、そのいっぽうで物の値段は急激に上がった。


 世の中に出まわっているカネが多すぎるのだ。どこの国もみんな一緒、何も売ってもらえない。売ってくれても、ひどく高い。


 これからは、田んぼや畑を持っている人が有利になる。金の果実があろうと、それを食べることはできない。


 もはや資産家ではなくなった人物の元に、一通の手紙が届けられた。


 差出人の名前はない。その手紙には、こんなことが書かれている。



 


『金の果実は召し上がりましたか。

 飽きたら小麦の育て方を教えますよ』

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