ep2悪の組織からの追放
「お前は今日限りでうちの組織から追放する」
この日、俺はいきなりジャークネスから追放されそうになっていた。
ケルベロス二号を軸とした作戦が失敗してすぐのこと。ボスから呼び出しを受けた俺は、てっきり今回の作戦の反省会でもするのかと思っていた。だがいざこうしてボスの部屋に来てみれば、俺よりお偉い幹部たちがずらりと並んでいた。まさに地獄。圧迫面接もいいところだ。
「え、えっと……それって一体どういうことですか?」
ボスや幹部たちのオーラのせいで息が苦しい。大抵の幹部たちは異能力を持っていないはずだ。ヴィランの開発技術が発達して近々幹部たちのことを改造するという話は聞いたが……今は無能力者のはず。
それなのにこのオーラとかえげつない。まぁ悪人顔だしな。
悪人顔の筆頭、組織内トップ3の幹部ゴーデスが一歩前に出てこちらを睨んできた。
「この国では今、幾つもの怪人組織が出来上がってきてる。それは分かるよなァ?」
「えぇ。特に東京だとネメシスや悪食鼠会が有名です。もちろんうちもですが」
怪人のなかには個人で犯罪行為に走る者もいる。だが魔法少女が増えている現代に於いて単独の怪人は一瞬にして捕らえられてしまうのがオチだし、そもそも一人じゃ大したことができない。
そういう事情があって怪人は大抵、徒党を組む。徒党を組んだ上で自分たちの都合のいい社会にするために戦う。うちのジャークネスもその一つだが、最近では今俺が挙げた二つの組織の方が勢力を拡大してきていた。
「気に食わねェが、ネメシスも悪食鼠会も強力なヴィランを作りやがるし、魔法少女を殺すまではいかなくとも引退に追いやってる。だがァ、俺たちはここ数年、一度たりとも魔法少女に勝ててねェ」
「……そうですね、残念ながら」
今の時代、魔法少女は子供たちの憧れの一つだ。
命を張る危険な仕事とはいえ、マンガやアニメに描かれてもおかしくないヒーローである。人間には潜在的に英雄願望があるとはよく言うが、プロの魔法少女の多さを目の当たりにすると、心から納得できてしまう。
プロの魔法少女の増加には色んな面がある。たとえば実力が伴わない魔法少女の殉職、あるいは重傷による引退の多発などに繋がっていたり、な。
殉職は滅多にないものの、後者については近年増加傾向にある。
ジャークネスはピンキリのキリの方の魔法少女と戦うことが少ないとはいえ、一切の勝利がないのは怪人組織として致命的だ。
「お前は、うちが結果を出せねェのはどうしてだと思う?」
「……ヴィラン開発技術の差、でしょうか」
大半の怪人組織はヴィラン開発を行っているが、その精度はまちまちだ。以前街を歩いていたときにネメシスのヴィランを見たことがあるが、本気で恐ろしいと思うクオリティだった覚えがある。
「ハッ、違ェな」
ガラゴーン。
とてつもない勢いで蹴られた机は呆気なく倒れる。ボスはゴーデスを一瞥するが注意する様子はない。これくらいの乱暴な行為は怪人なら普通ってことかよ。
「ち、違いますか……?」
「アァ、違ェよ。うちのヴィラン開発は順調だ。今回のケルベロス二号だって、あいつらを殺しちまえるくらいに強かったんだよ。なぁ?」
「えぇ。私と私の部下が行っているヴィラン研究を愚弄されるのは許しがたいですよ、一号」
「……申し訳ありませんでした」
反論をしたところで意味はないのだと悟った。俺は確かに幹部だが、幹部の中で一番の下っ端だ。四天王の中で最弱、とかの次元ですらない。
「悪いのはお前らなんだよ、一号」
「どういうことでしょう」
「雑魚戦闘員が役に立たねぇって話だ」
――――ッ!
戦闘員百人は全員俺の大切な部下だ。家族がいない俺にとって、かけがえのない弟と妹たち。
あいつらを役立たず呼ばわりされるのは、ちょっと堪える。口をついて出そうになった反論を何とか理性で留めて、掌が痛いくらいに爪を食いこませた。
「役には立っていると思いますが。ヴィランがフル稼働するのに必要な負のエネルギーを集めるためには時間稼ぎ要因が必要です。それをあいつらはちゃんと引き受けています」
「そんなの誰だってできンだよ。あいつら百人にかかるコストと割に合わねェ」
「じゃあ時間稼ぎは誰がやるんですか? 誰でもできることだからってやる人はいるんですか?」
「んなもん、なんとでもなる。ヴィラン一人でもなんとかなんだろ」
「なんとかって……」
なるはずがない。確かに負のエネルギーを主に集めるのはヴィランだ。不完全な状態でもヴィランは人々から恐怖を集めている。
でも戦闘員たちが人々を煽らなきゃ、恐怖はどこかで止まってしまう。数の暴力とヴィランの存在感、双方があるからこそ怪人に襲われている実感が大きくなるのだ。
そんなこと、他の幹部だって分かってくれているはず。
けれども誰も異論を唱えようとはしなかった。幹部たちはむしろ同意を見せている。
……嘘だろ? 何かの冗談だよな?
気付けば、口の中はカラカラになっている。どっくんばっくん痛いくらいに跳ねる心臓の音がうるさくて、落ち着けるために深呼吸をした。苦くて辛い空気はクソまずい。
「これは幹部全員の意見だ。雑魚戦闘員は要らない。他の怪人組織も少数精鋭で戦い始めてるしな」
ゴーデスははっきりと言うのを聞いて俺は理解した。
「だからさっき追放って言ったわけですか」
「アァ。お前が残って異能力実験のマウスになりてェって言うなら、それは許してやるよ。そうじゃねェなら追放だ。お前も、雑魚戦闘員たちもな」
「……っ」
別にこの仕事が好きだったわけじゃない。ジャークネスの志に共感しているわけもなく、むしろ小さい頃からこいつらの悪行は見てきたから人一倍怪人への憎悪はあるつもりだ。
それでもクビになるのは困る。
百人の戦闘員だって怪人として活動したいとは思っていない。意味なんてないこだわりだが、俺も戦闘員たちも自分の手では絶対に人を殺さないと決めているくらいだ。でも俺と同様にあいつらも居場所がないから生きていくために下っ端をやってる。
もしもクビになったら――きっと大変なことになる。俺は異能力を持っているから戸籍を作ってもらえた。でも戦闘員たちには戸籍すらない。世界に存在すると認められてもいない奴らを失職させるわけにはいかないんだよ。
「ボス……ボスも同じ意見なんですか?」
ボスだけは首肯するでも険しい顔をするでもなく、ただずっとそこにいるだけだった。だからもしかしたら希望があるんじゃないかと、そう期待してしまう。
「ボスだって同じ意見だっつうの。っていうか、お前風情がボスに話しかけてるンじゃねェ!」
また机を一蹴り。
けれどもやっぱり、ボスはゴーデスを一瞥するだけだった。何も言わず、顔色を変えもせず、ずっと座ったまま。
「なぁ……ボス。俺は小さい頃からあんたのことを見てきた。怪人って言われるのすら生温いような残酷なことをしてるのも、ずっとずっと見てきたよ。正直、ちっとも理解できない。俺は魔法少女の方が勝てって、いっつも思ってた」
「お前ッ! 殺されてェのかっ!」
「黙れ、ゴーデス」
「ぼ、ボスッ⁉」
ズンとお腹が沈むような低い声。
誰あろう、ボスの声だった。真っ直ぐにこちらを見つめ、話を続けろと訴えてくる。
「俺はあんたも、怪人も嫌いだ。嫌いだけど生きるために悪に染まった。染まったもんはしょうがない。それでも、俺はあんたがこの悪を正義にしてくれるって信じてた。弱くて居場所がない奴が生きやすい世界になるために、革命のために悪に染まってるだけだって」
何も言わない。一方的だ。それでも声を振り絞る。
「でも違ったのかよ! 俺も、あいつらのことも切り捨てて! ただあんたらは暴れまわりたいだけじゃねぇか。なりたいもんも、行きたいところも全部どうだっていいって言うのかよっ……!」
沈黙が部屋に蓋をする。気付くと頬を伝っていた悔しさの雫が、ぽっつんと絨毯に零れてシミを作った。
「一号、出ていけ」
「なっ、それだけかよ!」
「出ていけ。ただそれだけだ」
「…………ああ、そうかよ。分かった。出ていく」
もう抵抗しても無駄だ。
こいつらは所詮、怪人だった。醜悪で卑怯で秩序を乱す唾棄すべき悪。
かくして俺は、悪の組織から追放された。